永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

2009年4月30日。
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耳垂残存型小耳症の術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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手術のデザイン。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮下ポケット作成。
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皮膚の下に3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
連休のスタート。

関東地方は快晴だった。


永田小耳症形成外科クリニックには、連休に関係なく

小耳症の患者さんたちが、入院している。

明日も小耳症の肋軟骨移植術が予定されている。


今年の連休中は、遠出をしないと言う人たちが50パーセントを超えると言う。

だから、例年の連休よりラッシュは少ないかもしれない。が

いつもこの時期には、交通事故が多発する。

お出かけの際は、くれぐれも、スケジュールにゆとりを持って下さい。

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東京都内の某大学病院で、形成外科と耳鼻科との共同手術を行われ
耳の再建と聞こえの手術を同時に行われたが
耳の形も不幸な結果となり、聞こえるようにもならなかった。
すなわち、補聴器無しで会話することも出来るようにはならなかった。
両者ともこのような不幸な結果となって
永田小耳症形成外科クリニックへ、耳の作り直し目的で入院された。
これは2008年2月12日の手術。
耳は立っておらず、耳の後ろには色の異なる植皮が行われており
その皮膚からは、陰毛が生えていた。
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耳があるべき姿を、赤で示す。
作られた耳は、大きすぎる。
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上が新たに作成した永田法の3次元肋軟骨フレーム。
下は移植されていた摘出した肋軟骨フレーム。耳の幅が広すぎる。
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耳たぶの裏には、良い色の皮膚が存在していたため、この部分を生きた皮弁として
下の写真の場所へ移動した。
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耳たぶの裏から皮弁を生きたまま移動したところ。
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新たな3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
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そして、2009年4月28日。耳立て手術の日を迎えた。
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耳立て手術のデザイン。
耳の後ろの色の異なる皮膚は切除する。
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左上が、頭から新たの歳書した薄い皮膚。
左中は、色の異なる陰毛の生えた皮膚を切除したもの。
左下は、耳を後ろから支えて立てるための新たに作成した肋軟骨ブロック。
頭から起こしてきた血管膜。
すでに、血管膜を使われており、しかも、視野の悪い方法で行われていたために
きちんとした層で、剥離されていなかったので部分的に破壊されており苦労した。
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耳が立っている。
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耳が立っている事がわかる。
本日午前中は、小耳症入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。


