永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

小耳症に関する世界の専門家ばかりが集まり、小耳症治療の発展のために
国際小耳症学会がある。

第1回は1995年横浜で国際形成外科学会が行われた際に
サテライトプログラムで私が世界の小耳症治療の専門家を集め開催した。

第2回はドイツのリューベック大学でヴェルダー教授が行った。
第3回はカナダのエドモントン大学でウィルキス教授が行った。
第4回はイギリスの形成外科学会後援でスチュワート医師が音戸をとり、エジンバラで行われた。

そして今回は、第5回となり、
オーストラリア・シドニーのロイヤルノースショアー病院の主催で行う事となった。
下の写真で今回の学会の資料に私の名前がある。

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5th International Congress on Auricular Reconstruction
第5回国際耳介再建学会が3月11日から13日までオーストラリア・シドニーで開催され
3月9日夜成田空港を発ち、あわただしく14日の本日帰国した。

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上は学会プログラムの表紙。

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表紙の部分を拡大すると、赤線を引いた私の名前の左側には、
小耳症での聞こえの手術の開発者であるジャスドーファー教授の後を
アメリカのバージニア大学耳鼻科で引き継いだブラッディー・ケッサー医師の名前が書かれている。

永田小耳症形成外科クリニックで小耳症手術を行い、
聞こえの手術を希望される両側小耳症の患者さんはケッサー医師を紹介している。
ジャスドーファー医師が教授だった時代からこの関係が継続されている。

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3月11日午前10時30分から45分間の私の講演の後に、
ブレント医師の45分の講演が行われた。

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3月12日の午前10時20分から45分にわたるブレント医師の後に
45分間、私の小耳症に関する講演を行った。

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夕食会の際のブレント夫妻。
ブレント医師の右いにいるのがフランスの女医フランソワーズ・フィアミン医師。
その右にいるのがケッサー医師。

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ブレント医師夫妻から、いっしょに写真を取ろうと言われて夫妻の間にいるのが私。

簡単に、これら医師の関係を紹介すると
以前に、このブログでも紹介したように
小耳症手術は
1959年以降は6回の手術を行うタンザー法が世界の主流となり、
4回の手術を行うブレント法が1980年代に世界の主流となった。
ブレント法を学びヨーロッパに広げたのがフランソワーズ・フィアミン医師。

さらに1990年代からは2回の手術の永田法が次第に世界に広まった。
永田法を学びヨーロッパに広めたのもフランソワーズ・フィアミン医師。

永田法で形成した耳介に対する聞こえの手術を行っているのがケッサー医師。

という関係となっている。

ちなみに、
1992年と1993年、私の論文がアメリカ形成外科学会ジャーナルに掲載された際に
「Conglaturation」と言う
暖かい励ましの手紙を2度も送ってくれたタンザー医師は2003年に他界された。

ブレント医師は、76歳。
フィアミン医師は、70歳。
私は、61歳。

皆元気だ。












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