永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

本日は、午前中、作り直しを行った小耳症の患者さんが

半年後の耳立て手術日を決定して無事退院となった。

その後、入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。

午後からは、外来の時間。

小耳症で初診の患者さんが2名来院され、2時間ほどかけて手術法の説明を行った。

ほかに数名の小耳症患者さんを診察した。

もはや9月も過ぎようとしている。

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耳垂残存型小耳症の術前。耳たぶが前傾している症例。
このような症例では、再建した耳が、前傾耳とならないような工夫が必要となる。
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耳があるべき場所を赤線で示す。
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手術デザインの完成。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮下ポケットの作成。
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皮下ポケットの下に3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
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2009年4月2日、耳垂残存型小耳症術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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デザインの完成。
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3次元肋軟骨フレームを完成したところ。
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皮弁形成、および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。
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そして9月25日の耳立て手術の日を迎えた。
耳立て手術のデザインを示す。
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頭から薄い皮膚を採取して、血管膜を起こしたところ。
はがした耳と頭の間には、新たに作成した肋軟骨ブロックを
支えのために移植しているので耳が立っている。
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耳を後ろから見たところ。支えの肋軟骨ブロックの厚さがわかる。
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耳立て手術終了時。耳が立っている。
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耳を後ろから見たところ。
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耳を上から見たところ。
30度の角度を持って、本当に耳が立っていることがわかる。
本日は午前中に小耳症で入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。

抜糸の患者さんたちが多く2時間以上を要した。

その間に明日、小耳症手術予定の患者さんが入院となった。


午後からは、小耳症初診の患者さんを2時間ほどかけて説明を行った。

また、来週手術予定の小耳症の患者さん達の3名の術前検査を行った。

ほかに、小耳症の再診の患者さんたちを数名診察した。

あっという間に夕方となっている。
院長はずっと医局がお家で、私は千葉の市川から毎日クリニックへ通ってくる。

えっ!たいへんですね、
事務長さんも一緒にクリニックに泊まったらいいじゃないですか、
と、時々言われる。
でも、一日中院長と事務長として夫婦で顔つき合わしていると、
なんだかなあ・・・それもたいへんでしょう。

で、私には台所が二つある。

自宅ではそれなりだが、医局の小さい電気コンロでは、
作る料理のレパートリーも限られてくる。

ある日、
一日中ばたばたとあわただしかった私は、まだ事務仕事が残っていたので、
「ねえ、まだおなか減ってないよね。」と院長に確認をした。
なんせ空腹だと理性を超えて凶暴になるのが院長なのだ。

その日は
「カレーが食べたい」と冷蔵庫を開けているので、
「じゃがいもあるよ。たまねぎあるよ。作って作って」と言うと、
なんだかその気になっているので、
「カレールーがないけどすぐ買ってくるから」と言って、
自転車こいで買ってきた。

早々となべでは野菜が煮えていたが、なぜだか煮汁の色が違うので、
「ねえ、何かいれたでしょう?何いれた?」と聞くと、
「教えてやらん。」
と言われた。

味噌か?だしか?・・・・・?

これが結構うまかった。

院長の買い物は無計画で、いつぞやはしいたけが一袋買ってあり、
しいたけだけどう料理して食べるんだろうと思っていたが、
それは味噌汁になっていた。

え?しいたけの味噌汁?

これが結構うまかった。
しいたけの味がする。

まねして家で作ってみた。
まずかった。
院長が作るとき、
きっと何か、いれたに違いない。
もしかして、自分のしっぽとか、刻んでいれたに違いない。
院長の隠し味だ。
かつて聴いていた歌を

