永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

今日はお休み。
今年に入って、1月の前半は忙しく、なかなか休みが取れなかったが、
やっと一息ついた。

元旦の勤務中、脚立に乗って作業して、左足をいため、
ずっと歩くのにも不自由していたが、
なんとか歩けるようになってきた。

と思ったら今度は左肩が、痛い。
肩関節周囲炎、まだ60歳になっていないから、
50肩だ。

とにかくそう言うわけで、1月の前半は時間がとれなかったので、
後半になってから、立て続けに新年会をやっている。

私はおばさんなので、友達もおばさんだから、
おばさん同士で宴会だ。

最近、おばさん同士で出会うと、
ふと気がつくと、友達のしわを数えている。
あと、白髪がめだつなあ、とか、
しみ、増えたなあ、とか。

しかし友達の姿は自分の鏡のようなものなので、
友達が5歳年を取れば、自分も5歳年をとっている。

なんだか、がっかりだ。

だから今日は一人でお出かけして映画を見てきた。

マツケン、好きだし。
二宮君、かわいいし。

おかげで、気分はかなり若返った。
午前中は小耳症で入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。

抜糸の時期に当たる患者さんが多かったので、

包帯交換に時間を要した。

その間に、明日小耳症で手術予定の患者さんが入院された。


午後からは、

来週手術予定の小耳症の患者さんたちの全身麻酔用の術前検査を行った。

その後、数名の小耳症の患者さんたちの診察を行った。


明日は、小耳症に対し、すでに某大学病院で手術を受けたものの

不幸な結果となってしまった患者さんの作り直し手術が予定されている。
カタールで行われているアジアサッカー決勝戦を

深夜まで見た。というより見てしまった。

日本とオーストラリアの決勝戦だ。

決勝戦にふさわしい、正に激闘だった。


90分間は、両者無得点。

ハラハラドキドキの90分だった。

そして、ついに、延長戦に突入。

延長戦の前半である15分を経過しても両者無得点。

後半に入り、4分過ぎたころだった。

なんと、ボールを受け取った永友選手が左コーナー付近からゴール前方へと

芸術的で絶妙な柔らかいキックパスボールを送った。

正にその先に待っていたのは、途中出場のリー選手。

これまた絶妙なタイミングで飛んできたボールをダイレクトキック。

そのボールは強烈にゴールの左コーナーへと突入し、ゴールネットを揺らした。

ゴールの反対サイドへ立っていたオーストラリアのゴールキーパーが

反応する間もないほど強烈なゴールキックだった。

劇的な劇的な1点を先制した。


医局で、思わず机をたたいて興奮する私がいた。


この1点を守りきった日本は優勝した。

全体的に日本サッカーは、非常にスマートな頭脳プレーが目立った。

激闘に耐え、数々の困難を乗り超えて優勝できたのも

頭脳的なイタリアサッカーの本質を持ち込んだズッケロー二監督が加わっての事だろう。

感動ありがとう!


本日は土曜日。

土曜日は、小耳症の外来日なので、

朝から小耳症の患者さんが日本全国から多数来院した。


数名の小耳症再診の患者さんを診察した。

その後、小耳症初診の患者さんが来院されたので2時間ほどかけて手術法の詳しい説明を行った。

更に数名の小耳症の患者さんたちを診察した。

午後からも数名の小耳症の患者さんたちを診察し、

ようやく、入院中の小耳症の患者さんたちの包帯交換を行った。

更に数名の小耳症の患者さんたちを診察し、ようやく今週の仕事が終了した。


本日は、日本サッカーチームがオーストラリアとの

アジアサッカー決勝戦に挑む。




P1020360.jpg
2010年7月9日、外傷性耳介欠損の症例に対して
再建術を行った。

P1030038.jpg
そして2011年1月27日。耳立て手術日を迎えた。
耳輪外側の継ぎ目がやや不自然なので修正が必要。
P1030039.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
P1030040.jpg
耳の後ろから耳を支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
それを耳の後ろからカバーして生かしすための血行の良い血管膜を頭から起こした。
側頭部より薄い皮膚を採取した。
P1030041.jpg
再建した耳が立っている。
P1030042.jpg
耳が立っている。
耳輪外側の継ぎ目が修正された。
P1030043.jpg
側面全体像。
耳の腫れは、入院中に引く。
アジアサッカーがカタールで行われている。