また、明日の手術予定の小耳症患者さんが入院となった。

明日の患者さんは、両側小耳症のために、

東京都内の大学病院で耳を再建し聞こえの手術も受けたものの

いまだに補聴器をつけたままの患者さんだ。

おまけに耳の再建の結果も悪かったので、

当院で耳を作り直し、明日は耳立て手術予定。


このように、日本国内で小耳症のために聞こえの手術を受けても

補聴器をはずして日常会話ができるようになった人は、ほとんどいない。

結局、小耳症の患者さんが国内で聞こえの手術を受けても

無駄な手術を受けていることになる。

むしろ、患者さんは、痛い思いをしただけ損だった、という結果となっている。


だから、当院の両側小耳症の患者さんは

アメリカのバージニア大学に紹介して聞こえの手術を受ける。

その結果として、補聴器がなくても会話できるようになった患者さんがほとんどだ。

あまりにも、手術結果の聞こえの確立が異なっているのが実状だ。


午後からは外来だった。

連休前なので、術前検査の小耳症患者さんが5名となった。

また別に局所麻酔手術の術前検査の患者さんが1名。


他に、術後経過観察の患者さんが数名来られた。

更に、小耳症の新患患者さんが1名来られ、説明時間を要した。




一時、鳥インフルエンザが流行った時に

世界中が恐怖におののいたが、

今回は、豚インフルエンザがメキシコで発生し

アメリカ、イギリス、フランスへと飛び火してきている。


動物から発生したインフルエンザが人へと感染しそれが、

人から人へと感染してしまうと言う

とんでもないことが起こっている。

死者が、出ることが問題だ。


以前には聞かなかった珍現象が、

現代に、おき始めている。

WHOは、緊急事態で状況は深刻だと述べている。


何故だかわからない。


このような新型のウイルスが発生した時は、いつも

どこかで行っていた実験室から漏れ出したことも否定できない。


何でもかんでも飼料に、

抗生物質を入れて育てていることも

原因のひとつだろう。

今日の朝は、小耳症の退院の患者さんが1名。

診察を終えて無事お帰りになった。

その他数名の小耳症経過観察の患者さんを診察し

入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。

午後からも

経過観察中の患者さんたちを数名診察。

その後、かつて東京都内の某病院で手術されたものの

不幸な結果となってしまった小耳症患者さんが

作り直しを求めて来院された。

2時間ほどの説明を要した。


相変わらず、このような患者さんが来院される。
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2009年4月24日。耳垂残存型小耳症の術前の状態。
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耳があるべき場所と、大きさを赤で示す。
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手術のデザインが完成したところ。
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肋軟骨が、かなり硬くなっていたため困難だったが、
3次元肋軟骨フレームを作成できた。
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皮弁を作成し、皮下ポケットを作成したところ。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植した所。
私は夕べは夜勤で、クリニックでお泊りだったので、さすがに今日は午後から家に帰ってきた。
夜勤明けの開放感で、柏餅3個を肴にスクリュードライバーを飲みながら、メインディッシュはグリンピースご飯とシューマイスープ。
自分でもちょっとミスマッチかなと思う。

3月にナースさんが一人辞められて、代わりに新しいナースさんが4月から来てくれている。5月からもう一人新人さんが来てくれる予定である。

やはり春は別れあり、新しい出会いあり・・・。
なかなかに、胸ときめく頃でもある。

我が家では3男が家を出て行ってもう1ヶ月近くになるので、すっかり3男抜きのペースになっている。
3人で分担していた家事は、2人分に減ったので、特別増える事はなかったが、なぜか期待していた光熱費は、ほとんど減らなかった。

何ヶ月も前から電卓叩いて楽しみにしていたのだが、がっかりだ。
しかし3男の好物のかんきつ類は、ほとんど減らないので買い物の回数は減った。
米は減らなくなった。

3男は外食のできない子なので、毎日弁当をつくって仕事に行っているらしい。
それを見て同期の男子も弁当を作ってくるようになったらしい。

その話を事務さんにしたら、
「最近の子はみんなそうらしいですよ。」と言っていた。テレビでやっていたとか。
うちの子だけかと思ってたけど、受けなかったので、残念だった。

さあ、先日本屋に寄ったらL・M・ビジョルドの新作と誉田哲也の文庫本が見つかったので、今夜は早くお風呂に入って、読書です。




 
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2007年11月22日・術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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デザイン
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮下ポケット作成。
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皮弁の状態を示す。
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3次元肋軟骨フレームを移植したところ。

患者さんは、両側小耳症のために、この時点では、
日常会話を行うために補聴器を必要としていた。
その後、アメリカのバージニア大学耳鼻科で、聞こえるための手術を受けた。
その結果、補聴器無しで、日常会話が出来るようになった。すなわち、聞こえるようになった。
そして、2009年4月23日の耳立て手術日を迎えた。

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耳が完成し、耳穴も完成している。
補聴器無しで聞こえるようになっている。
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耳立て手術のデザイン。
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血管膜を起こしたところ。
耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
あらかじめ頭から薄い皮膚を採取した。
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耳が立っている。
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耳が立っている。
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側面の状態を示す。
耳の腫れは、入院中に引く。
本日は、小耳症の患者さんが1名退院となった。