今再び聞くと、当時のあらゆる出来事が思い出されてくる。

それらの記憶は関連しているようだ。


1980年代のヒット曲を聴けば、

経済成長の著しかった日本の優雅な時代が懐かしい。

経済が成長している時は、音楽や芸術も華やかとなる。

だから、当時の歌手達は輝いている。


手術が深夜にまで及び、帰りのタクシーを都内で拾おうとしても、

めったに、つかまらなかったものだ。

今ではタクシーは、どこでも乗れるようになった。


当時の日本は、ついに、アメリカの有名な都心の一等地まで購入していた。

人口構成を見れば、当時は生産人口が多かった。

団塊の世代が、その生産力を支えていたからだ。

現在は、生産人口が減少し続けている。

と同時に、経済が収縮し続けるばかりだ。


80年代は、テレビ放送でヒット曲の番組が多かった。

今は、歌番組が激減し、ニュース番組ばかりとなっている。

明日に向かって今日よりも発展することが確実だった1980年代初頭は

希望が膨らみ続けた良い時代だった。


永遠に成長が継続するものと思って疑わなかった。

そのような華やかな時代だった。


今も活躍を続けている松田聖子は、

そのような華やかな時代に、

ヒット曲を連発し、ベストテンのトップを守り続けていた大歌手と言える。


デビューして29年を迎えても、なお、ミニスカートをはき、

それが今でも様になっているから、みんなに勇気を与えている。

そして80年代の明日への希望を思い出させている。


ヒット曲を今でもエネルギッシュに歌っている姿は

みんなにエネルギーを与えてくれるすごい事だと思う。

40代後半になった今でも

「私はエイティーン」と歌っても違和感がないことに驚きを感じるのは

私だけではないだろう。
本日は土曜日。

午前中外来は忙しかった。

小耳症で初診の患者さんが3名こられ

手術法の説明を2時間ほどかけて説明した。

それぞれ予約をされてお帰りとなった。

その後数名の小耳症患者さんたちを診察し

顔面のレックリングハウゼン氏病で初診の患者さんが来院されて手術法の説明時間を要した。


午後からは、入院中の患者さん達の包帯交換を行った。

更に数名の再診の小耳症患者さんを診察した。

夕方になり、極度の睡魔に襲われて眠ってしまった。

1週間がたつのは早い。
本日は小耳症の耳立て手術だった。

本日は園長先生が大阪に出張したために

手術写真の掲載は、

来週の火曜日となります。
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かつて東京都内の某病院形成外科で、小耳症のために、
シリコン移植による手術を受けたもののこのような不幸な結果となっている。
頭の傷は、すでに血管膜を使ってしまった事を示している。
耳の中央には、色が異なる皮膚が移植されている。
瘢痕の引きつれを起こし、耳の皮膚がしわしわとなっている。
2009年1月22日の術前の状態。
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手術デザインが完成したところ。色が異なる皮膚は切除する。
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3次元肋軟骨フレームを新たに作成したところ。
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色が異なる皮膚は切除して、皮弁を形成したところ。
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3次元肋軟骨フレームを皮弁の下に移植したところ
そして、本日9月24日の耳立て手術日を迎えた。
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耳の中央部は、同じ色となった耳が再々建されている。
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耳立て手術のデザインを示す。
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頭から薄い皮膚を採取した。
頭から、2枚目の血管膜を起こしたところ。
耳を後ろから支えて立てるために新たに肋軟骨ブロックを作成したところ。
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手術直後耳が立っている。
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立っている耳をアップで見たところ。
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耳を上から見たところ。
耳が立っている。
非常に薄い皮膚を頭から採取しているので、
採取した皮膚の部分は、退院時には治って、髪の毛が生える。
また皮膚を移植した耳の後ろから髪の毛は生えないし、同じ色となる。

またまた、このような作り直しの耳立て手術だった。
このように作り直しを希望される小耳症患者さんが
いまだに続々と
日本中から永田小耳症形成外科クリニックへと集まってこられているのが現状となっている。
いつもこの季節になると、

