永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

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耳垂残存型小耳症の術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
耳たぶが小さく通常の小耳症より上に存在する。
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手術デザインの完成。
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胸から4本の肋軟骨を採取し、6個のパーツを作成しそれらを組み合わせて
3次元肋軟骨フレームを作成した。
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皮弁と皮下ポケットを作成した状態。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植して皮弁を移動して縫合した。

本日は、小耳症で入院していた患者さんが午前中無事退院した。

その後、明日手術予定の小耳症患者さんが入院となった。


マレーシアからの形成外科医師が当院の小耳症治療見学に訪れた。

今週から3週間見学する予定という事だ。

午前10時から入院中の小耳症患者さんたちの包帯交換を行った。


午後からは外来の時間となった。

数名の小耳症患者さんたちを診察した後で

新患の小耳症患者さんが2名来られたので

手術法を2時間ほどかけて詳しく説明した。


その後もまた数名の小耳症患者さんたちが待っており

診察を終了したら夕方5時となっていた。

人がやった事をまねるだけでは満足できない。


人が誰もやらなかったことや

誰もやれなかった事を行うことで

新たな「オリジナリティー」の世界を生み出す。


「みんなで同じ道を歩きましょう」。というような画一的な教育を受ける日本では


人がやらなかったことを行おうとすると

発展途上では、異質人扱いをされる。

時には、気が狂った、という扱いをされる事もしばしばある。

非難ごうごうと陰口をたたかれる事もある。


でも、新たな挑戦を誰かが行って成功しなければ進歩は起こらない。

周囲の雑音に惑わされる必要などない。

陰口をたたかれればたたかれるほど

注目を浴びていると言うことかもしれない。


非難するような人達や集団などは、

何の結果も出しえない社会の役に立っていない場合が多い。


いちいち気にしていたら進歩など起こりえなくなる。

変化を求め結果を出して初めて認められる。


結果を出せば、

以前に陰口をたたいていたり非難したりした人の方が、逆にバツが悪くなる。



人生の転機と言う事態が誰にでもある。

あの時こうしていたらとか、

あの時よくも思い切ったことをしたものだとか、

振り返るとそのような事態が積み重なって時を経て

人生の重みを増していく。


どんなに年をとっても今後に目標を立てる。

通常は人が発想しないようなとんでもない事であっても

強い意志を持ちスタートをする。


常に目をキラキラとさせながら。

これからの人にとって、とても必要なことだ。

金曜日、手術が終わったあとしばらくして、
ナースの I さんが医局へやってきた。

だまって立っている。

「え、どうしたの?何か?」
と聞くと、
「はい・・・」と言うのである。

「怖い、何の話?」といいながら医局の外へ出た。
胸がドキドキ、顔が引きつってきた。
「実は・・・」
あした院長の誕生日で、今みんな歌の練習してるから、
今院長が2Fへ来たら困るんです、と。

なんだ、じゃあさっきの質問は、そうだったのか。
さっき2Fで誰かが院長に
「先生、最近の曲で何が好きですか」と聞いていた。

院長は「パバロッチのオーソレミヨ」だ、と言ったので、
私が「松田聖子の青いさんご礁でしょう」と叫んだのだ。

でも、 I さん、さっきの態度じゃ、何かあるってばればれジャン。
案の定、医局に帰ると院長が、
「何の話だ」と聞いてきた。
「何でもありません」と話題をかえると、不機嫌になり、
「お前達は何時もそうやって陰で色々言っている」という。
面倒なので、
「女の秘密の話です」といっておいた。

翌日、回診が終わって院長が1Fに下りようとすると、
師長さんが、そわそわしている。
子供達が廊下にずらりと並んでいる。
椅子がひとつおいてあり、
「ちょっとだけでいいからすわってください。」というと、
院長は怪訝な様子で、
「外来で患者がまっとるんだ!」とおこっていた。