予選リーグをトップで通過した日本は準々決勝で、開催国のカタールに勝利し、

準決勝では韓国を破った。

この両試合とも、相手に先制されてからの困難な状況から勝利を獲得している。

これまではなかなか出来ないことだった。


今回の日本サッカーチームが

精神面、技術面、団結力、連携力ともに充実しているからに他ならない。

今週の土曜日夜、オーストラリアとの決勝戦に挑む。

FIFAランキングではオーストラリアが日本を上回っている。


果たして結果はどうなるだろうか?

奇跡を起こせ!
P1030030.jpg
耳垂残存型小耳症に対して
半年前に肋軟骨移植術を行い再建しておいた耳。
P1030032.jpg
耳立て手術のデザイン。
P1030033.jpg
耳の後ろから耳を支えて立てるため肋軟骨ブロックを作成した。
それを耳の後ろからカバーして生かすための血管膜を頭から起こしたところ。
側頭部よりあらかじめ薄い皮膚を採取しておいた。
P1030035.jpg
耳を前から見た所見、耳が立っている。
P1030037.jpg
耳を上から見たところ、耳が立っている。
P1030036.jpg
側面像。耳の腫れは入院中に引く。
本日は午前中、

入院していた小耳症の患者さんが無事退院となった。

入れ替わりに

明日耳立て手術予定の小耳症の患者さんが入院した。

その後、午前中に入院中の小耳症の患者さん達の包帯交換を行った。

抜糸の時期になった患者さんが多く、時間がかかった。


午後からは、

来週小耳症手術予定の患者さん達3名の全身麻酔用術前検査を行った。


ところで、昨日の湘南国際マラソンで

42.195キロを無事完走した0先生、10キロを無事完走した上園先生

両先生ともに本日は、無事に通常業務を行っているとの事。

安心しました。
寒い1月が、まだまだ続いている。

暑い夏の後だからこそ寒さが身にしみる。


この寒い中、当院の園長0先生は、

なんと湘南マラソンで42.195キロメートルを完走した。


彼のブログに、完走した者にだけ与えられるメダルが輝いている。

40歳目前の「中年男」なのに、よくぞ完走できたものだ。

昨年イタリアへ行き、バチカンを見てからの園長先生は心洗われて?以来

「別人に生まれ変わった」と、本人は言う。



上園先生は、10キロのマラソンに挑戦したはずなのだが

どうなったのだろうか?


この寒い中ご苦労様でした。

本日は入院していた小耳症の患者さんが無事退院となった。

本日は土曜日の小耳症外来日。

数名の小耳症患者さんを診察した。

更に小耳症で新患の患者さんが来院されたので

2時間ほどかけて手術法の詳しい説明を行った。


午後からも数名の小耳症の患者さんを診察した。

その後、入院中の小耳症の患者さんたちの包帯交換を行った。

更に小耳症の患者さんを診察した。

忙しい外来日だった。
P1030022.jpg
特殊なタイプの頭髪低位「ローヘアーラインを伴う」タイプの困難な小耳症。
P1030024.jpg
耳があるべき場所を赤で示す。耳の外側に相当する部分に髪の毛が生えている。
耳の概則部から薄い皮膚を採取する。
手術デザインの完成。
P1030026.jpg
薄い皮膚を採取した(右中)。
再建耳に髪の毛が生えなくするために、毛根部分を切除した(右上〉。
作成した3次元肋軟骨フレーム(右下)。
頭から血管膜を起こした。
P1030025.jpg
作成した3次元肋軟骨フレーム。
P1030027.jpg
3次元肋軟骨フレームを皮弁の下へ移植したところ。
P1030028.jpg
3次元肋軟骨フレームの皮弁でカバーできなかった上外側は、
血管膜で被覆して3次元肋軟骨フレームを生かした。
P1030029.jpg
血管膜の上にあらかじめ採取しておいた薄い頭皮を移植した。
大学卒の就職内定率が、今年は最低水準となっている。

