永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

前回の京都旅行は、
めったにない一人旅で、
不安だから2時間前に東京駅に着き、
お茶とおにぎりも買ってさあこれで大丈夫。
準備万端と思っていたら、
(なんだか変だな?)
向こう側のホームに私の乗るはずの新幹線が止まり、
(なぜっ!?)
慌てて階段駆け下りて駆け登り、
向こうのホームにたどり着いたときは、
新幹線は出発した後だった。

しかたないから、自由席に乗ったけど、
隣のおじさんが朝っぱらからするめを肴にビールを飲み始め、
土曜日なので他に席はないし、
一度立ったら二度と座れそうもないのでトイレにも行けず、
辛かった。

今回はうまくやるぞと思っていたので、
やっぱり2時間前に東京駅に着き、
新聞も買ってホームも何度も確かめて、
(駅員さんにも確認して)
さあこれでこれで大丈夫。
準備万端。無事出発した。

指定席を確認し、
11号車2-E
さあこれでよし。
すぐにわかるように切符は前の座席の網ポケットに入れて、
車掌さんが来て切符を確認したし、
もう文句は誰からも言われないぞとひと安心。
無事、京都駅、到着した。

で。
改札をでようとしたのだが、
ない。
切符が・・・!
え・・・?
改札でるのに、切符がいるの?

ヒコーキでは座席に座れば、もう切符はいらないし、
普段は「スイカ」だから、
改札でるとき、切符が必要なんて、思わないもの。

切符は新幹線に乗ったまま博多に向かって行っちゃった。
仕方ないので精算所に行って謝って改札からだしてもらった。

でも帰りの新幹線で、
電光掲示板に
「切符の紛失にご注意ください」と何度もでていたので、
私だけではないのだな、と少し気が楽になった。

みなさん、新幹線に乗ったら、切符にご注意を!!!

鬼が留守の間に、命の洗濯でもないけれど、
5年ぶりの同窓会で、
京都へ行ってまいりました。

前回京都に行ったのはやはり同じメンバーでしたが、
また今回も京都に集合です。
看護学校の同級生、仲良し5人組。
かつて同じ寮で、同じ風呂に入り、同じ釜の飯を食べた仲。
その後看護学校は看護大学になってしまい、
寮も閉じられてしまいました。

なんせ長い付き合いなので、
二十歳前の頃からですからね。
気なんか使うものですか。
もうそのまんまのおば様たちが、
怖いものも無く京都で鳥取弁を喋りまくりで、
なぜか旅館の仲居さんから、
「米子の方ですか?」と聞かれ
「実は私も米子出身で・・・」といわれ、
ますます盛り上がったのでした。

京都は何処へ行ってもお寺ばっかりで、
夜は薄暗いなかえんえんと階段を歩き回り、
これでつまずいてこけたら笑えないわと恐ろしくもあり、
急な階段で、翌日の筋肉痛が恐ろしくもあり、
ライトアップでは人の姿だけが浮かび上がり、
こら、そこの若いの、
みんなが待ってるんだから
そこで記念写真を何枚も撮るんじゃないと、
小さな声で毒づいて、
夜は修学旅行のように5人が布団を並べて眠ったのでした。

ああ疲れた。

昨日の事
近くのK病院さんに用があり、
院長と待ち合わせをした。
バスから降りて病院の前で待っていると、
向こうから院長がやってくる。

紫芋色の手術衣に、ヨレヨレ白衣を引っ掛けて、
素足に革靴、手には皮のビジネスバッグ。

なんなんだ?

どうしたの?とかばんを指すと、
タバコが入っていると・・・

ふうん?

はだしに革靴?と聞くと、
石田純一だという。

用事が済んで医局に帰り、
しばらくして、
あのタバコ屋はいつ開くんだろうというので、
さっき自販機でタバコ買ったんでしょう?
と聞くと、
カートンで買いたいと言う。

じゃあ電話してみればいいじゃないと、タバコ屋の名刺を渡すと、
電話して、すぐに買いに行ってきた。

あ、そうか。
インドへ行くのにタバコの準備だ。

みんなは永田先生、準備できたんですか?
と聞いてくるけど、
あの人は何にも準備はしません。
タバコ以外はね。

以前インドは行くときは、
水が危ないからと、1リットルペットボトルを10本も持って行ったけど、
今は液体は空港へは持ち込めなくなったので、
さすがに今回は何にも言わなかった。