椅子に座って、子供達が
「青いさんご礁」を歌い始めたら、
案の定、院長はめがねをはずして、目をぬぐっている。

私はナースステーションで、
「やっぱり泣いた!」とつぶやいた。

院長、これだけで、また来年の誕生日まで、頑張れるね。

あ~ 私の恋は、南の風に乗って走るわ~♪
あ~ 青い風 切って走れ あの島へ♪

あなたと会う前に すべてを忘れてしまうの
はしゃいだ 私は叱られ~ 
  (走っちゃだめだって言ったでしょう!)
いたい胸 押さえるでしょう
  (軟骨採ってるからね)
すてきな お耳をありがとう!!
  (どういたしまして。だって耳作るの好きだから)
これからずっと 長生きしてちょーうだい
  (タバコやめてね、おじいちゃん)
あなたが好き♪

永田先生

お誕生日おめでとうございます。

   ()内は院長婦人挿入
本日は土曜日。

永田小耳症形成外科クリニックでは外来日。

朝から多くの小耳症の患者さんが来院され外来が込み合った。

何とか診察を済ませて一段落後、

入院中の小耳症の患者さんたちの包帯交換を行った。


包帯交換を終了後、外来診察に降りようとした所、

病室のプレイルームの雰囲気が、いつもと違っている。

小耳症の患者さんたちが一列に並んで大集合しているではないか。

小耳症で入院中の患者さんたちは、ほとんど10歳の子供達だが、

一列に並んだその子供達の前に椅子が1席置いてある。

その椅子に5分間、私に座るように言われた。

何事かと思いながら座ると、なんと「永田先生、お誕生日おめでとうございます

と、まず、みんなからの言葉。

そして「永田先生の好きな松田聖子の〈青い珊瑚礁〉を歌います。」と、

みんな声を合わせての大合唱となったではないか。

歌の1番は、通常の歌詞で、そして2番は替え歌となった。

耳を作ってくれてありがとう」と言う意味の替え歌となったのだ。

聞きながら、私は大感激して思わず涙があふれ出した。が、それをぐっと我慢。

歌い終わった後子供達の代表者が

永田先生、お誕生日おめでとうございます。

いい耳を作ってくれてありがとうございます。

これからも長生きしてください。」
と、明確にはっきりとした口調で述べられた。

またまた私は大感激して思わず涙が、にじんできた。

私は「ありがとうね」。と述べて外来へ戻ろうとしたら

これみんなからのプレゼントです」と、

きれいな青い包装がなされたチョコレートをプレゼントされた。

これら突然の出来事に、私は驚きと感激の連続だった。


外来へ戻り、また数名の小耳症患者さんたちを診察した。

午後からは、数名の小耳症患者さんたちを診察後

新患の小耳症患者さんが3名来られた。

その3家族とも同時に外来に入っていただき、

約2時間かけて小耳症手術について詳しい説明を行った。

その後も数名の小耳症患者さんたちの診察を行って

気がつけば夕方となった。


青い珊瑚礁、万歳。



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耳の上が頭の皮膚に埋まっている状態を、埋没耳という。
耳を頭側から見たところ。耳が埋まっているので眼鏡やマスクがかけられない。
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埋没耳の側面像。
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手術のデザインを示す。
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手術のデザインを示す。
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皮弁を起こして耳介軟骨を出したところ。耳輪が収縮している状態。
ピンセットで持っているのは耳甲介部より採取した耳介軟骨。
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採取した耳甲介軟骨を耳輪軟骨の内側に移植して
収縮していた耳輪を丸くなるように広げた。
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皮弁を縫合したところ。
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耳を上から見たところ。
耳が頭から立っている。
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耳を前から見たところ。眼鏡やマスクがかかる耳となった。

この手術の後に、鼻の変形に対する肋軟骨移植術手術を行い今週の手術をようやく終了した。


先々週、1週間、韓国からの留学生が当院の小耳症手術見学を行って帰国したばかりだが
この2週間イギリス・バーミンガム大学から手術見学に来ていた留学生も、
いよいよ明日帰国予定だ。
来週も、またまた海外「マレーシア」の大学病院から新たな留学生が3週間
永田小耳症形成外科クリニックの小耳症手術を見学しに来院する予定となっている。