からっとして暑すぎず、快適だ。


と同時に、暑かった夏が思い出されてちょっと寂しくなる。

と言うのが通常の年だ。


だが、今年は夏らしい夏がなかったせいか、そのような感覚がない。

むしろ、自民党政権が倒れ、民主党新政権の誕生で

国民は期待と熱気にあふれている。


この国民の期待に新政権は答えてほしいものだ。

明治以来、日本では、支配する「御上」は、支配層だった。

支配層が政治を行い続けてきた。


労働者は、一般庶民で支配される側だった。

御上の言うとおり動いていた一般庶民は、扱いやすい国民だった。

御上に税金をいいように吸い上げられる一般人だった。

逆に言えば、日本の一般庶民には、自ら思考し、立ち上がる能力に欠けているように見えた。


それに比べて、一般庶民が早くから立ち上がり、王政を倒し

早くから政権を国民の手で行ってきたヨーロッパの先進国は

本当の意味で、一般庶民が自ら思考する能力を持って来た成熟した社会を構成してきていた。


遅ればせながら、ようやく日本では今回ついに、

支配される側だった労働者達の代表とも言える側の民主党が政権をとった。

このような意味で、明治以来初のことである。


これでようやく、民間人からの湧き上がってくる力による政治が行われようとしている。


ある意味、ようやくヨーロッパ並みの思考回路が働くことになった。

日本はこれから大きく変わろうとしている。

民間が立ち上がるための期待される政権でもある。


今までの支配する側だった人が握ってきた悪しき既得権をなくし

本当に、国民のための国民による政治へと転換することを期待している。


以前にもこのブログで述べたが

私の父は、長崎市出身だ。

戦争中シベリアでロシアの捕虜となり

2200名の日本兵のうち200名足らずの生還した一人だ。


極寒の地、シベリアで、森林伐採をさせられて、

捕虜収容所への帰りには、一人また一人と、

寒さと飢餓で仲間の兵士たちが倒れ、力尽きていった。

自分が歩くのに精一杯で、とてもそれらの人を助けることなど出来なかった。


捕虜収容所の柵の周囲の手が届く範囲の草という草は

捕虜たちが取り付くし、一本たりとて残ってはいなかった。

みんな食料として煮て食べたのだった。


捕虜収容所を脱走しようと企てた日本兵は、直ちにつかまり

みんなの前で銃殺された。


その兵士は、父に脱走を誘ったという。

父は、絶対につかまるから、やめるよう説得したが、実行に移したのだった。

脱走しても、周囲は広大で、ただの雪原が果てしなくあるだけで、逃げ切れるはずもなかった。


そのような時代を生きた父。

今は、もはや星空にいる。


母は五島列島から、長崎に落ちた原子爆弾の、きのこ雲を見たのだった。

「人生は一度だけしかないから、棺桶に入る前にやり残した事がないように、生きなさい。」

やりたいことがあるならば、世界中どこへでも行きなさい。」と言っていた。

生きることだけで精一杯な時代を生きた母も、星空の人である。


長崎では一瞬にして10万人とも言える人々が犠牲となった。


そのわずか前には、特攻隊として、若き日本兵が

自ら爆弾を積んだ戦闘機ごとアメリカの軍艦へ体当たりを行って死んでいった。


太平洋上の硫黄島では、

日本兵が洞窟で火炎放射器によって焼き尽くされていった。


戦争という厳しい時代、個人の人権などなかったのだった。



現在は不況とはいえ、戦時中と比べれば、幸せすぎる時代なのだ。

現代人の悩みなど、父の時代と比べればほんの些細なことに見える。

物は考えようだ。

なのに、自殺者が毎年3万人を上回るほどの日本は、病んでいる。


我々は、かつて戦争時代に生まれ死んでいった多くの人々の犠牲の結果として

平和憲法の下で暮らしている。


日本は、決して戦争に加担しない国家であり続けるべき立場なのだ。

世界中で、最も誇るべき憲法を維持している国といっていい。


この点を、最も重視して生きるべきで忘れてはならないのだ。


もっと、このような戦争時代の悲惨な歴史の教育をすべきだろう。

そうすることで、命の大切さと、平和の大切さ、を理解できるものだ。


包み隠さず、真実を教育すべきなのだ。

現在、

永田小耳症形成外科クリニックに入院中の患者さん

15名のうち、5名が実に大学病院で手術されたものの

不幸な結果となって

耳の作り直し手術を行い

入院している患者さんである。


これら作り直しで入院中の患者さんたちは

国内の別々のあらゆる大学病院で手術を受けた方々である。


耳を再建する手術は形成外科の分野でも

最も困難な手術とされている。


更に作り直し手術となれば超困難な手術となる。

これが現状であり、

どのような悲惨な結果となっているのかを具体的に知っていることが

更に犠牲を増やさないために重要なことである。


事実を知っておかなければ、

どのようなことになるのかを患者さんが知らないままとなるから

事実を理解していただくために一目瞭然となる写真の掲載を行っている。


このブログには、そのような作り直しの手術に関しても

手術を行うたびに写真を掲載している。

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九州地方の大学病院形成外科で10回の手術を受けたが、このような不幸な結果となった。
もともとは耳垂残存型小耳症。
まさに傷だらけとなり、肝心の耳は消失している。
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耳があるべき場所を赤で示す。
耳タブがあまりに後ろへ移動されている。
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手術のデザインを示す。
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新たに作成した3次元肋軟骨フレーム。
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すでに頭から1枚目の血管膜は使われて存在しないため、
2枚目の血管膜を起こしたところ。
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新たに作成した3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
下半分は皮弁でカバーできたが、上半分は、皮膚の表面積が不足する。
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耳の上半分の皮弁でカバーできなかったところを生かすために血管膜でカバーした。
これですべての3次元肋軟骨フレームが生きた組織でカバーされた。
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頭から薄い皮膚を採取して血管膜の上に移植した。