以前は重いスライドで、スーツケースがいっぱいで、
水と、スライドで、重くて死そうになったけど、
今では小さなメモリースティック1本で用が足りるから
まったく便利になったものだ。

カメラもコンパクトなデジカメで、
インドの写真を撮って来てよと頼んだら、
嬉しそうに充電などしていたけれど、
その分頭がいっぱいになっていたらしく、
今朝医局へ来て見たら、
携帯は充電されてそのまま残っていた。

最近はカードと携帯さえあれば、
何処へもいけるようになったけど、
その肝心の携帯が医局に残ったまんまでは、
はたして無事に行って帰れるものか、
考えると恐ろしい。


院長が学会へ出かけて行った。
何ヶ月も前から大騒ぎの連続で、やっと出発した。
やれやれだ。
と思ったら、今度は○先生だ。

回診が終わったと思ったら、なぜか自分の机の引き出しを片付け始め、
せっかく院長の去った痕跡をきれいにして、
灰皿も洗い、朝ご飯の茶碗も片付け、
ていねいに掃除機もかけたのに、
食事中の私の前で、
ばたばたと机のほこりを払ってる。

せんせ、私はお昼ご飯を食べてるのよ。
せんせもご飯にしなさい!
と言っても聞かないで、
ばたばたと机のほこりを舞い上げている。

食べる気になんかなりません!!!
と、怒ったように言っているのは、
実は昨日の血液検査で、
中性脂肪がびっくり仰天!高かったのが原因らしい。

それを聞いた中性脂肪の高かったⅠさんは、
上には上があるものだと、
やはり中性脂肪の高かった私とほくそ笑んでいる。

人生何事も、
どこを基点にするかですべてが変わる。

○先生はおかげですっかりまたやる気が出てきたらしく、
ランニングシューズを持ってきたそうで、
夕食後にクリニック周辺を走るつもりらしい。

クリニックの周辺で○先生を見かけたら、
中性脂肪の件については触れないようにして、
エールを送ってやってくださいませ。
11月28日土曜日の早朝

永田小耳症形成外科クリニックを出発し

成田空港に午前9時過ぎに到着して

お昼12時ニューデリーへ向けて出発。

現地時間で18時にデリー・インディラ・ガンジー国際空港へ到着となる。

現地の空港から国際形成外科学会の開催地であるアショカホテルまで15キロ。

11月29日学会のレジストレーションを行う。

11月30日

現地時間の朝8時から9時まで1時間の

「小耳症と外傷耳に対する耳介再建術」のマスターコース講演を行う。

12月2日の夜ニューデリーから成田へ、

成田到着が午前8時ころの予定となっている。


科学技術力の恩恵を受けて

日本の景気は成り立ってきたと言っても過言ではない。


政治的に予算削減の目的で、仕分け作業が行われており、

科学研究分野に対する予算削減問題がクローズアップされている。

ノーベル賞受賞者たちが、総理大臣に、面会し、科学に対する研究費の重要性を訴えた。


もちろん研究費は多いほうが良い。

しかし、どのくらい研究費を出せば結果が出るかは不明でもある。

莫大な研究費をつぎ込んだのに、全く結果が出ないこともある。


逆に、全く研究費などなくても、世界1の分野を生み出す領域もある。


すなわち、限られた予算の中で、最も効率的で重要な研究費の配分は、

本当に能力のある研究者に

研究費が回るようにすることが最も重要だ。


それには、科学者の能力を見抜いて能力がある研究者へ予算を回す必要がある。

誰がその能力を正しく判断できるのかが問題だ。


国は、その能力を見抜く力がないので、それぞれの学会とか大学に

その判断を丸投げ依頼している。


学会や大学が、それを正しく判断できていれば問題はないが

往々にして、学閥の体質や大学や学会幹部の政治力が、

新の科学力とは、はるかに異なるところで研究費配分がなされている場合が多い。


公的な研究費など全くもらってもいないのに

世界的な研究者となっている科学者もいる。


国が、自らの能力で、世界的な新の科学者が、誰なのかも把握できていないようでは

いつまでも、このような丸投げの研究費の無駄なバラまきが、なくなりはしないだろう。


日本人だけで構成する学会が発行する学会誌に日本語で書かれた論文のチェックだけでは、

世界との比較は、全く出来ないのだ。

そもそも日本のジャーナルそのもののレベルが世界基準に達していない場合も多い。


世界的な論文ジャーナルにおいても、後世まで長く残る重要な論文もあれば

1ヶ月で消えてしまう論文もあるし、ねつ造した論文だと後で発覚することもある。