就職氷河期と言われてから久しい。

大企業は人が余っているが、中小企業には人材が不足していると言う。

つまり大学卒業者が中小企業へ行かないということだ。

就職希望者が大企業ばかりに集中するために

100社以上へ申し込んでも断られるという事態が起きている。

ところが、中小企業は人材不足および人手不足となっている。


就職できなかった人は、如何したら良いのだろうか?

何もしないわけにはいかない。


誰も雇ってくれないのならば、自分で起業する道がある。

ところがよほど、特殊な能力がなければ起業は困難なことだ。


大企業へ就職できなかった人への残された道は、中小企業へと向かう。

やはり人材不足の中小企業へ入植し、会社とはどういうものかを学ぶべきだ。

中小企業こそ、人一人当たりの仕事量が会社への貢献度を増す。


貢献度を増せば仕事のやりがいも大きくなる。

一つ一つの仕事を積み重ねて、

会社がどのようにしたら成り立つのか?を極める事だ。

それを極めることが出来た人は、起業出来る能力のある人となる。

P1020305.jpg
2010年6月24日。耳垂残存型小耳症の術前。
P1020306.jpg
耳が存在すべき場所を赤で示す。
P1020307.jpg
手術デザイン。
P1020309.jpg
皮弁形成および皮下ポケットの作成。
P1020308.jpg
作成した3次元肋軟骨フレーム。
P1020312.jpg
皮下ポケットに3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
P1030010.jpg
そして本日、2011年1月18日。耳立て手術の日を迎えた。
P1030011.jpg
耳立て手術のデザイン。
P1030012.jpg
耳の後ろから耳を支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
それを耳の後ろからカバーして生かすための組織として頭から血管膜を起こした。
血管膜の上に移植するための薄い皮膚を頭から採取した。
P1030013.jpg
耳が立っている。
P1030014.jpg
耳が立っている。
P1030015.jpg
側面像。
頭から採取した皮膚のかすり傷は入院中に治り髪の毛が生える。
耳の腫れも入院中に引く。
もう1月の半ばを過ぎた本日は、

