永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

ある夜の事。
夕食も終わって、退屈な入院生活。
なぜだか永田先生が洗面所にやってきた。

看護助手の女の人が、先生を洗面所の椅子に座らせ、
白いケープをかけて
はさみで髪の毛をチョキチョキやり出した。

なんだか本物の散髪屋さんみたいだ。

いつもは怖そうな先生が、楽しそうに話してる。
女の子たちは遠くからこわごわ覗いてるけど、
俺は平気だ。

近くに寄ってみる。
ほら、なんともないぞ。
吼えないし、怒らないから、もう少し寄ってみる。
洗面所の台に肘をついて眺めていたら、
安全だと言うことがみんなにもわかったらしく
他のみんなも近くによって来た。

他に変わった事もないし、
上野のパンダほどではないけど、
怖くない先生は珍しいので、
見ていると面白いかも・・・

みてみたらおとなの患者のおにいさんも来ていた。
アレレ、入院患者さん、全員が先生を見に来てる。
まるで動物園の檻の前みたいだ。
色々言いながらながめている。

散髪が終わったみたいで、先生は風呂に入って行った。
先生も俺たちとおんなじ風呂に入るんだ。
ふ~~ん。
これでおしまいかあ。

なんも面白いことない入院生活だから、
少しは変わったものが見たかった。
またなにか面白いことないかなあ。

                  入院生活が続いて、たいくつな男子


この文章は夜勤看護師の証言を元に再現してあります。
   一部に脚色が含まれている可能性があります。










小耳症治療に取り組み始めてから、

もはや30年にもなろうとしている。


欧米をはじめアジア、中近東にまで至る各国の形成外科学会や、

国際形成外科学会などに、毎年のごとく招待されて、これまで出来るだけ応じてきた。

世界中で、依頼に応じ、小耳症デモンストレーション手術を行い、

1時間あるいは2時間に及ぶ教育講演などをも、行ってきた。


また、世界各国から、永田小耳症形成外科クリニックへと

小耳症手術の見学をしたいと

毎年のごとく留学生や、見学生が訪れる。


また、海外からの小耳症患者さん達からも

診察に来たいと、メールが入ってくる。

イギリス形成外科学会や、アメリカ形成外科学会などから

小耳症論文審査を依頼されて、審査することもしばしばとなる。

それらのメールに応じるだけでもずいぶんと、時間がかかる。

アメリカから小耳症の手術に関するテキストブック執筆依頼も来ると

それらを執筆しなければならない。


3月末になると、

海外からの見学生が来ている時に海外からの小耳症患者さんが診察に来る。


また日本の両側小耳症の患者さんで聞こえの手術を希望される方を

アメリカのバージニア大学耳鼻咽喉科へ紹介し連絡を取る。

顔面の手術を希望される小耳症の患者さんたちには

チャングン大学を紹介している。


日本人の小耳症患者さんの耳再建手術だけでも年間140件にもなる。

毎週3件の8時間にも及ぶ小耳症手術を行い

15ベットの入院患者さんたちの包帯交換を行い、昼の仕事を終えると

夜は、この何年もずっと医局に泊り込んでいる。


15ベットの入院ベット数とは、

かつて私がいた東京大学病院形成外科の入院ベット数と同じ数である。

かつて、大学では、全日の手術を週3回行っていた。

教授、助教授、講師、が医局員とともに3名から4名でチームを組み、

それぞれが週に1回の全日手術を行っていた。


大学病院では15名以上の形成外科医がいるが、

永田小耳症形成外科クリニックではたった2名の医師で

それと同じ件数の手術を行っている。


しかも98パーセントが、8時間の手術時間を要する小耳症手術だ。

大学病院と異なり、

補助金など一切ない個人クリニックなので

とにかく全てを個人で、こなさなければならない。


このブログにしばしば書いているように、

大学で手術されたものの不幸な結果となり、

作り直しに来られた小耳症患者さんも、多い。

中には、傷だけ残して全く再建耳など消失して平坦になってしまっている方もいる。

そのような状態でも、再々建手術が出来るようになった。

もちろん超困難な手術となる。

常に、このような困難な手術を行わなければならない。



新たな小耳症手術を開発し、論文として、テキストとして執筆し

更に世界の形成外科医を教育し、後世に残す。



超ハードな道ではあるが、

人生は1度しかないからと、

小耳症の治療と発展のため

自分の出来る最大の事を時間の許す限り

世界的規模で限界まで行っている。






本日は土曜日。

小耳症再診の患者さんで外来が込み合った。

急いで診察を行い、空いた時間を利用して

2階の病室に入院中の小耳症患者さん達の包帯交換を行っていると、

小耳症新患の患者さんが来られた。

包帯交換を途中で切り上げて、外来へ降りた。

新患の患者さんへの手術法を2時間ほどかけて詳しく説明した。

手術日を決定し、予約され、お帰りになった。


終了すると、昼休みが10分しか残っていない。

急いで、サンドイッチを食べて

再び外来を開始した。


またまた小耳症再診の患者さんたちで込み合ってきた。

が、何とか診察を終え、

再び空いた時間を利用して2階の病室へ上がり

残った患者さんたちの包帯交換を行った。


その後も小耳症再診の患者さんたちを診察

終了後も、診断書などの書類を数枚書いた。


気がつくと、もはや夕方5時近くとなっている。

月曜日から始まった今週の仕事が、これでようやく終了した。

かつて、地球の周りを太陽が回っているものと、誰もが考えていた。

当時はそれが社会通念だった。

しかし、太陽の周りを地球が回っていると気がついた人がいた。