世界的な科学力は、世界中の科学論文を比較して、はじめてその価値がわかる。


一般的にレベルの高い科学ジャーナルは、

世界の一線の専門分野別の論文審査員をそろえており、

投稿されるハイレベルの論文を、複数の第一線の科学者の目で、チェックを行っている。

よって、常に、世界に役に立つ優れた論文のみが掲載される。


レベルが低い論文ジャーナルは、

論文審査員のレベルが低いばかりか人材不足のために

審査員の専門分野以外の論文審査まで行わなければならない。

その結果、正しい論文レベルの価値が理解できず、

さらに、学閥や政治的な判断まで絡んで、低レベルな論文しか集まらなくなる。


特に医学に関する科学ジャーナルのレベルは、インデックス・メディックスにおいて

世界的にトップから順に点数化されている。

その中に、日本のジャーナルは、残念ながら、圏内にも入っていないか、

入っていたとしても、最低ランクの場合がほとんどだ。



大きな夢を実現するには、

いくつかのステップを登っていかなければならない。

ステップを一段一段クリアーして

はじめて大きな目標に到達する。


一段でもステップを踏み外して

そのままにしていたら、

それまでの努力は全く報われなくなる。


だから、必ず意味のあるステップを自分で作って

しかも実現性のある最大限のステップを設定しておくのが

大きな夢に早くたどり着けるコツでもある。


生涯のステップを、

目標どうり登り続けることに成功する人がいる一方で、


何もステップを作らず、

どこに登ることも出来ず、

闇雲な努力をしても、

迷える子羊のまま

不安な闇の中で一生を終える人もいる。


ステップを設定できる人とは、

悟りを開いた人と言うことだろう。
本日午前中に避難訓練を行った。

消防庁の方も来られての避難訓練だった。


非常ボタンを押しての消防庁への連絡の仕方や

火災報知器の使い方、

そして実際に、入院患者さんを外来まで誘導非難させた。

例年は、非常階段を使っての訓練だったが、

本日は、通常の階段を使っての訓練となった。


またその後、実際に消火器を使っての消化訓練も体験した。

意外と簡単に利用できることがわかったが、実際に役に立つのか微妙でもある。


非難はしごを使って、窓からたらしてみる訓練もあった。

非難はしごは実際には、結構重たいものであった。

簡単に取り付けられるものではない。

実際にそのたらした非難はしごを使うのは恐ろしい。

しかし、いざ、それ以外の逃げ道がなくなれば、恐ろしくても使うことになるのだろう。
P1010542.jpg
小耳症術前の状態。

P1010543.jpg
赤で耳があるべき場所を示している。

P1010544.jpg
手術のデザインが完成したところ。

P1010545.jpg
肋軟骨4本を採取し、彫刻して、6個のパーツを作成、それぞれのパーツを
永田式両端針38ゲージの細い医学用ステンレスワイヤーで85箇所組み合わせて
作成した3次元肋軟骨フレーム。

P1010546.jpg
作成した皮弁および皮下ポケット。

P1010547.jpg
3次元肋軟骨フレームを移植したところ。

P1010548.jpg
フラッシュ撮影したところ。
先日の土曜日である。
外来の受付に座っていると、
若いお兄さんがスタスタと入ってきて、
「ドキンですか?」と言う。

「どきん?」
「ドキンですか?」

アンパンマン?
ドキンちゃん?

重ねてもう一度
「ドキンですか?」と聞かれて、
「ドキンです。」と答えたけれど、
ああ、土足厳禁なのね。

英語の短縮形もよくわからないけれど、
最近はなんでも省略するので、
コンカツだの、シュウカツだの、レキジョだの、
実家の80歳過ぎの母親と話していると、
よく「何の事じゃ?」と聞かれるけれど、
同じシチュエーション。

短縮形って、年配者には付いていけないのだなあ。
気を付けねば、と思ったしだいです。
ナースのTさんは健康診断が気がかりでしょうがない。

「何時からするんですか?」と聞いてくるので、
「開院記念日が過ぎてからね」と言うと、
「それまでに血液がサラサラになるように、たまねぎ食べなくちゃ!」とのたまうのである。
何日かして、
「事務長さん、もうフラフラでス。今日採血していいですか~!」と言うので、
「何、ご飯食べてないの?では私が採血してあげよう!」と言うと、
「だめです!事務長さん、息子さんの採血失敗したでしょう。」という。