小耳症で入院していた患者さんが無事退院となった。

その後、明日小耳症手術予定の患者さんが入院となった。

また入院中の小耳症の患者さん達の包帯交換を行った。

抜糸の時期に当たる患者さんが多く、包帯交換に時間を要した。


午後からは、来週の手術予定の患者さん達3名の

全身麻酔用の術前検査を行った。

明日は小耳症の耳立て手術が予定されている。
本日も昨日に引き続いて寒い真冬日となった。

永田小耳症形成外科クリニックのある戸田市では快晴の日となったが

ニュースによれば日本中の大部分で雪が降り、厳しい天候となっている。


大学入試センター試験の最終日、受験生にとっては大変な天候だった。

そんな受験生の中から将来の日本を背負って立つような

若い優秀な人材が、数多く出てくる事だろう。


世界的な経済不況を今年は何とか脱出する年へと変貌してほしいものだ。

ニュースによれば、本年度のアメリカ経済は不況を脱出できそうだと言う。

日本経済もその影響を受けて少しは好転する可能性がある。

と、祈りたい。

本日は小耳症で入院していた患者さんが

次回の手術日を決定して無事退院となった。


その後、外来で数名の小耳症の患者さんを診察した。

更に入院中の小耳症患者さん達の包帯交換を行った。

午後からも数名の小耳症の患者さんたちを診察した。


本日は非常に寒い土曜日。

ニュースによれば大学入試のためのセンター試験の日となり

雪国での受験者は交通機関が麻痺した所もあり大変だったそうだ。

関東では、本日も晴れていて、

まだ一度も雪は降っていない。



P1020997.jpg
成人の耳垂残存型小耳症の術前。
P1020998.jpg
耳があるべき場所を赤で示す。
P1020999.jpg
手術デザインの完成。
P1030001.jpg
作成した永田法の3次元肋軟骨フレーム。
成人では肋軟骨が骨化して硬くなっているために肋軟骨フレームの作成に時間がかかる。
P1030002.jpg
永田法の皮弁形成および皮下ポケットの作成。
P1030004.jpg
3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットへ移植した。
P1020393.jpg
2010年7月16日、耳垂残存型小耳症の術前。
P1020394.jpg
耳が存在すべき場所を赤で示す。
P1020396.jpg
手術デザインの完成。
P1020397.jpg
皮弁形成および皮下ポケットの作成。
P1020398.jpg
作成した3次元肋軟骨フレーム。
P1020399.jpg
3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。
P1020990.jpg
そして2011年1月13日の本日、耳立て手術の日を迎えた。
P1020991.jpg
耳立て手術のデザイン。
P1020992.jpg
耳を後ろから支えて立てるために移植する肋軟骨ブロックを作成した。
それを耳の後ろからカバーして生かすために頭から血管膜を起こした。
その上に皮膚を移植するために頭から薄い皮膚を採取した。
P1020994.jpg
術直後、耳を上から見たところ。耳が立っている。
P1020995.jpg
耳を前から見た所見。耳が立っている。
このように本当に30度の角度で耳を立てる事が出来るのは
永田法が開発された事による。
耳の後ろに皮膚を移植するだけの従来の方法では耳は全く立たない。
P1020996.jpg
全体の側面像を示す。
耳の腫れは入院中に引く。
きのう電車でシルバーシートに乗ってきた。

私の望みは、
院長が海外の学会へ行く時に、
ファーストクラスで行かせることよ。
両脇に美女を侍らせて・・・
片方は私かな?
と言ったら、

それを聞いた○先生は、
「片方が老婆でかたほうが美女で・・・」と
つぶやきながら去っていった。

○先生の言うことは、
「おまえのかあちゃんでべそ」の類の暴言だと思っていたが、
先日あるミステリーを読んでいたら、
「もうすぐ60近い老女」と言うくだりがあり、

なに!
えっ?
60近いと老女なのかと、いたく驚いた。

この作者は最近のお気に入りで、
年末のミステリーベストテンでも、上位に入賞おめでとうなのだが、
一気に嫌いになった。
(この作者、自分は年をとらないと思っているに違いない)

前期高齢者だって65歳からだろう。

あまりに驚いたので、それからと言うもの、
私は一気に、ある線を飛び越えた。

シルバーシートに座るのを、もう、ためらわないわ。
と言うわけで、
私はまっすぐシルバーシートを、目指す。

本日は午前中入院していた小耳症の患者さんが

次回の耳立て手術予定日を決定して無事退院となった。

その後、入院中の小耳症の患者さんたちの包帯交換を行った。

その間に明日の小耳症で耳立て手術予定の患者さんが入院となった。

また、海外の形成外科医からのメールに対する返答を行った。


明日は小耳症の耳立て手術が予定されている。
P1020053.jpg
九州地方の某病院で組織拡張法による耳の形成術を行うために
耳があるべき場所に風船を入れる手術を行われたが、
感染して風船を抜き取ることになってしまった症例。
その際につけられた傷が頭に残っている。
組織拡張法は世界的にすでに行われなくなった古い手術法であるが
いまだにこれを行っている病院が存在しているので要注意。