と、机を見るとドイツの大学病院の形成外科医師から手紙が届いている。
やはり手術見学に来たいとの事だった。


見学の女の先生は、
さすがイギリスから来た先生だわ。

日本人でも参っちゃうこの尋常じゃない暑さの中、
長袖の上着を来て、
毎日元気そうに通ってみえる。

解読不能の流暢な彼女の英語の中に、
日本語の単語がどんどん増えていって、
「ねえ、英語の中に突然日本語の単語が混じると、変よね。
かえって意味がわからない」
といったら、
Tさんが、
昨日は「すみません」といってましたよと・・・。

妙にきれいな発音で、
「ハイ」と返事をされたりすると、
私の頭の中で、ハイ?ハイ?とハイがこだまする。

回診のときも気さくに手伝ってくれるので、
ライトを渡すと、今日はずっとライト係りをしてくれた。
(回診の時のライト係りは、超重要)

院長はそれでも気を使っているとみえ、
彼女がいる間はデスクに向かってパソコンパチパチやっているのだが、
彼女が帰ったとたん、
聖子ちゃんを大音響で聞き出した。

それも今週で終わり、
でも来週からはまた、違う先生が、やってくる。
フィンランドへ行ったのは、もう9年位も前のことだが、
ポケモンがテレビの中で、
「ピカチュー!」と叫んでおり、驚いた。

「ピカチュウー」は万国共通語だったのか・・・

今読んでいるのは、
ラーシュ・ケプレルの「催眠下」
ここでもやはり「ポケモン」がひとつの大きな鍵になっている。
忍者も出てきて、日本文化のパワーを感じさせられ、
ちょっと照れくさいような、不思議な気分。
スウェーデン発の超傑作ミステリーなのに、
なぜだか身内が学級委員長に立候補したようなそんな感じ。

その実力は認めているのだが、
なぜか人様の前ではけなしたくなるような、
これが日本人的な感覚と言うものか。

ポケモンは、ミッキーマウスを超えるのだろうか。

本日は入院していた小耳症の患者さんが無事退院となった。

また、明日小耳症手術予定の患者さんが入院となった。

午前中に、入院している小耳症患者さんたちの包帯交換を行った。


午後からは、外来の時間。

数名の小耳症の患者さんたちの診察を行った。

手術後の患者さんも手術前の患者さんも子供達は

夏休みとあって、みんな黒々と日焼けしている。


今年は異常な猛暑がいまだに続いている。

熱中症で死亡する人が今年は多いとニュースにもなっている。

地球温暖化が人類のせいなのかどうか、いろいろと論議が多いところだが

早くこの猛暑が収まってほしいものだ。


この猛暑の中、日本各地から外来へ来られる患者さんたちは

くれぐれも、水分補給を頻繁に行い熱中症予防を行ってください。

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関東地方の某大学病院形成外科で再建された耳介。
再建耳の位置が異常なので作り直し手術を希望された。
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耳が本来あるべき場所を赤で示す。
再建された耳は大きく前傾していることがわかる。
耳の前のほうが頬に存在するので髪の毛で隠すこともできない。
耳があるべき場所にまで髪の毛が生えているローヘアーラインの症例である。
髪の毛から避けて前方に耳を再建したために前傾耳となっている。
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手術のデザインが完成したところ。
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耳の後ろには鼠径部より採取した皮膚を移植されているので
色が異なるだけでなく、陰毛が多量に生えてきている。
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左は移植されていた肋軟骨フレームを摘出したもの。
真ん中は、新たに作成した3次元肋軟骨フレーム。
右は型紙。
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耳があるべき場所の髪の毛を含む部分と色の異なる植皮部を切除している。
皮弁の状態を示す。
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3次元肋軟骨フレームを移植した所。
術前につけた縦横の赤線の補助線から耳の位置を見ると
再々建された耳は正常な場所に位置している事がわかる。
本日は、小耳症の患者さんが無事1名退院となった。

その後1時間の局所麻酔の手術を行った。

その後、病室入院中の患者さん達の包帯交換を行った。

明日手術予定の患者さんが入院した。

気がつくと12時半

午後からは、来週手術予定の小耳症患者さん達3名の術前検査を行った。

その後、数名の小耳症患者さんたちの診察を行った。


明日は、関東地方の某大学病院で手術を受けたものの

不幸な結果となってしまった小耳症患者さんの作り直し手術が予定されている。





先日も、このブログで述べたように

深刻な日本経済崩壊が迫っている。


なのに、誰もそれをわざと忘れているかのように

無邪気に笑顔の人々が多い。

私だけが深刻に考えすぎているのだろうか?