「うん、でも3回の内、2回は成功したよ、チャレンジさせてよ」と言ったのに、
「駆血帯縛ってくれれば、自分でやりますから」というのだ。
もう、そんなに嫌がらないでもよさそうなものだが・・・。

そういえば○先生も、
私が採血してあげる、といったとたん、
知り合いの先生に頼んで健康診断を済ませてくるし、
院長は、
「おれは明日手術があるんだ!」と叫んだ。
あたしが採血したら、どうなると言うんだろう。

でも、自分で採血するのってどんなもんだろう。
面白そうだからやって見せてもらおうと思ったが、
結局Tさんは夜勤のナースさんに採血してもらい、事なきを得た。
「一発でした。事務長さんもしてもらえば」と言われたが、
私としては、自分で自分の採血をするTさんが見られなくて、残念だった。

しかし、Tさんは
「心電図を自分で録ろうと思ったけど、無理でした」と言っていたので、
あらまあ、心電図はほんとに自分でやるつもりだったらしく、
ぜひ一度、自分で自分の心電図を取るところもまた、見てみたいものだと思ったのだ。
昨年度の日本の税収は45兆円だった。

来年度のそれは、36兆円と見込まれている。

なんと、9兆円の減収ということになる。

昨年度の4分の1の減収なのだ。

すなわち、25パーセントの減収となる。


更に失業率が増し、失業者に対する手当てが必要となる。

税収が減る上に、使わなければならない救済額が増加してくるのだから

もはや、悪循環となっている。


しかも日本は、デフレ現象となっている。

物価が下がれば、企業の利益が減り

企業の利益が減れば、そこに働く人々への給料も減る。

給料が減れば、ますます買い控えがおき、経済活動は冷え込み

税収は更に減少する。

このように、経済的に悪循環となる。


新政権が、政権公約を実行するには、どうしても赤字国債に頼るしかないが

あまりにも額が大きすぎれば、日本国債の信頼が落ち、

海外からの日本国債購入が極端に減少してしまう恐れが出てくる。


不景気の恐ろしい波が、現実のものとなって日本全体を襲っている。

厳しい現実に、残された道は限られてくる。

そもそも、今回の世界恐慌は

アメリカが始めたサブプライムローンの崩壊が、きっかけとなっている。

世界中の金融機関が、このサブプライムローンにだまされたからのことである。

アメリカの中に、世界から集めた巨大なお金が消えていったのだ。

アメリカのごく一部の誰かが巨額の利益を受けている。


このような金融システムが、間違っていることになる。


国際形成外科学会がいよいよ近づいてきた。

1時間の小耳症マスターコース講演の予行練習を先週から行ってきた。


本番さながら、コンピュータを使って、実際に800画像を示し進めながらの練習を行ってみた。


これまでどんなに早く行っても、1時間以内に終了することなど出来なかったが、

今日は、なんと、ついに55分で終了できた。

ようやく余裕が出てきた。


時間が短縮できた原因は、

解説の不要部分の医学英語をずいぶん削ったことと

スムーズに読めるようになっていることに尽きる。


あまりにも膨大な画像を供覧しながらに解説なので

ちょっと油断すると

どの画像の解説を行っているのかわからなくなることがある。


講演中に、気をつけなければならない。


欧米でこれまで数々こなしてきた招待講演では

2時間近くも、しゃべり続けてきたので

1時間物に変更することが大変だった。


何時間かかって解説しても、すべて自分が開発し続けてきたことだから

細かい解説を始めると、24時間かかっても終了することなど出来ない内容だ。


すなわち、小耳症に対する耳の再建は、

手術回数が多く必要なのにもかかわらず、不完全な耳しか再建できなかった従来法と比べ

永田法では、たった2回の手術で、精密な耳の細部構造までもが再建できるようになった。

さらに、従来法では不可能だったローヘアーラインを伴う小耳症や、無耳症

そして、さらに従来法で作られた不完全なすべての耳の作り直し症例まで

永田法の飛躍的な進歩と共に

耳の再建術は、非常に奥が深い内容となったと言う事でもある。


今から耳の再建術を目指す世界中の形成外科医にとっては

学ばなければならない項目が極端に多く深くなったので

学ぶための期間が長期間必要となったと言うことでもある。


すなわち、小耳症治療は、今や、ラーニングカーブが

非常に長期間必要となったと言うことだ。





今日は、午前9時に、小耳症新患のかたが来られ