組織拡張法の欠点は
組織拡張する手術が余分に必要なことと、
細菌感染や、拡張しすぎによる皮膚の裂け目が出来たりするトラブルが多い。
組織拡張法で皮膚の表面積を一旦広げても、
その表面積は必ず収縮して元の表面積に戻るので意味がない。
また、組織拡張法で再建した耳は時間の経過とともに
移植された肋軟骨が吸収されて変形萎縮を起こす。
以上のごとく欠点が多すぎるために組織拡張法は耳介再建に対しては世界的に行われなくなってきた。

国際小耳症学会においても組織拡張法による耳の再建術は報告されることすらなくなっている。
むしろ、自然な皮膚の表面積を有効に広くして利用することが出来る安全な永田法が報告されてからは
組織拡張法は、全く必要がなくなった。
その意味がこの症例からよくわかる。

2010年4月9日肋軟骨移植術を行う直前の状態。

P1020055.jpg
永田法の皮弁形成および皮下ポケットの作成。
P1020057.jpg
作成した永田法の3次元肋軟骨フレーム。
P1020058.jpg
3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。
P1020983.jpg
そして本日2011年1月11日、耳立て手術の日を迎えた。
P1020985.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
P1020986.jpg
耳の後ろから耳を支えて立てるための永田法の肋軟骨ブロックを作成した。
それを生かすために頭から血管膜を起こした。
側頭部より薄い皮膚を採取した。
P1020987.jpg
耳が立っている。
P1020989.jpg
耳が立っている。
P1020988.jpg
側面全体の所見。
血行が良い耳が再建されているので、耳の腫れは入院中に引く。
昨年の夏から秋にかけては、異常に暑い日々が続いたので