社会通年は、当時は、その人物を袋叩きにした。

長い時が経過した後、社会通念は全く逆転した。

袋叩きにあった人物は、逆に英雄に変わった。


次のステップに進む段階へ達し

人生の進路をどのように勧めようか?と、考える時は、

直感的に、正しい、と信じたことを貫いて行くことが重要だ。


人生には必ず、障害が立ちはだかる。

障害とは、社会通念だ。

障害を飛び越えるたびに、新たなステップへと進むことが出来る。


真の道さえ見失わなければ、柔軟な応用が可能となる。

そうなれば、迷うこともなくなる。

すなわち社会通念が間違っていることに気がつく。


通常ならば、たどるべき道が

条件の違いが発生した時は、全く異なる道を選択すべき事態となる。

その時は誰も理解できなかった事が

後になって理解できるようになる。

結果として、世界中が目覚め世界のためになる。


常に、先端を走るときは、

説明している暇などないからだ。


10年後、20年後、30年後になって、

あの考え方が正しかったと、世界が認めるようになる。


あらゆる分野にそのような先端を走っている人がいる。


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2010年2月26日、耳甲介型小耳症に対する再建耳。
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耳立て手術のデザインを示す。
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頭から薄い皮膚を採取した。
耳の後ろに支えとして耳を立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
耳を後ろからカバーして移植肋軟骨を生かすためと、耳の後ろから決行を補強するために
頭から生きた血管膜を起こした。
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耳が立っている。耳の腫れは、入院中に引く。
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耳が立っている。
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2009年6月23日、耳甲介残存型小耳症。術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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デザインの完成。
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作成した3次元肋軟骨フレーム
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皮弁および皮下ポケットの作成。
P1000941.jpg3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。
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そして2010年2月26日、耳立て手術の日を迎えた。
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ローヘアーラインの小耳症に、髪の毛が生えない耳が再建されている。
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耳立て手術のデザイン。
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2枚目の血管膜を頭から起こしたところ。
薄い皮膚を頭から採取した。
耳を支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
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耳が立っている。
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耳が立っている。
耳の腫れは入院中に引く。
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2009年7月24日、小耳症
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耳があるべき場所を赤で示す。
ローヘアーラインの症例
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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血管膜を起こしたところ。
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3次元肋軟骨フレームを移植。
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上半分を血管膜でカバーした。
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血管膜の上に薄い皮膚を移植した。
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2010年2月25日。耳立て手術の日となった。
髪の毛が生えない耳が再建されている。
浅田真央選手が、ミスなくすばらしい演技を行って