代わりに、明日の耳立て手術の患者さんが入院となった。


明日の患者さんは、両側小耳症の患者さんで、

術前には、補聴器をして初めて、日常会話が可能だった患者さんだ。

しかし当院で第1回目の耳再建術を行った後、

アメリカ、バージニア大学の耳鼻科を紹介して

耳の穴を開けて鼓膜の再建を受けた。

その結果、補聴器無しで日常会話が可能となった患者さんだ。

明日はその耳の耳立て手術予定となっている。


耳を立てる時には、耳穴の後ろの部分を延長させなければならないため

特殊な工夫が必要だ。

また耳を立てるときに、耳を後ろからはがしていくのだが、

その剥離の時には細心の手術操作が必要となる。


永田小耳症形成外科クリニックは

小耳症に対する耳再建術において、

現在、世界の先端施設が使う永田法の開発施設であり、


アメリカ、バージニア大学医学部の耳鼻科は

ジャスドーファー教授が、両側小耳症の患者さんのための聞こえの手術の開発者である。


国際小耳症学会になると、開発者である両者が、必ずと言っていいほど

どこの国でも招待されているので、学問上でも、互いに、よく知っている。

そこから生まれた国際協力で、このような関係が成り立っている。


手術法の開発者同士として、ごく自然な成り立ちとも言える。

だからこそ、日本、アメリカと国が異なる科学者同士であっても

互いに強い絆で結ばれた関係となっている。


互いの手術が、困難である事も深く理解しあっている。







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小耳症のため、かつて、
四国の大学病院で耳の再建術を行われたものの不幸な結果となっていた。
2008年6月に、再々建術を行う直前。DSC05668.jpg
耳があるべき場所と大きさを赤で示したところ。
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手術デザイン。

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移植されていた肋軟骨フレームを摘出したところ。タンザー法のフレームの形である

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新たに作成した永田法の3次元肋軟骨フレーム。

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皮膚弁形成したところ。

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永田法の3次元肋軟骨フレームを移植したところ。

そして、2009年4月21日の耳立て手術日を迎えた。
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耳が再々建されている。
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耳立て手術のデザイン。
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1枚目の血管膜が破壊されていたので、2枚目の血管膜を起こしたところ。
耳を後ろから支えて立てるための
肋軟骨ブロックを作成した。
頭からあらかじめ薄い皮膚を採取した。
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手術直後耳を上から見た所。耳が立っている。
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耳を前から見た所。耳が立っている事がわかる。
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半年前に耳垂残存型小耳症のために耳の再建術を行っていた。
耳が再建されている。
2009年4月17日を向かえ、耳立て手術の日を迎えた。
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耳立て手術のデザインを示す。
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血管膜を起こしたところ。
頭からあらかじめ、薄い皮膚を採取。
耳を立てるための支えとして使うための肋軟骨ブロックを作成した。
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耳が立っている。
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耳が、前から見て、立っている。
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横から見た所。
本日は、小耳症の患者さんが無事退院された。