説明時間に2時間以上かかった。

その後、小耳症で再診の患者さんたちが多く待たれていて、

診察を終了したら12時45分。

急いで昼食をとり、すぐ午後からの外来診察時間の1時となった。

数名の小耳症再来患者さんを急いで診察した後、

また別の小耳症で新患のかたが来られ、2時間の説明時間を要した。

気がつけば、夕方4時を回っている。

それからようやく病室入院中の小耳症患者さんたちの包帯交換を行った。

終了したら、もはや夕方の6時。

このように、永田小耳症形成外科クリニックでは、毎週

月曜日の朝から、土曜日の夕方まで、びっしりと小耳症治療に明け暮れている。




P1010536.jpg
半年前に肋軟骨移植術を行っていた小耳症。
本日は耳立て手術の日となった。
P1010537.jpg
耳を立てろ前の状態を前から見たところ。
P1010538.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
P1010539.jpg
耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成。
それを後ろからカバーして生かすために頭から血管膜を起こしたところ。
その血管膜の上に頭からあらかじめ採取した薄い皮膚を移植する。
P1010541.jpg
耳を前から見たところ。本当に耳が立っていることがわかる。
P1010540.jpg
耳を上から見たところ。
耳が立っている。
P1010530.jpg
半年前に肋軟骨移植術を行っていた小耳症。
耳立て手術の日を迎えた。
P1010531.jpg
耳立て手術のデザイン。
P1010532.jpg
耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
それを後ろからカバーして生かすために頭から血管膜を起こした。
その上に薄い皮膚を頭から採取した。
P1010535.jpg
手術直後の状態で耳が立っている。
P1010534.jpg
耳を頭から見たところ、耳が本当に立っていることがわかる。
本日は、

半年前に肋軟骨移植術を行っていた小耳症の耳立て手術だった。

午後から園長先生が、学会のため不在となったので

本日の手術掲載は明日の夕方となります。


明日も、耳立て手術の予定です。
11月30日ニューデリーで国際形成外科学会が行われる。

私は、この学会で

1時間の「小耳症と外傷耳に対する耳再建手術」を講演するように依頼されている。


とにかく、画像数にして800近くを供覧しながら

医学英語で1時間の講演を行わなければならない。


ようやくその説明のための医学英語が完成したので

読んでみた。が、

1時間オーバーとなってしまった。


これらを、ぴったり1時間以内にあわせていく作業が、

これまた疲れる。


しかし、この講演を聴きに、

世界各国から集まる形成外科医で小耳症専門家達のことを思うと

やり遂げなければならない。


しかし明日も明後日も、8時間の小耳症手術が予定されているので

そろそろ寝なければならない。

時間との戦いだ。




P1000830.jpg
2009年6月2日術前。世界的にも稀な小耳症。
耳が下を向いている。
このような形態の手術報告例は、世界にも存在しない。
非常に困難な症例。
P1000831.jpg
耳が本来あるべき場所を赤で示す。ほっぺたに耳が存在している。
いかに耳が前にあり、しかも下向きについているかがわかる。
P1000832.jpg
手術デザインの完成。
P1000833.jpg
作成した3次元肋軟骨フレーム。
P1000835.jpg
皮弁作成および皮下ポケットを作成した状態。
P1000838.jpg
手術終了時の状態。
手術前に耳があった、ほっぺたの部分は、陥凹していたので、
肋軟骨を移植して耳の前の部分を平らにしている。
P1010525.jpg
本日の耳立て手術前の状態。まだ耳たぶのボリュームが不足している。
P1010526.jpg
耳立て手術のデザイン。
P1010527.jpg
耳の後ろから耳を支えて立てるため肋軟骨ブロックを作成した。
それを後ろからカバーして生かすための血管膜を頭から起こしたところ。
更にその血管膜の上に頭から採取した薄い皮膚を移植する。
P1010528.jpg
耳が立っていることがわかる。
P1010529.jpg
耳を前から見ても立っていることがわかる。
耳たぶのボリュームを増している。