そんなこととはまるで関係がないように

朝になると太陽が出て夕方になると太陽が沈み

夜になると満月が空に輝いている。


お月様はいいなー。

外国から来た見学者の先生は、先週で一人が帰国された。
もう一人の先生は女性で、今週もう1週間滞在される。

大変熱心で、土曜日もやって来られた。
前日、通訳さんから、 
「観光をしたいと言っているが、どこを勧めたらいいですか?」
ときかれていたので、
てっきり土曜日はお休みだと思っていた。

まあ、大変。
お昼ご飯を頼んでいない。

彼女は、先週1週間は、お昼は院長や入院患者さんと同じ、給食を食べている。
土曜日は、いつも医局で簡単に作って食べているので、
そのつもりでいたのだが、どうしよう。

暑くて外に出たくも無かったし、準備もしてあったので、
ソーメンを作って出した。
口に合わなくても仕方ない。
食べてくれ。

「おいしい」と英語で言って食べてくれたが、
なぜかハムの千切りは残っていた。

おわんの出汁はほとんど残っていた。

は!もしかして、お箸でそーめんは、難しかったのか?
悪い事をした。

しかし、
「シンガポールではうどん、すし、そーめんの日本食はよく食べる
日本では日本食は食べない」
と言っていた。

「WHY?」
しかし、返事は無かった。

時々会話のなかに日本語の単語がまじる。
「ニホンジン」が英語のなかにまじると、
え、なんて意味だっけと考えてしまう。

苦しい異文化コミュニケーションだ。
  

消費税20パーセントを越えるヨーロッパ諸国に比べ

いまだに日本は消費税5パーセントとなっている。

今年日本で国が使っている費用の半額以上が国債をはじめとした借金となっている。

日本国の借金は毎年膨大な額が積み上げられてきており

直ちに消費税を20パーセントにしたとしてもこの借金は減らない額となっている。

このままでは、あと何年かすると日本経済は崩壊してしまい、

中国のバブル崩壊とともに世界経済が崩壊しかねない。


ギリシャの経済崩壊で世界銀行はギリシャに融資する代わりに

ギリシャ国民に我慢する厳しい制限を加えることになった。


もし日本経済が崩壊すれば、

ギリシャの経済崩壊の額と比べ物にならないほどの大金が必要となるので

世界銀行はそれを支えるほどの融資額を捻出できないかも知れない。


そのようになれば、一瞬で、日本総貧困飢餓状態とならざるを得なくなる。

年金ストップ、公務員給料ストップ、医療機関停止、教育機関停止、銀行崩壊などなど

恐怖の時が近づきつつある。

本当に笑い事では済まされない。

一刻の猶予もないのだ。



この10年の間に、いろいろなことが重なった結果

日本では医療崩壊が起きた。


自民党政権下の小泉改革以来

国が医療機関に支払う費用を、この10年安くし続けたために

赤字病院がどんどん増加して倒産し続けた。


その結果、救急医療は東京の中心であっても

患者さんの、たらいまわし問題がニュースになるようになった。


ましてや地方公立病院は、増加した赤字補填を地方が払うことが不可能な額となり

地方公立病院が閉鎖に追い込まれるところまで続出した。


また、大学医局中心だった研修医制度を改め、国が新たな制度に変えたので

大学を卒業した後の研修医師が都会へ集中するようになり


地方大学は卒業生が大学へ残らなくなり、大学自体の医師不足となった。

その結果、大学から近隣の病院へ派遣していた医師を

大学へ呼び戻すことになった。


そのため、地方公立病院では、ますます医師不足となり、

もともと赤字だった公立病院ではさらに赤字が増加した。


昨年、自民党政権から民主党政権に変わり

医療費の削減を行わないようになったものの

ほとんど医療費は、増加しなかったため、相変わらず医療崩壊は改善していない。


救急医療に限らず、小児科や産婦人科医師の不足問題がニュースに取り上げられてきた。

更には、外科系へ進む若い医師達が激減して来たために

外科系全般的に後継者が少なくなり、10年後には、外科医師の数が激減して

国民が手術を受けたくても、すぐには受けられなくなるだろうと言われるようになっている。

一人前の外科医を養成するのに10年以上を必要とするからだ。

外科医を養成するためには費用がかかるが、

その費用を病院が捻出できないほど

国の医療費が削減されすぎている事が最も大きな原因となっている。


形成外科分野も例外ではなく、卒後早い時期に形成外科の手術研修をやめて