その後、他院で、鼻の縮小手術を受けたものの

不幸にも左右不対象となり、

小さすぎるようになってしまった鼻の穴の拡張手術を行った。


その後、入院中の小耳症患者さんたちの包帯交換を行った。

その時点ですでに、午後1時となり、


午後からは、来週、小耳症の手術を受ける予定の患者さんたちの

術前検査を行った。


そのほかに、経過観察中の患者さんたちの診察を行った。

明日は、小耳症のため、一度他の病院で再建されたものの不幸な結果となり

半年前に当院で作り直した耳の耳立て手術の予定となっている。




可憐で

ひたむきな、と言うだけで

美しい天使を想像する。


そのイメージは、ますます大きな存在となり

全てを包み潤いを与える。


青空に、導かれ、

浮かぶ白い雲も、微笑んでしまう。


ビルに吹く風がヒューヒューと

音を立てて渦巻いている。


ゆったりと流れる時間の中で

暖かさと強い情熱が

全てを包み込む。


まるで失われた時を取り戻すように

貴重な時と空間の中で

歴史を作り上げていく。


春の嵐の中で

夢が現実の花となっていく。

歴史が刻み込まれてゆく。


生きている。


鼓動が伝わっていく。

絶えることなく

鼓動が響き渡っている。


今、生きている。


カンツォーネが流れてくる。

イタリアの香りが漂ってくる。


おとぎの国のようなベローナの景色が浮かぶ。


天使だけがわかる世界。







マネーが、マネーを生むと言う

非生産的なマネーゲームが、むなしくも崩壊し

世界不況を生み出し、

多くの失業者を生み出している。


元を正せば、リーマンブラザーズが

無担保のサブプライムローンと言う

崩壊することがわかっていたローンを他のローンと複雑に絡め、

だましの手法で売り出された。



騙されて世界各国の大手銀行は、これを大量に購入し

結局、そのローンの崩壊を受けて

世界大不況となった。


あまりにもお粗末なマネー資本主義は

崩壊した。

そしてリーマンブラザーズは消失し、そのCEOだった人物は、行方知れずとなっている。


このような騙しの手法を許したアメリカの金融の法体系は

まだ不完全なことが明らかだ。


日本は、湾岸戦争時も、巨額のマネーを吸い取られ

アメリカへのヘッジファンドの投資失敗、そして、、今回も、

見事にアメリカに翻弄されて、多くのマネーを消失している。

アメリカが戦争をおこすたびに、

その資金が、巧みに、世界中から吸い取られていることは、明らかだ。

それなのに、いつも世界の大銀行が騙されているから不思議だ。


日本は国民から集めた年金資金などを、ヘッジファンドにつぎ込み

恐ろしいほど無くしてしまっているのだ。

その、つけが、雪ダルマ式に後世へ積み重なって膨らんでいる。


非生産的なマネーゲームが存在する限り

このような事は、また繰り返される。


いつも犠牲となるのは、何も知らない一般国民だ。
4月18日土曜日。

土曜日は外来日。

小耳症の経過観察中の患者さんたちが数名来院された。

その合間を縫って入院中の小耳症患者さん達の包帯交換を行った。


午後からは、小耳症の新患の方が2名両親と共に来院。

2組同時に治療法を説明した。

午後1時から初めて4時になっていた。

画像を供覧しながらの徹底的な説明を行った。

治療法の意味を十分に理解していただけるまで説明した。

そのほかにも手術前や後の小耳症患者さんが来院された。



4月17日金曜日の本日も

小耳症の耳立て手術だった。


本日は園長先生が、大阪出張のため手術写真の掲載は

来週火曜日になる予定です。

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2008年8月29日、耳垂残存型小耳症術前のデザイン。
耳があるべき場所を赤で示している。
作成した3次元肋軟骨フレームを移植して、耳を再建した。
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そして2009年4月16日。耳立て手術の日を迎えた。
耳が再建されている。
P1000688.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
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あらかじめ頭から薄い皮膚を採取した。
頭から血管膜を起こしたところ。
耳を後ろから支えて立てるために、肋軟骨ブロックを作成した。
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手術直後の状態。再建された耳が立っている。
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耳を前から見た所。
再建耳が正常に立っていることがわかる。
小耳症に対する耳再建術は