そもそも、通常の耳垂残存型小耳症なのに、組織拡張法を用いた手術をされていた。
世界先進国では、トラブルが多く意味がないことがわかって
とっくに、この方法は行われなくなっている。

右からも左からも胸の軟骨をすでに採取されていたので
残りの軟骨は少なかった。
それらを新たに採取して作り直すことになった。
また頭からすでに、採取されていた血管膜を起こした傷跡が大きな禿となっていたために
その傷も切除して直した。
2枚目の血管膜を使用しなければならなかったのはそのためである。

このような作り直しの手術は、非常に困難な手術である。
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耳垂残存型小耳症。
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耳が存在すべき場所を赤で示す。
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手術デザイン。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁作成および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
本日も、耳垂残存型小耳症の肋軟骨移植術だった。

午後から園長先生が出張となったので

手術写真の掲載は、明日となります。
ついに本日から、

鳩山首相による民主党政権が

新たに始まった。

新たな大臣も出揃った。


フレッシュな政権には、やり遂げてもらわなければならない問題が山積している。

経済対策は、もちろん、雇用対策、年金対策、医療崩壊改善策、少子化対策、

などなど、急務を要する。


なんでもスタートが重要だ。

スタートしてから、ぼやぼやすることなく、

スタートダッシュ時から

さすがと言われるような、対策を打ち出して

国民に明確に、わかりやすく示してほしいものだ。


GDP第2位の国に匹敵する新たな歴史を輝かしく作り上げてほしい。






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耳垂残存型小耳症の術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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手術デザイン。
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皮弁形成および皮下ポケットの作成。
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3次元肋軟骨フレームの作成。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植し、皮弁を移動して縫合したところ。
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フラッシュをたいて撮影
9年連続200安打という大記録を

アメリカ大リーグにいるイチロー選手が達成した。

実に108年ぶりということだ。


日本人にとっても誇りである。

本人の努力もさることながら、

その精神力もすばらしい。


さらに、動体視力が人並みはずれ良いこと

そして、毎年打撃フォームを改良してきた。

おそらく自分の体に合ったフォーム改良を行ってきたのだろう。


誰も達成したことがない領域に到達するには

やはり、一歩一歩の階段を継続し、確実に上り続けた結果なのだ。


目は心の窓。

目は口ほどにものを言い。

目力「めじから」がある。

眼光鋭い。

目で犯す。

鋭い目線。


などなどと、目に関する表現力にまつわる言い方が多い。


瞳孔が縮瞳しているか、開いているか。

瞼が開いているか閉じているか。

眉が上がっているか下がっているか。

目が、充血しているか否か。

瞳が輝いているか否か。

これらを総合すると、目での表現力は多彩だといえる。


すなわち、目を観察すれば、心をも読み取れるほどの表現力がある。

だから瞳の奥を読み取って心の動きをキャッチ出来る時がある。


見詰め合うとき、視線で心を伝えるエネルギーに満ちている。

視線を感じ、そのエネルギーの程度で、一瞬にして人生が変わることさえあるのだ。
泣いても笑っても

人生はたった一度しかない。


客観的に、冷めた人生を送っていれば、傷つくこともないが、喜びも少ない。


逆に自ら能動的な人生を送れば、傷ついてしまうこともあるが

うまくいった時は、心の底から大きな喜びを味わうことが出来る。


大きな目標であればあるほど、登らなければならない階段は高くなる。

言い換えると到達するまでに、苦労が多くなるが

階段が高ければ高いほど上り詰めた時の達成感は大きくなる。


人生には大きな夢と、

それを実現するため、あきらめず、日々継続して

同じ階段を一歩一歩登り続けることが

必要だ。


本日は土曜日,外来には、朝早くから小耳症の患者さんが多く来られた。

小耳症の退院患者さんの2名診察後お帰りとなった。

その後、小耳症で数名の再診の患者さんを診察した。


さらに、小耳症で生後4ヶ月の患者さんと1歳超えた患者さんが新患としてこられ

2時間かけて手術法の説明を行った。


午後からも、小耳症で成人の患者さんが来られ、またまた2時間の説明を要した。

さらに、病室に入院中の患者さんの包帯交換を行った。

その後また、小耳症で再診の患者さんを診察して

夕方の4時となり外来を終了した。

あっという間の1週間だった。
ある日の手術日、ナースの私は慌てていた。
手術が終わったら回診をする予定だったのだが、手術が順調に進み、
予定より早めに終わりそうだという。
なんとまあ、まだ、通常の業務が終わっていないのに。
おお急ぎで片付けないといけないのに、
○先生が、いない。

○せんせ~。
あっ、ご飯食べてるっ。
せんせ、早く食べて!