手術を行わなくてもすむレーザー治療分野へ転進する若い医師たちが激増し

美容外科開業者が激増した。

それぞれの美容外科医同士で競争が激化し、倒産するところが増加した。


今後は、老人の割合が世界で最も増加し続ける日本であるから

医療費の増加は避けて通れない。

しかも現在の医療崩壊が深刻さを増している。

赤字を抱えれば抱えるほど病院は多くの医師を雇えなくなった。


そのため一人当たりの医師の勤務時間は、とっくの昔から労働基準法をはるかに越えている。

その結果、過労死を起こす医師が続出したが、改善されることはなく

黙認され続けてきた。


あまりにも過労が重なった結果、ミスがおきやすくなるが、

ミスを起こすとすぐに責任を問われ、マスコミは騒ぐが、

医師の過重労働問題はクローズアップされることは少ないままだった。


このような事を医師が訴えようとしても、誰も聞く耳を持たなかったため

若い医師たちをはじめとして、医師自身が自分の命を守るためもあって

過重労働を行わなければならない病院から

ただ黙って立ち去らざるを得なくなった。


まず、日本国内の医療崩壊は

この深刻な「立ち去り型医療崩壊」から始まって、

次に「医師不足型医療崩壊」「看護士不足型医療崩壊」

更に、現在の「経済崩壊型医療崩壊」へと進んでしまった。


ちなみに日本の医療費はアメリカの20分の1、フランスの10分の1しかないのに、

同じレベルの医療を、医師や看護士の過重労働の犠牲のもとに

行っていたが、それがついに極限を越えて崩壊したのだ。


日本が消費税5パーセントに対して

フランスをはじめとしたヨーロッパでは消費税は20パーセント以上だから

医療費を捻出できている。


アメリカでは消費税は安いが医療費が高すぎるために

医療を受けられない層の人たちが30パーセントとなっている。

その代わり常に医療技術の進歩は世界1となっている。

日本の医療はアメリカの最先端から30年遅れた分野が多い。


国民はどのようなレベルの医療を望むのだろうか?








本日は土曜日。

永田小耳症形成外科クリニックでは外来日だ。

朝から多くの小耳症患者さんが来られた。

再来の患者さんたちを診察した後

初診の小耳症患者さんに手術法の説明を2時間かけて行った。

外来が込み合ったので、午前中に包帯交換を行えなかった。


午後からは数名の小耳症患者さんを診察した後で

ようやく包帯交換を行えるようになった。

包帯交換を終えてカルテ記載を行って今週の仕事が終了した。






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本日の手術が終了した時に留学生達と撮影した一枚。

手前の向かって右が、イギリス、バーミンガム大学形成外科からのChuo先生。

手前の向かって左が、韓国からのKim先生。

8時間手術の後なので、みんなちょっとお疲れ気味。


永田小耳症形成外科クリニックでは留学生が来院した時には

いつもこのような風景となる。
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特殊な小耳症。
耳があるべき場所を赤で示している。
耳たぶの位置が低い。
本年1月に肋軟骨移植を行った。
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半年前に肋軟骨移植術を行っていた特殊な小耳症
本日は耳立て手術の日を迎えた。
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耳立て手術のデザイン。
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頭から血管膜を起こした。
頭から薄い皮膚を採取した。
耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
アトピー性体質のため、皮膚が、かさかさとして赤くなっている所がある。
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耳が立っている。
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耳が立っている。
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側面の状態。
耳の腫れは、入院中に引く。