耳全体の腫れは、入院中に引いていく。

私のところへ世界中の国々から、

小耳症手術の見学をしたいと訪れた形成外科医がこれまでに数多くいる。

いろいろな国の状況を背負った留学生達は、思い出深い。


その中でも、最も熱心だった留学生と言えば台湾のチャングン大学病院形成外科から

留学してきたズン・チャン・チェン医師だった。

現在は40歳くらいとなっている。

チャングン大学病院とは、ベッド数が4万を超えたアジアでもダントツの巨大な大学病院だ。

東大病院のベッド数が千何百と言う規模と比較しても桁が違うほど巨大なのだ。


国際的な科学ジャーナルである論文を多数排出している病院でもある。

形成外科医の数だけでも50人を超えている。

その病院の院長が当時は顎顔面治療で国際的にも有名なユー・レイ・チェン医師だった。

そのあと、病院長はマイクロサージャリー領域で世界的なフー・チャン・ウエイ医師となっている。

すなわち、これらの形成外科医が4万ベットの大学病院の院長となっている。

それゆえ、形成外科領域では

国際的に、最もレベルが高い大学病院のひとつとなっている。

実は、日本人の形成外科医も、数多く留学して学んでいる施設でもあるのだ。


そのユーレイ・チェン先生とフー・チャン・ウエイ先生の両者から

私へ6年前、丁寧な依頼状が届いた。

チャングン大学の「ズンチャンチェン医師を日本へ留学させて永田法を習得させたい。」

との依頼状だった。

チャングン大学形成外科医のなかで、芸術的センスがあり、

小耳症の治療に最も適正がある医師ということだった。


ズンチャンチェン医師は、そのようなバックグラウンドから

私のところへ1年間の留学を行った。

チャングン大学から毎月の仕送りを受けての留学だった。


来る日も来る日も、私のところで小耳症手術を見ては

ノートに細かなスケッチを行い、最終的には

分厚い小耳症のテキストブックが出来るくらいの資料を作り上げたばかりか

自分が自ら木を掘り、彫刻して作った3次元形態の耳型を私のところへ持ってきて

添削してくれと言って来た。


非常に熱心な留学生だったので、私の教育にも力が入ったものだった。

留学期間終了後も、困難な小耳症手術がある時には

私は、台湾へ呼ばれて、何回もの手術を行って彼のために教えた。

いわゆる永田塾だった。


そして、昨年論文を書いたので私との共同ネーム入りでアメリカ形成外科学会誌に

投稿するとの連絡が来ていた。


そして今年11月を向かえアメリカ形成外科学会誌が届いた。

ジャーナルの再建部門の巻頭論文に彼の論文が掲載されていた。

世界中の形成外科医が注目する最もレベルが高いジャーナルだ。


タイトルは「永田法の耳立て手術の新しい方法」と言う論文だった。

再建結果は、当院と同等のレベルを示す写真が掲載されていた。

私は大変喜んだ。


なぜなら、かつて、日本人のある医師から

「永田法は困難すぎて、永田以外は出来ない方法だ、そんなものは世界に広がらない」と

、陰口をたたかれたことがあった。


しかし、ズンチャンチェン医師は、6年もの歳月をかけて

来る日も来る日も、小耳症治療一筋に血のにじむような努力を継続して

私と同等の結果を出せるようになった。

私の教育が正しかったと言うことになる。

それがとても、とても、うれしかった。


更に、カナダ・トロントのシックチルドレン病院形成外科医の

デイビット、フィッシャー医師とレイラ・カスライ医師、そして

アルバータ大学のウイルキス教授に対しても

それぞれの病院長からの依頼で数年間の永田塾を行った。


今では彼らとともに、アメリカ形成外科学会における

2時間もの「小耳症インストラクショナルコース」を行うようになった。


1992年に永田法がアメリカ形成外科学会誌に掲載されてから

2009年の今年まで、長い歳月をかけて永田法は、世界に広がっている。


そして今月末、私は国際形成外科学会で、

小耳症治療の1時間のマスターコース教育講演を行う予定となっている。
今日はクリニックの開院記念日だ。
クリニックが開院して、丸々4年が過ぎた事になる。

なんだか私の誕生日とおんなじで、
ケーキも無ければ、花火も上がらない。
自分で「記念日ですよ!」と言わなければ、
だーれも気づかないのだが、
とりあえずの一区切りには間違いない。

すぎてみればあっという間だと人は言うけれど、
私にとってみれば、
長ーい長い4年だった。

よく持ったものだと思いますよ。

まあそういうわけで、
11月は当クリニックの新年みたいなものだから、
色々と行事も多くて忙しい。

最初は健康診断からだ。
まずはスタッフの健康診断をする。
次にいろいろと機械類の健康診断、つまり定期点検が必要になる。
麻酔器や消防関係の器具などの点検も欠かせない。