バンクーバーのオリンピック会場には、

割れんばかりの大拍手が鳴り響いた。


その直後には、キム・ヨナ選手が、これまた、ミスなく

快心の演技を行って、ショート部門でトップとなった。


第2位となった浅田真央選手とトップのキム・ヨナ選手との得点差は

5点以下となっている。


以前の試合では、この2人の対戦では

「ショートで、10点の開きがあったが

今回が最も得点差が近い」と、

浅田選手が述べていた。


フリーの演技が金曜日に行われる。

「オリンピックの歴史を見ると、何が起こるかわからない。」

と、キム・ヨナ選手自身が語っていた。


いずれにせよ、

ジュニア時代からの長年の切磋琢磨するライバルであり

天才的才能を持ち合わせ、なおかつ、実力者であるこの2人が

両者とも、フリーでミスすることなく、高いレベルの試合を行う事で

金メダルの価値も、さらに重みを増すだろう。




本日午前中は、

小耳症で、入院していた術後の患者さんが1名無事退院となった。

退院できるようになった患者さんを診る時が最も嬉しい時でもある。


その後、明日の小耳症手術予定の患者さんが入院となった。

明日の手術は耳立て手術となっている。

半年前に肋軟骨移植を行った患者さんなので、

今回は入院2回目となり、緊張感も前回より和らいでいる雰囲気だ。


入院患者さん達の包帯交換を終了し他のが午前11時。

医局に戻ると、バンクーバーオリンピックでは、

女子のフィギュアー予選が行われている。

日本人選手の活躍に期待している。


本日は水曜日なので、午後からは、外来の時間となる。
ついに新聞の花粉情報が「やや多い」になってしまった。

だからきょうは「初マスクの日」

新聞が、ダイスキ!
料理情報も、健康情報も、なんでもてんこ盛り。
週刊誌の広告をながめておけば、テレビのワイドショーを見なくても大丈夫。
もちろんオリンピックも情報満載。

しかし、今朝の事、
「鳥取・島根には人いるのか」
と言う見出しを見つけた。

私は島根は大好きだし、
親友の内の二人は島根人で、
去年もいっしょに京都へ旅行に行ってきた。

死んだばあさまも、まだ生きてる私の母も島根生まれで、
親戚も多い。

でも、言わせてもらえば、
鳥取と島根はちがうのよ!
いっしょにしないでもらいたいのよ!

これは民主党の石井一氏が言ったそうで、
「鳥取県とか島根県とか言ったら日本のチベットみたいなもので、・・・人が住んでいるのか。
牛が多いのか。山やら何やらあるけど、人口が少ない所」

じゃあまだ生きているうちの父母は、鳥取に住んでいるのだが、
あれは人ではないのかい?
ええ?

普段は気にも止めないのだが、こういう時は、
俄然鳥取県人にかえる私がいる。

ちょっとびっくり。

そういえば最近のオリンピック。
ふだんはまるで意識しない日本だが、
テレビで見ていて日本が負けると妙に腹が立つのは、
不思議なことだ。

            日本の鳥取生まれの千葉県人   院長婦人でした。



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小耳症術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
耳のあるべき場所の上の3分の1に、髪の毛が、はえている。ローヘアーラインの症例。
通常の方法で肋軟骨移植を行うと、髪の毛が生える耳となってしまう。
髪の毛が生えない耳を再建するには、永田法での特殊な手術術式が必要となる。
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手術デザインの完成。
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作成した3次元肋軟骨フレームを示す。
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頭からあらかじめ薄い皮膚を採取した「左下」。
耳があるべき場所に生えている毛根部を切除した「左上」。
頭から血管膜を起こした。
耳の中に存在していた耳介軟骨をすべて摘出した。
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3次元肋軟骨フレームを耳があるべき場所に移植し、
耳の下3分の2の部分は、皮弁でカバーした。
皮弁でカバーできない上3分の1の部分は、
生きた血管膜でカバーすることで移植肋軟骨を生かす。
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血管膜の上に、頭から採取していた薄い皮膚を移植した。
日本帝国データバンクの発表によれば