あっ、じゃっ今すぐ行きますっ。
途中で立ち上げりかけるので、

せんせっ。子供みたいに途中でやめないで、
ちゃんと食べてくださいっ。
でも早くたべてっ。
と叫んでいたら
突然 、○先生様子がおかしくなった。

○せんせ、肉食獣みたいに口が血だらけ!
急いで食べようとしたら、口のなかを噛んだと・・・?

何時も人を食った事ばかり言ってるくせして、
本とに自分を食っちゃった。
真っ赤になったテッシュをみて、
麻酔のHせんせいは、
「私が縫ってあげましょうか?」とクールにひとこと。

○先生大きな口をパカンと開けて、
みんなに見せて回るので、
ああ、人間の口ってこんなに大きく空くのねえ。
意外ときれいな歯並びだった。
しかし、特に見たいものでもない。

わたしは※かばの歯磨き※を、連想した。

いや、かばって草食動物だったっけ?



 




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半年間も耳をほとんど洗っていなかったため陥没凹部に垢がたまり
垢の下の皮膚がかぶれを起こし
再建された耳の上前部の皮膚表層が欠損して浸出液が出ている状態。
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局所を拡大した写真。
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手術デザイン。
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頭から薄い皮膚を採取し、血管膜を起こした。
かぶれたところは切除している。
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生きた血管膜を、皮下トンネルの下を通して皮膚欠損部へ移動したところ。
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皮膚欠損部で移植肋軟骨が露出した部分を血管膜でカバーしたところ。

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血管膜の上に頭から採取していた薄い皮膚を移植した。

耳の腫れは、入院中に引く。
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本日の耳甲介残存型小耳症の術前。副耳も存在する。
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本来耳があるべき場所を赤で示す。
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手術のデザインを示す。
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皮弁形成および皮下ポケットを作成した状態。
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肋軟骨を胸から採取して彫刻し組み合わせて作成した耳型の3次元肋軟骨フレーム。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植し、皮弁を移動させて縫合したところ。
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フラッシュをたいて撮影したところ。
知人の母親が80歳を越している。