院長の出張も、だいたい11月が多いので、
なお慌しい。
院長の出張中に、ナースの勉強会も計画されている。

避難訓練も最重要課題のひとつだ。

今年からきてくれた新人(ナースのキャリアは長いけど)の二人は、
まだうちの避難訓練を経験した事がないので、
どちらかのナースさんに合わせて予定を組む事にした。

そのうちの一人のHさんに、
「避難訓練やるわよ。今年は縄梯子を使ってやるのよ」
と言ったら、
「え~~~~~!?」と言うので、嫌かと思ったら、
「楽しそ~~~~~」と言うので、
「えっ縄梯子降りるの?怖くないの」と思ったが、
その後、消防署の都合で変更になり、
Sさんの勤務日になった。

それを知ったHさんは、
「私の日じゃないんですか~~~」と残念そうに叫ぶので、
「じゃあ来年はぜひHさんにしてもらうから」と言ったら、
「いいです~~」と拒否をする。

いったい縄梯子、降りたいのか降りたくないのかどっちだ。

ま、どちらにせよ、
私は今からお風呂に入り、
その後チューハイで一人乾杯して、
きょうの記念日を祝うつもりである。


耳は立体的に体表の中で最も複雑な形をしているため、

すべての形態を再建すると言うことが

従来法の6回の手術を要するタンザー法や

4回の手術を要するブレント法では、不可能だった。


永田法では、それが2回の手術で可能となった。

今では、アメリカ、ヨーロッパをはじめとする医学先進諸国で、永田法が主流となっている。

なぜなら、アメリカで作成された最新の形成外科の教科書で、

小耳症治療は、永田法が掲載されているからだ。

英語圏の国々では、形成外科専門医師国家試験問題に永田法が出題されている時代となった。


しかし国内では残念ながら、いまだに従来法を行っている施設が多く

不幸な結果となって、当院へと作り直し手術を希望されて来られている患者さん達が

毎年毎年非常に増加している。

このブログを見れば明らかだ。


耳再建術は、耳そのものが体表の中で最も複雑な形態をしているために、

再建手術は形成外科領域で最も困難な手術なので、

修練期間が最も長く必要な領域でもある。

形成外科医の芸術的センスが最も必要な領域でもある。


なのに、小耳症患者数が毎年日本中で、たった100名程度しかいないために、

経験がある形成外科医がほとんどいないから、なかなか進歩できないと言うことだ。

すなわち今年、手術適応年齢に到達した小耳症患者数が、国内でたった100名しかいないのだ。


当院では年間に、小耳症手術件数が130件以上となっている。




民主党新政権になってからまだ3ヶ月たっていないが

いろいろと、改革を行っているようだ。

しかしなかなか不景気で財源に乏しく

来年度の予算編成は困難を極めることは間違いない。


コンクリートから人へと言う公約の中で、

本当にこれが実行できるか否か

これから見守る必要がある。


P1010518.jpg
半年前に肋軟骨移植術を行っていた小耳症。
耳珠がまだ不完全な状態。
P1010519.jpg
耳珠を作成するためと、耳を立てるためのデザインを行った。
P1010520.jpg
頭から薄い皮膚を採取した。更に血管膜を起こした。
耳を後ろから支えて立てるために肋軟骨ブロックを作成した。
耳珠を修正作成した。
P1010522.jpg
手術終了時、耳が立っている。耳珠も輪郭が出来ている。
P1010521.jpg
手術終了時、耳が立っている。
P1010511.jpg
半年前に肋軟骨移植術を行っていた小耳症。
本日は耳立て手術日となった。
P1010513.jpg
耳立て手術のデザイン。
P1010514.jpg
血管膜を起こしたところ。
耳の後ろの支えとして耳を立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
頭からあらかじめ薄い皮膚を採取した。
耳珠を修正したので、耳甲介が深く見える。
P1010516.jpg
手術終了時、耳が立っている。
P1010515.jpg
立った耳を後ろから見たところ。
P1010517.jpg
耳を頭の上から見たところ。
耳が本当にたっていることがわかる。
P1010505.jpg
耳垂残存型小耳症に、半年前、肋軟骨移植術を行って再建していた耳。
本日は、耳立て手術の日となった。
P1010506.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
P1010507.jpg
頭からまず、あらかじめ薄い皮膚を採取した。
その後、血管膜を頭皮の下から起こした。
耳の後ろから支えて耳を立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
P1010508.jpg
手術終了時、耳が立っている。
P1010509.jpg
耳を前から見たところ。耳が立っている。
P1010510.jpg
耳を後ろから見たところ。
ようやく