昨年度の医療機関倒産件数は、過去最高となっている。

深刻な医療崩壊が継続して進行しているからだ。


医師不足問題や、医療システムの改悪、医療費削減が積み重なった結果である。

結局、医療崩壊によって、国民が困ることになった。


民主党政権になってからも、

新たな医療費は、わずか 0.19パーセント増でしかない。

「焼け石に水」であり、

今年も、ますます医療崩壊が進行する事となる。



土曜日の夕方、早めに店じまい(?)をして、
振り向いたら院長は爆睡中だった。
医局のベッドで丸まってる。

木、金と全麻の手術が続けば、そりゃ疲れるわなあ。
だって、もういい年だものね。

先日の外来日、
ある患者さんが新患でこられ、説明を聞いてから予約をいれて帰られた。
帰り際、雑談で、
「僕は何歳に見えますか?」と院長が聞いたら、
その患者さんは、
「引退前の60歳」と答えた。

「ぴんぽ~~ん!!」

院長はがっかりした。

もっと若く見られたかったらしい。

「白髪が目立つのは、散髪してないからだ」と力説する。
しかし、衣装がねえ・・・。
紫芋スーツに、はだしでスリッパ!

いっそのこと金髪にして、
ハーフパンツでもはいて見るとか?

しかし考えてみれば、
この人は若い時からいつも疲れていた。
だって、ずっと小耳症の手術を続けているから。
経済不況が深刻だ。


デフレにより企業の利益率が減少し、

世界不況に加え円高により輸出が落ち込み、

ますます企業業績が萎縮した。


その結果、失業者がますます増加し、

税収が激減しただけでなく、逆に、生活保護者が急増し国家の支出も急増した。

すなわち国債費としての借金が急増した。


最も最近の3ヶ月は、輸出が増加しているというものの

高校、大学の新卒者の就職率は非常に厳しい状況となっている。


これから技能を身につけ、日本を支えていくべき将来のある若い人達が

卒業と同時に失業状態に陥らざるを得ない状況となっている。

これは、将来の日本にとって、大きな損失となってくる。


そもそも、企業は、安い製品を作るため、

工場を労働賃金の安い東南アジアに移したため

日本人の労働人口を激減させた。


安い製品を求める消費者のために、

安い製品を作ろうとした結果

気がつけば、

消費者自身の職を奪っているという皮肉な結果となっている。


国の借金が急増した結果、今後はその利子の返済が重くのしかかって来る。

国家財政を安定化するために消費税を検討せざるを得なくなるだろう。


根本的には、企業業績の上昇による就職率の上昇が望まれるのだが、

生産人口が減少していく日本では、萎縮経済とならざるを得なくなり

今後の回復は、非常に困難となっている。


困難だと言っているだけで、

新たな手を打たないと、

どんどん失業者が増すばかりとなる。


今日から明日へ悪循環を断ち切る方策はあるのだろうか?