元気な人だがそろそろ養護老人ホームに入居する年になってきたということで、

老人ホームを訪問したそうだ。

東京都内の錦糸町の駅に近いところだったそうだ。


その老人ホームでは、

「入居時に580万円を支払い、それとは別に毎月20万円を支払う。」

という規定だった。


他の老人ホームを見に行ったところ

「毎月30万円を払う。」

という規定だったそうだ。


これだけの金額を普通の80歳を越した老人が簡単に払えるはずがない。


とても入居できる金額ではないので、老人が老人を介護して

あまりのつらさに耐えることが出来ずに、

悲惨な老配偶者の殺人事件が昨年だけで50件以上もおきている。


20年以上前のことだったと思うが

かつては、老人の病院への生活入院が一般的だった。

老人達は病院で人生の最後を遂げていた。


しかし、今では、闇雲に3ヶ月を越えると病院から強制退院となっている。

国は、3ヶ月を超える入院の場合は

病院は、赤字となるような保険システムを作り上げた。


それどころか、救急医療や通常の医療に至るまで

経営が成り立たなくなるほど保険料を毎年値下げした結果

病院崩壊、医療崩壊が起きている。


その結果、退院といわれても、自分だけでは生活が出来ない老人達が行き場を失った。

介護を受けたくても、介護施設は不足しており

介護難民と呼ばれる老人達が増加してきた。


介護施設も、まともに経営していればつぶれてしまうことが明白な

お金しか入らない法律を国が作り上げた。


「国民が安心して老後も暮らしていける日本を作る」と

選挙前に必ず言っていた自民党は、うそをついていたとみなされて

自民党公明党政権が崩壊したのは、当たり前だった。



民主党政権は、今後このような深刻な問題に

心から取り組まなければならないだろう。


福祉の先進国であるヨーロッパ諸国の消費税率が20パーセントを超えている現状を見れば

今後4年間消費税を据え置くなどとばかり言っていては

まともな福祉国家を実現できないのではないかと心配されてしまう。


無駄をなくすことだけで、どれほどの費用が捻出できるのかを

具体的に国民に開示し、

本当に国民を納得させることが出来る事から新たな政治を行うべきだ。


GDP第2位の国家としては、予算配分が間違っている事も事実だ。

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関西地方のある大学病院形成外科で手術を行われた小耳症。
2009年3月13日。
耳から髪の毛が生えている。
耳の後ろには色が異なる皮膚の移植がされている。
作り直し手術目的で永田小耳症形成外科クリニックへ入院された。
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耳があるべき場所を赤で示す。
本来耳があるべき場所からずいぶん異なる。
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本来の耳があるべき場所から比べるとずいぶん異なることがわかる。
手術のデザインが完成したところ。
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左上が、新たに作成した3次元肋軟骨フレーム。
左下は、移植されていたフレームを摘出したところ。
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頭から血管膜を起こした。
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3次元肋軟骨フレームを移植。
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移植したフレームを血管膜でカバーした。
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血管膜を頭から採取した薄い皮膚でカバーした。
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9月8日、耳立て手術日を迎えた。
髪の毛が生えない耳そのものは正常な場所に出来ているが
耳珠はまだ以前のまま、前にある状態。
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手術デザインを示す。
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正常な場所に耳珠を再建し直して、耳の周囲を切開したところ。
頭から2枚目の血管膜を起こした。
耳の後ろから耳を支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
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耳が立っている。
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耳が立っている。
耳の腫れは入院中に引く。
先日の誕生日に院長にプレゼントした電子パイポ。

吸っているのを見たことないから
「ねえ、あれどうしたの?」
と聞くと、

「チャンと、吸っとっとよ」と言うけれど、
机の上には齧りかけの禁煙パイポ。
灰皿には吸殻の山。

結局
電子タバコを吸いながら、
禁煙パイポを齧りつつ、
タバコを吸い続けるという、
ただせわしなさが増しただけの、
電子パイポだったのでした。

民主党政権がいよいよ来週から動き出す。

新たなことを行うためには、

必ず古い習慣を壊さなければならない。


そこには、

あらゆる既得権を持ってきた人たちが立ちはだかってくる。


旧態依然とした世界を、賢い新たな世界へと

導くことが、最も重要なことだ。


当たり前のことが、当たり前になるように

国民は目をこらして見守っていくことが必要でもある。
手術のために体毛をそる事を、「剃毛」という。
テイモウと読む。
他施設では、小耳症の手術の場合、
耳の周りだけを数センチだけ剃るようだ。

当院の場合、
男子は丸坊主。
女子は手術の側を1,2センチ多めに残して、頭の半分。
きれいにテイモウする。

年頃になると、これが、辛いらしい。
特に女の子、
それを聞いただけで手術をやめてしまう方もいる。

しかし感染予防のため、手術の成功のためには決して譲れない。
何事にも妥協しないのが「永田法」である。


髪を切るのが辛くて、外来で悩んで涙も流して、
入院中の女子から
「だって一時のことだよ。髪の毛はまた生えてくるんだから」と言われ、
決心して予約をして帰った。
でも入院して実際髪を切られて、
やっぱり泣いてしまった。

それが乙女ごころ。

先日も問い合わせの電話がかかってきた。
髪を剃ったあと、皆さんどうしているのですか?

髪の毛の残った半分を反対に流して
ピンで止めたり耳の下で結んだりすると目立ちませんよ。
髪は1ヶ月たったら1センチ以上伸びるので地肌は、真っ黒になるのです。
ただ量が少ないので、部分かつらとか付け毛をされる方もいます。
手っ取り早いのは帽子、バンダナ、スカーフ、幅広のヘアバンド、
色々皆さん工夫しておられます。

なるほど・・・と・・・。

ところが先日入院されたあるかたは、
髪の毛を半分カットした自分を見て、
「半分だけ剃ると変ですね」とさっぱり坊主にしてしまわれた。
とってもおしゃれな女性だったので、
あっけに取られてしまったのだが、
本人はさばさばしたものだった。

たまにはこういうこともある。

院長は乙女心などトンと理解できないおじさんなので、
回診中に髪の毛が傷に触りそうだと
「不潔になる!」といって、はさみでジャキンと切ってしまう。
だから回診の前はみんな大慌てで、
院長の来る前に髪を結わえなおしてピンで止めておく。

クワバラクワバラ。