昨日は、家庭の事情でお休みし、一日中院長の年金の書類とにらめっこしていた。

今日は銀行やら郵便局やら、いろいろと外回りの用事があり、
自転車こいで、ぐるりと一回り。
最後に食料品を買い出して、クリニックへ帰ってきた。
冷蔵庫の前にどっこいしょと荷物を置いて、
冷蔵庫をあけて見たら、なべが丸ごと入っている。

昨日は私がいなかったので、何か作って食べたらしい。

なすとわかめの味噌汁。

普通の主婦なら、考えられない組み合わせ。
ナスも皮をむいていないので、黒い味噌汁になっている。
お昼ごはんに冷たいまま食べたら、これが、うまかった。

先日の10日は、結婚記念日だったので、
いつもは忘れているのだが、たまたま覚えていたのと、
晩御飯を作るのが面倒だったので、
「お祝いにすしでも食べに行きますか?」と聞いたら、
「ここで普通のめし」というので、
出かけるのも面倒なのねと思ったが、
昨日も
出かけるぐらいなら、自分で作ったほうがましなくらい、
面倒だったのね。

ともかく、もう少し涼しくならねば、
クリニックからは一歩も出られません。
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中国地方の某病院で手術を受けたものの不幸な結果となった小耳症。
作り直し手術の術前の状態。
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耳があるべき場所を赤で示したところ。
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前胸部より採取した4本の肋軟骨から3次元肋軟骨フレームを作成した。
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皮弁形成および皮下ポケットを作成した。
シャーレに入っているのは、
以前に移植されていたが細菌感染を起こして溶けてしまった移植肋軟骨を摘出したもの。
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新たな3次元肋軟骨フレームを移植しなおした状態。
8時間かかる小耳症手術は

朝からスタートしても夕方までかかるので一日に1人の手術しかできない。

小耳症手術を年間を通じ毎週3件継続するのは非常な激務となる。


手術日と日曜日を除くほかの日に外来を行い、

空いた時間で入院中の小耳症患者さん達の包帯交換を行っている。

だから、永田小耳症形成外科クリニックの玄関が開くのは週3日しかない。


週に3日の手術日には玄関が閉まっているのだから

小耳症の事などほとんど知らない一般のご近所にお住まいの方達にとっては

当院は、ほとんど玄関すら開けない不可思議なクリニックと写るらしい。


当院で働いている看護士さんも、ここで働く前には

不思議なクリニックと思っていたらしい。


消防署では、救急車を全く利用することのない不可思議なクリニックと噂している。


逆にタクシーの運転手さん達は、

当院へ日本全国から来院される患者さんたちを戸田公園駅から乗せてくるので

当院のことを非常によく知っている。


つまり、あまりにも特殊なクリニックという事だろう。


海外からの見学者が来ておられるので、医局の人口密度が、異様に高い。
観客が多ければ、院長のテンションがまた上がる。
ひっきりなしにしゃべくり続けて、この夏の暑さも加わり、室温が異様に高い。
私は冷房の設定温度を下げて、ひたすら耐える。

昼間には、強引な院長の英語と、韓国なまりの英語と、イギリスなまりの英語が飛び交い、
夜になると疲れきった院長は、
日本語もおかしなことになってしまい
(はさみのことをカットと言ったりして・・・)
布団にもぐりこんで爆睡してしまう。

やっと静かになったので、テレビを点けたら、
院長の大好きな聖子ちゃんが、西篠秀樹と歌っている。
黒いドレスで、妙に色っぽい。

あらら、院長、聖子ちゃんだよ!
起こしたら、喜ぶだろうか?
それとも怒るだろうか?
とりあえず、聖子ちゃんの歌声で、睡眠療法、リラックスできるかも。
寝た子は起こさないほうがいいかも・・・ね。
午前中に両側小耳症の患者さんが無事1名退院となった。

両側の耳とも完成した後での退院だったので喜びもひとしおだ。

その後、入院中の小耳症患者さん達の包帯交換を行った。

抜糸などの時期にさしかかった患者さんが多く時間を要した。


午後からは外来の時間、小耳症の患者さんを数名診察した後

小耳症新患の患者さんが2名来院されたので、2時間かけて手術法の説明を行った。

その後、留学生達から数多くの質問に答えていたらもう夕方となっている。


明日は、中国地方の某病院で小耳症手術を受けたものの

不幸な結果となった患者さんの再々建「作り直し手術」が予定されている。
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本日は、永田小耳症形成外科クリニックに