希望がない社会は萎縮せざるを得なくなる。

萎縮が、やがては崩壊を生む。


その場しのぎではない

将来へ向け新たな希望ある政策が望まれている。



科学は、数学と同様に明白である。

小耳症手術は、形成外科分野で科学的に最も困難な分野と言われている。


正常な耳の形態そのものが、体表の中で最も複雑であるからだ。


耳の形態を細部にまでこだわることで

再建のポイントが明確となる。


科学として重要なことは

耳の形態がどこまで正常な形態に忠実に再建できるか?という事だ。

理論的にも手術法により、はっきりと結果に差が出る。


だから、科学的な討論項目がはっきりとしている。


新たな進歩を求める目的の欧米の形成外科学会では、

科学に基づいた討論が行われるのが当たり前となっている。

科学に基づいた討論により、科学が進歩するからだ。

それが患者さんに恩恵をもたらすからだ。


なあなあ主義の学会では、

本格的科学討論を展開すると

攻撃的だと誤解されることが多い。


なあなあ主義があたりまえの学会では、

科学的優劣をつける事をしないので

結論を出す事もない。

それでは、意味がなくなるし、進歩へつながらない。


真髄は、医学を一つ一つ科学に変えることだ。

過去の過ちだった理論を

一つ一つ正していくことで

初めて進歩が遂げられる。








人に感動を与える芸術は偉大だ。

人によって好みが異なるが、


偉大な芸術家が描いた絵画には、多くの人が感動する。

私の最も愛する画家は、サルバドール・ダリ。

ダリの絵を見ると、私にもインスピレーションが湧き上がり

エネルギーが沸いてきて、絵を描きたくなる。


偉大な歌手にも、多くの人々が感動する。

私の最も愛する歌手は、ルチアーノ・パバロッチ。

パバロッチの歌を聴くと、気分爽快となり

エネルギーにあふれ、私も歌いたくなる。


芸術に心打たれると勇気が湧いて来る。


耳を再建する事は、科学の積み上げの結果として

究極に達すると、芸術になる。


小耳症に対する耳介再建術は、私に与えられた天職。


一人でも多くの小耳症の患者さん達に、

感動を与えることが出来る耳を再建する事が

私にさずかった道。





イタリアはローマ帝国以来、古い歴史があり

ヨーロッパのほぼ全土からエジプトを含む地中海沿岸の国々やトルコ共和国にいたる

広大な地域を支配していた。


2000年も前に、

巨大な石の柱を延々と並べ、その上に水道を引いたのだった。

その石と石の継ぎ目を、

火山灰と砂利を練った物で固めることで、

現在のセメントのような役割を持たせる方法を開発した。


この技法を用いて、コロッセオのような巨大建築を作り上げる事となったのだった。

キリスト教は、ローマ帝国初期中期までにおいては、迫害していたものの

次第にその信仰者が増加して

ついには、キリスト教がその勢力を増し。

イタリアにも教会が各地に立てられるようになった。


2000年も前からのローマ帝国の建築技術の基礎の上に

現在のローマには

世界のキリスト教会の総本山とも言われるバチカン市国に、

壮大で荘厳な教会が立っている。


巨大な柱が何百本も立ち並ぶ広場は、

人々を圧倒するほどのスケールとなっている。

先週は、このバチカン帝国を、な、なんと園長先生が訪れた。


その荘厳さと気高さに、

キリスト教徒でもない園長先生が

「心を洗われるようだった。」と、興奮冷めやらぬ感想を漏らしている。


バチカンの教会を見に来て

広場で待っている人達の中には、

「感激して目に涙を浮かべている人もいた。」と、

園長先生が熱っぽく語っている。


それほど、荘厳な所なのだ。


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2009年7月21日。特殊な形態の小耳症術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
耳たぶが前傾している。
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皮弁形成および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨フレームの作成。
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皮下ポケットに、3次元肋軟骨フレームを移植した。
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そして、2010年2月19日。耳立て手術の日となった。
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手術のデザイン
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肋軟骨ブロックを移植して、耳を後ろから支えて耳を立て
それを生かすために血管膜で、耳の後ろをカバーしたところ。
これで、耳の血行も良くするので、術後長期経過しても、移植肋軟骨の吸収が起きなくなる。
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血管膜の上に、頭からあらかじめ採取しておいた薄い皮膚を移植した。
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耳が立っている。血行を補強しているので、耳の腫れは入院中に引く。

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2009年7月17日。小耳症術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植して皮弁を縫合した。
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そして耳立て手術の日を迎えた。
2010年2月18日。
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手術のデザインを示す。
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頭から薄い皮膚を採取した。
頭から血管膜を起こした。
耳の後ろから耳を支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
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再建耳が立っている。
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耳が立っている。
本日は寒い1日だった。