それに続く冬には異常に寒い季節となるだろう。

とこのブログに予測していたが、

まさに、寒い冬となり九州北部を含む日本海側全域にまで大雪が降っている。


が、関東地方だけは、冬になっても、ほとんど晴れた日々が続いている。

冬場もほとんど雪が降ることがない関東平野が首都となっている事は、

交通機関が混乱することも少ないので理にかなっているのかもしれない。
トラの親は子を谷底へ突き落として子供を鍛えると言う。

困難な状況を乗り越える能力を身につける事こそ必要だと言う事だ。

人生にも必ずいろいろと困難な状況に遭遇する。

困難な状況をその状況に応じた解決をしていく事で初めて乗り越え続けていける。

自分自身の応用力が頼りとなるのだ。

子供の時から親がすべての事を行ってばかりでは何も本人が解決できなくなる。

過保護な親がいなくなればその時点で子供は生活できなくなってしまう

現在そのような過保護な親が目立つようになった。

心を鬼にして子を谷底へ突き落としてでも育てることが

その子のために必要だというスパルタ式の認識が再び求められている。

重要なことは

自分自身でもスパルタ式に自らを鍛えることが出来ると言う事だ。
本日は2011年度、正月明けの最初の土曜日。

外来は、午前午後とも小耳症患者さんであふれていた。


午前中に入院していた小耳症の患者さんが無事退院した。

初診の患者さんが来院していたので、説明時間を要した。

その後、再診の患者さん達を数名診察した。


午後からも、小耳症で全身麻酔用の術前検査を3名行った。

数名の小耳症患者さんたちを診察して

病室入院中の小耳症患者さん達の包帯交換を行った。

更に小耳症の患者さんが来院されて診察を行ったら、すでに夕方4時を回っていた。

忙しくて、あっというまの土曜日の小耳症外来だった。
P1020976.jpg
昨年5月25日、耳垂残存型小耳症に対し肋軟骨移植を行って再建していた耳介。
本日耳立て手術日を迎えた。
P1020978.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
P1020979.jpg
頭から血管膜を起こした。
耳の後ろ彼耳を支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
耳の後ろへ移植する皮膚を、側頭部から薄く採取した。
P1020980.jpg
耳立て手術終了時。
P1020981.jpg
耳が立っている。
P1020982.jpg
耳を前から見た所見。耳が立っていることがわかる。
耳の腫れは入院中に引く。
P1020214.jpg
2010年5月27日、耳垂残存型小耳症の術前。
P1020217.jpg
作成した永田法の3次元肋軟骨フレーム。
P1020218.jpg
皮弁形成および皮下ポケットの作成。
P1020219.jpg
3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。
P1020969.jpg
そして本日、2011年1月6日の耳立て手術日となった。
再建された耳。
P1020971.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
P1020972.jpg
頭から血管膜を起こした。
耳の後ろから耳を支えて立てるために移植する肋軟骨ブロックを作成した。
頭から薄い皮膚を採取した。
P1020973.jpg
術直後、耳が立っている。
P1020974.jpg
耳が立っている。
P1020975.jpg
耳が立っている。
頭から採取した皮膚の部分は入院中に治って髪の毛が生える。
耳の腫れは、入院中に引く。
本日は本年の小耳症外来の開始日。

小耳症で入院していた患者さんが無事退院となった。


その直後、午前中に、海外から小耳症の患者さんが来院した。

ニューデリーで耳の再建術を行ったものの不幸な結果となった患者さんだった。

インド人の医師から当院を紹介されて再々建を希望して来院された。


再々建術を希望する患者さんは、インドだけでなく日本でも増加して

当院で作り直している患者さんたちが多いことは

このブログをご覧になっている患者さんたちは御存知の事である。

手術法の詳しい説明を2時間ほどかけて行った。

また、午前中に明日手術予定の小耳症の患者さんが入院した。


午後からも小耳症で、初診の患者さんが来院されたために、また2時間ほど説明時間を要した。

その後も、小耳症で再診の患者さんたちが多く来院されて外来があふれていた。

すべての患者さんたちの診察が終了した時点で夕方となっていた。


明日は、小耳症に対する耳立て手術が予定されている。
本日は午前中に小耳症で入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。

全員順調な経過をたどっている。


明日の午後から本年の外来を開始する事になります。

一年の計は、元旦にあり。と人は言う。
元旦の朝目覚めて、
「さあ!今年こそは・・・・」と固い決心をした。
私が何を決心したかは、もちろん秘密だ。

元旦はクリニックで日当直だったので、
クリニックへ到着してから、
院長に、
「一年の計は元旦にアリ。あんたの計は何か」ときいたら、
「今年はタバコをやめる」と言うので、
正月早々たまげた。

2Fへ上がったら妙に静かで、
大晦日当直の I さんが、
「昨日は大晦日なのでみんな12時まで起きていたので、
まだ誰も起きてこないんですよ」
というので、
「そりゃそうだ、寝正月だ。」と思った。

私が子供の頃は正月と言えば、
食べるものは餅しかなくて、
私のじいさまは朝からまきをくべて、
五右衛門風呂をたいて、朝風呂に入り、
今では朝からシャワーだの、シャンプーだのと、何時でも自由にできるのだが、
当時はそれが正月でこその贅沢であったのだ。

沸かしすぎたらあたりの雪など放り込んで、
時には小石などまざっていて、足に痛かった。
しかし今年の故郷は雪だらけで、
積雪80センチメートル。
雪しかない正月らしい。

お正月と言うので、家族の方達も沢山おいでになり、
夜になってもさぞうるさいだろうとと思ったが、
ホールでみながそろって遊んでいるところへ行き、
「10時になったらここの電気は切るからね」と言ったら、
9時50分にはみんな自分のベッドへ引き上げてしまい、
11時の消灯時間を過ぎたらあっという間に寝てしまい、
「なんて聞き分けがいいんだ。今までで一番のおりこうさん達だ」
とこれまた正月早々たまげた。

家に帰れば沢山の年賀状も届いており、
写真入のものも多く、みんなの顔が懐かしい。
院長と「あー」だの「う=」だの言いながらながめている。
平和なお正月があと少しで終わりそうだ。