イギリスと韓国からの留学生が小耳症の手術見学に来日しているため

永田小耳症形成外科クリニックの手術室は、

学ぼうとする見学生の意欲が異様にみなぎる雰囲気となった。


小耳症に対する手術のデザインを

留学生に解説しながら行っている所〈後ろ向きなのが私〉。


それを見逃すまいと必死に撮影している2名が留学生。


数多くの質問が飛び交う。

はるばる海外から学びにきた留学生は、目的意識がはっきりとしており

学ぶ姿勢が真剣そのものだ。

質問の内容でその留学生のレベルがわかってくる。


このような教育を毎年毎年繰り返しながら

永田法は、世界中に広がってきた。


これまで私の小耳症手術見学のために

来日したイギリス人形成外科医は、記憶しているだけでも5人目。

そのほか、イギリスでの招待後援やデモンストレーション手術だけでも3回。


韓国人の形成外科医は2人目だ。

ほかに韓国での国際学会での招待後援が1回。


などなど、世界中の形成外科医師が学びに来る。

留学生に意欲があればあるほど教える私も燃える。

燃えている限り青春!。










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耳垂残存型小耳症の術前。
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正常な耳があるべき場所を赤で示す。
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手術デザイン。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮下ポケットを作成した状態。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。
本日は入院していた小耳症の患者さんが無事退院となった。

その後、明日小耳症で手術予定の患者さんが入院となった。

顔面のレックリングハウゼン氏病切除の局所麻酔手術を行った。

その後入院中の小耳症患者さん達の包帯交換を行った。


午後からは来週手術予定の小耳症患者さん達の術前検査を行った。

その後、数名の小耳症患者さん達の診察を行った。


本日は午前中から

韓国とイギリスから形成外科医が小耳症治療法を学びに来日した。

韓国からの医師は1週間、イギリスからの医師は2週間、

永田小耳症形成外科クリニックでの小耳症手術を見学する予定となっている。


外来終了後、彼らから小耳症治療について堰を切ったように質問攻めにあった。

とにかく熱心だ。

また、彼らが帰国後にはマレーシアの形成外科医から

3週間手術見学の申し込みのメールが入っている。


これまでにも世界中から形成外科医が毎年当院へ手術見学に訪れているが、

今年の夏も永田塾は、にぎやかだ。








先天性に耳が存在しない小耳症は、

全く耳の痕跡すら存在しない無耳症から

ほとんどの耳の形態がそろっているがカップ耳といわれる状態に至るまで

術前の形態は無限に異なっている。


だから、それぞれ術前の形態に応じた異なる手術法を

オーダーメイドで行わなければならない。

しかも、再建する耳の形態は体表の中で最も立体的に複雑な形態をしている。

よって、再建術は困難を極める手術となっている。

形成外科医が手術法を習得するためには、最も長期の学習期間を要する分野となっている。

年間に数例しか小耳症手術を行っていない大学病院では学ぶことさえ困難だ。


しかも小耳症発生率が日本中あわせても

毎年100例程度しか発生しないので

10歳という手術年齢に到達した患者さんがたったの100名しかいない。


永田小耳症形成外科クリニックでは小耳症の手術件数が年間140件を超えている。

永田法では半年間の間隔を置いて2回の手術で耳が完成する方法なので

70耳を毎年再建している。


永田法では、1回目の手術は肋軟骨を耳の形態に作成して移植する手術であり

半年後の2回目の手術は再建した耳を30度の角度で立てる手術である。


従来の耳を立てることができない手術法であるタンザー法やブレント法を

いまだに行っている形成外科医は

2回目の耳おこし手術の方が簡単だという誤解があるが。

この認識は全く間違っている。


通常の耳垂残存型小耳症では

2回目の耳立て手術のほうが手術時間もかかり、手術手技も困難だ。


いまだに小耳症で再々建を求めて永田小耳症形成外科クリニックへと

来院される患者さんが減少していないのは

このような事情が絡み合っているためだ。