永田小耳症形成外科クリニックの職員達が

到着するたびに、

「外は寒いですよ。」

と、真っ白な顔をして口々に言う。


何せ、私は毎日、手術着で

医局へ泊り込む日当直の生活を

4年間も続けているので、

下手をすると、外の季節の変化にすら

気が付かない事もある。


このように、人から聞いて はじめて

外の天候がどうなっているのか

ようやく理解できるるほどだ。


天候の悪い日には、「永田先生は、通勤が無くて、いいですねー。」

と言う職員もいる。


「じゃあ、日当直を1年間、続けてやってみたら?」と、返答すると

「とんでもない!、普通の人なら皆、気が変になりますよ。」ときた。





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2009年7月16日、耳垂残存型小耳症の術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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手術デザイン。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨フレームを移植した。
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そして、2010年2月16日の耳立て手術の日となった。
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耳立て手術のデザイン。
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血管膜を起こした.
頭から薄い皮膚を採取した。
耳を後ろから支えて立てるため肋軟骨ブロックを作成した。
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耳が立っている。
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耳が立っている。
バンクーバーで、

冬季オリンピックが行われている。


前評判とは全く異なり、

日本選手達は、

なかなかメダルに届かない。


世界中から、本気で

メダルを狙った才能ある優れた選手達ばかりが集まっているのだから

当然のことだ。


この結果を見れば

金メダルなど、

夢のまた夢なのだ、と言う事がわかる。


なかなかメダルに手が届かない現実から、

日本は世界の中のごく一部に過ぎず

世界の広さ、奥深さを感じる。


だから、世界1という事は

偉大な事である。


同様に、

他のどのような分野においても

日本の中だけで物を見、判断しているだけでは

正に、「井の中の蛙」となってしまう。



今からおよそ30年前のことだ。


毎日毎日、人の耳を見ては、スケッチを繰り返していた。

前から、横から、後ろから、斜めから

正常な耳の形態を、立体的に認識するまで

すなわち耳を見なくても

あらゆる角度から正確な形態が描けるようになるまで

執拗な訓練を続けた。



これを繰り返えせば繰り返すほど、

軟骨の形態と、それをカバーしている皮膚の必要面積との関係が、

痛いほど理解できるようになった。


当時、私は

小耳症に対して世界中で行われていたタンザー法で再建された耳介を

何度も見ては、正常な耳と比較していた。


正常な耳の細部構造の精巧さを100点とすれば

耳垂残存型小耳症に対し、

タンザー法で再建された耳の内で、

最も最高の出来栄えといわれる世界中の文献を探して見て、

私の判断では、どう見ても30点しか与えられない結果だった。


この判断を下した時点で、

タンザー法が、不完全な手術法だ。という事が

私の中で確信できた。


ならば、正しい方法を開発する必要がある。

と、ごく自然に私は直感した。


これが、永田法の開発に取り掛かるきっかけだった。







大学の最も主要な事は、

なんと言ってもオリジナリティーである。


すなわち、世界中で不可能とされた事を、

初めて可能にし、世界に報告し、世の中の役に立つことをする。

それは、新たな学問の進歩を後世に残すことになる。


高校生までは、今まで人類が形成してきた基本的なことを

人から学ぶだけでよいが、

大学では、新たな学問を自ら作り上げる場所だ。


ところが、日本の大学で、そのようなレベルを超える所は

ごくごくわずかでしかない。

いや、むしろほとんど無い。

教授といわれる人が、

欧米に留学して学んできた事を、

受け売りしているだけの人が多いからだ。


学生も、人から教えてもらう事しか、考えていない。

世界初の事を教えてくれる人などいないのだ。

世界初の事をやる時は、自分が自ら、開発するしかない。


日本には、数え切れないほど大学がある。

が、このような基準で考えると、

大学に相当する処などほとんどない。


ただ教えてもらうだけならば、

各種学校に名前を変えるべき所ばかりと言っても、過言ではない。


厳しいことを言えば

文部省は、大学の意味を、新たに考え直すべきだろう。

基準に達しない大学は、名前を変更すべきだ。


もちろん、

インターネットなど存在しなかった時代においては

学問的な歴史と、その蓄積がある欧米の大学へ行かなければ

開発そのものが不可能に近かった。


しかし現在は、その蓄積が無いところであっても、

世界中の学問の進歩や、その資料が

簡単にインターネットで、誰でも手に入るようになった。


だから、容易に、自ら最新の学問を手にする事が可能になった。

だから、開発途上国であっても

学問を進歩させることが可能な時代となっている。


このような観点から、若い学生達が

自ら、まともな大学を作り上げ