1ヶ月以上にわたった膨大なスライド整理が終了したので、

これらの中から、

形成外科の発展に寄与する資料抽出を行った。

国際形成外科学会に向けての画像整理の途中まで来た。


画像にして約1000枚もの説明を医学英文で

1時間も講演するための準備だから大変だ。


通常の一般演題の発表は長くても10分とか15分

短ければ6分なので簡単だが

1時間もの講演となると

その医学英文原稿だけで100ページ近くにもなる。

とても骨の折れる作業だ。
インド、ニューデリーで国際形成外科学会[IPRAS 2009]が行われる。

ほぼ世界中から形成外科医が集まる学会である。


IPRAS 2009 と、ホームページを検索して開くと

Scientific Program 」科学プログラムが記載されている。

そこをクリックすると

その中で、1時間の「マスタークラス」Master Classの招待講演者名と演題が載っている。


私[Satoru Nagata]永田悟は

[Ear Reconstruction for Microtia and Traumatic Loss]
「小耳症と外傷耳欠損に対する耳介再建術」と言うタイトルで、

11月30日、午前8時から9時まで、1時間の講演を依頼されているので

11月28日から12月1日まで不在です
この1ヶ月

診療記録用として撮影していたスライド整理に追われていた。

毎日毎日、通常の診療後の休むべき時間を削りながら

肩のこる作業だった。

この3年間もの資料だから膨大な量となっていた。

やっと今、

スライド整理が終了して、ほっとしているところだ。


インド・ニューデリーで11月末に行われる国際形成外科学会「IPRAS 2009」の

「小耳症マスターコース」の1時間用講義資料としても、

これまでの資料に追加される。


コンピューターに入れるために、園長先生にも活躍してもらっている。


世界各国から集まる形成外科医のための講義なので

あと、3週間以内に、これらの1時間の医学英文原稿を作らなければならない。

なかなか骨の折れる作業でもある。


P1000756.jpg
5月7日の状態。
関東地方の大学病院で手術されたものの不幸な結果となっていた。
耳の中央部には、平気で色が異なる皮膚が移植されている。
耳の輪郭はぼけている。
おまけに耳の外側上部の移植肋軟骨は、折れてしまっている。
耳の後ろには色が異なる皮膚が移植されて陰毛が生えている。
しかも、耳は立ってもいない。

しかし、その大学病院では、この結果を自信作と本気で、みなしている。
ここが問題点である。
これが日本の通常のレベルであることを、しっかりと、認識しておくべきだ。

P1000757.jpg
本来耳があるべき大きさと場所を赤で示している。
P1000758.jpg
手術デザインの完成。
P1000759.jpg
左上は、摘出した肋軟骨フレーム。
左下は、新たに作成した3次元肋軟骨フレーム。
P1000760.jpg
皮膚弁の状態。耳の中央部の色が異なる皮膚を切除している。
P1000761.jpg
耳たぶの後ろから、良い色の生きた皮弁を作成したところ。
P1000762.jpg
耳の後ろで作成した良い色の生きた皮弁を、耳の中央部へと移動したところ。
P1000763.jpg
新たに作成した3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
P1010500.jpg
そして本日の耳立て手術日を迎えた。
P1010501.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
耳の後ろに移植されていた色が異なる皮膚を切除する。
P1010502.jpg
耳の後ろに移植されていた色が異なる皮膚を切除して、
頭から血管膜を起こしたところ。
耳の後ろから耳を支えて立てるために、新たに肋軟骨ブロックを作成した。
頭から、あらかじめ薄い皮膚を採取した。
P1010503.jpg
手術直後の状態。耳が本当に立っていることがわかる。
P1010504.jpg
耳を頭の上側から見た状態。
耳が立っている。

耳の腫れは、引いてしまう。

この症例のように、かつて手術を行われた耳のほとんどすべての小耳症は、
現在は、永田法によって、2回の手術で作り直すことが出来るようになった。

この写真を見れば、永田法が、なぜ世界の手術法となっているのかが一目瞭然であろう。
しかしいまだに国内では従来法の手術が今も行われている。