新たな事に、臆することなく

どんどん挑戦するようになってほしいと願っている。


それを教授といわれる人達は、少なくとも、邪魔しないようにするべきだ。


永田小耳症形成外科クリニックで土曜日は、

午前中も午後も外来日。

寒い中にもかかわらず、小耳症で通院中の患者さんたちが

多数来院された。


別に、新患の患者さんは、午前中に1名。午後に1名来院された。

それぞれに、約2時間をかけて手術法の説明を行った。


2時間の説明をすると、

説明を聞くほうも、するほうも、へとへととなるが、

この説明を行って始めて、

小耳症手術というものが

ようやく初めての患者さんには理解できるようになる。


タンザー法とはどういうものか?

ブレント法とはどういうものか?

永田法とはどういうものか?

客観的な資料や、画像も、お見せしながら説明を行っている。

これらの手術結果が、あまりにもレベルが異なることに驚かされている。


これらをしっかりと踏まえることが出来ると、

ようやく耳の再建術がいかに困難なことなのかが、

理解が出来るようになる。


理解できた患者さんたちは、

当院へ、わざわざ遠くから足を運んだ甲斐があった、と思っていただけるようになる。

だから、時間はかかっても、

初診の患者さんたちには、2時間もの説明を行っている。









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2010年2月12日。その1で作成した耳の耳立て手術の日となった。
ローヘアーラインを伴う小耳症に、髪の毛が生えない耳が再建されている。
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耳立て手術のデザインを示す。
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頭から2枚目の血管膜を起こしたところ。
後ろから耳を支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
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手術終了時、耳が立っている。
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2009年7月14日、小耳症術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
ローヘアーラインを伴う小耳症である。
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手術デザイン。
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頭から血管膜を起こした。
頭からあらかじめ薄い皮膚を最初した。
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耳があるべき場所に生えていた毛根部を切除した。
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耳たぶ用の皮弁形成の状態。
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肋軟骨を胸から4本採取し、パーツを6個作成して、ワイヤーで組み合わせ
作成した3次元肋軟骨フレーム。

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フレームを移植した。
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上半分は血管膜でカバーし、
下半分は皮弁でカバーした。
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血管膜の上に頭から採取した皮膚を移植した。
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そして、2010年2月12日耳立て手術の日を迎えた。
髪の毛が生えない耳が再建された。
アメリカ東部では大雪となっている。

ワシントンではホワイトハウスも雪にうずもれている。

もちろん交通機関も麻痺している。


100年ぶりの大雪となっているとの事だ。

それに比べて、カナダのバンクーバーでは、冬季オリンピックというのに

雪不足。

なんと桜が開花している。


関東では、今日は雨。

0先生は、イタリア・ローマで雨に遭遇しているかもしれない。

マルタ島へ向かっている頃だろう。

体重が、増えた。
今年に入ってから、どうにもズボンがキツイ。
永田小耳症形成外科クリニックは空前のダイエットブームだというのに・・・

ナースのTさんは、
「20キロ痩せたら、○先生がプレゼントをくれるんです」と
嬉しそうだ。
彼女は「炭水化物ダイエット」で、努力を重ねている。
そういえば最近はウエストがくびれてきて、体型が3Dになってきた。

○先生をふと見ると、
○先生、あごが丸くなっている。
「せんせい、最近走ってる?」
「いいえ」
「なぜ?」
「寒いから」
マラソンって、冬のスポーツじゃなかったっけ?
冬走らないで、どうする?

マラソンは、
ブログネタに困った○先生の「自作自演」と言う説もある。

いずれにせよ、
ポイントは「継続」だ。

ふと横を見ると院長も、
なんだか最近太ってきたようだ。
そういえば朝医局に来て見ると、
かならず何か食べた痕跡がある。
「あんた、最近太ったでしょう」というと、
大きなお腹をなでている。

ともかく私も、最近はご飯がすすむ。
いろいろトラブルはあっても、
それがストレスにはなっていないらしい。

なんにせよ反ダイエットは、私一人ではないらしい。