科学的に世界に確立されている永田法と言えども

特に医師の芸術的才能と、

長時間手術に耐えうる

妥協を許さない忍耐力が必要だ。


心静かに、

繊細な形の耳を作る事だけに専念して、

はじめて

良好な形態の耳が出来る。


特に手術前に、

精神衛生上

イライラするような事は

絶対に避けたい。


ところが、長年続けていると、

手術前に不必要な事に、

無神経に気を使わされるような時もあり、

そうも行かない事も、時には出て来る。


そんな時でも、冷静に手術を進行させるには

自分の心を一部ロボットと化すしかない。


しかし、私も人間だ、

と言う事実がある。


人間だから、ロボットと違った芸術性を持っている。


だから、個人の形態に応じた

臨機応変な応用を行う事が出来るし

芸術的な感性と科学とを総合し

長い経験を加味して正しい耳が出来るのだ。


ある意味、心の一部である感性をも、十分に引き出す必要がある。

だから、術前に、心穏やかな事が必要だ。


芸術家は、気持ちが乗らなければ芸術活動を停止すればよいのだが、


芸術的センスが必要な耳の再建術は、

全身麻酔をかけるその段階からストップすることは出来ない。

しかも、限られた時間以内に、肋軟骨を移植し終えなければならない。

その時間内に、芸術的感覚を、ピークに保たなければならない。


しかも毎週3例も、8時間以上かかる耳再建手術を

年中継続しなければならない。











日本では15歳以下の子供の臓器移植は

法律上不可能となっている。

だから、臓器移植が必要な子供の患者さんは

欧米へと臓器移植を受けに行かざるを得なかった。


ところが最近アメリカの病院へ

臓器移植を依頼した子供の患者さんが断られた。


臓器移植に関するWHOの新たな規定が来月から開始される。

「臓器移植は、それぞれの国の中で行うように」と、厳しいことになる。


というのも、それぞれの国で、移植の臓器が不足しており

それぞれの国の患者さん達が順番待ちをしているのに

日本人が突然やってきて、順番を先取りされることとなっているからだ。


つまり、それぞれの国で、順番を待っている患者さんたちにしてみれば

日本人は、お金で臓器を買いに来たと、悪評となっている。


日本で、医学的に臓器移植が出来ないレベルではないのに、

これまで、15歳以下においては臓器移植が出来ない法律のままで

日本政府は目をつぶってきていた。


そのため、子供に臓器移植を行う経験豊富な日本人医師は

アメリカで仕事をしている。


なんとも悲劇だ。


海外での臓器移植が断られると言う切羽詰った待った無しの時期となって初めて

今国会で、臓器移植を子供にも可能とする法律改正が

行われようとしている。

いつも遅すぎる日本政府のやり方だ。


これから解決しなければならない問題は山積している。


特に注意しておきたい点は、医療で常に付きまとう問題は、アメリカと日本との

あまりにもかけ離れた医療費格差が見過ごされている。

あるいは、政府がわざと無視しているのだが、

日本の10倍以上もかかるアメリカの医療費で実現できている事を

無理やり10分の1の費用でやれと言われても

一時しのぎのことは可能でも、恒久的解決は出来ない。


すなわち、臓器の提供は、救急医療が充実していることが第1条件であり

科学的に間違いなく仮死状態の患者さんが発生してから、臓器提供への承諾を取り、

そこに臓器をきちんと摘出できる医師団のチームが必要となる。

摘出した臓器を、細胞が生きたままで、迅速に輸送できるチームも必要となる。


政府は医療費の値下げを毎年行ってきており、

ただでさえ、医療崩壊を引き起こしている。

その認識があまりにも薄い日本政府はいつも打つ手が遅れる。


救急病院は過酷に働いても赤字となるような予算しかついていない。

だから病院の倒産が相次ぎ、救急ベッドが減少した結果として

救急患者のたらいまわし問題が頻発している。

日常、救急医が労働基準法など無視して

はるかに越えた超多忙の勤務状態の中で、臓器摘出などできるはずがない。


更に、産科や小児科にいたっては、

病院として成り立たない費用負担しか行わなかったために

病院内での小児科、産科の閉鎖が相次いできたのだ。

更に麻酔科医不足も深刻だ。

麻酔科医が少ないために

手術数を制限する東京女子医科大学病院など、東京都内すら実在している状況だ。

東京都内の国立癌センターですら同様なことがおきた。

皇族が出産した愛育病院ですら、

医師の労働基準法違反で、NICU指定取り消しを院長が東京都に申し出している状態だ。


地方都市では、もっと壊滅状態だ。

鳥取大学病院では、救急医療を担う医師たちが疲弊し集団で辞職した。

千葉県の銚子市民病院は、赤字補填困難と言うことで閉院となった。

日本の地域医療はあまりの安い医療費で、ほとんど壊滅している。


これほどの医療崩壊を起こした日本政府は直ちに

医療費の根底的な財源アップへと方向転換を図り、大改革をしなければ、

国民を安全に守れる医療など、できるはずがない。


たとえ「法律改正だけで、形式的に子供の臓器移植を可能」と言う事に変えたとしても

実際に機能出来るはずがない。

せいぜい1例か2例のみ、形式的な臓器移植を行って

他は、移植出来ないまま、見殺しとなる状態だ。


この抜本改革のためには、根底的に医療崩壊を建て直し救急医療をまともにし、

医師を増やし、小児科,産科、麻酔科など病院が成り立つような状態にするためには

最低でも、待ったなしの医療費全体の倍増が必要となる。

これは大げさな事でも、なんでもない。


少なくとも医師が人間として、まともな生活が、おくれなければ

過労死で早死にするような状態のままでは

医療は、恒久的に守れないからだ。


労働基準法を守り、救急医療を、

まともに立て直すには、少なくとも今の医師の3倍の人数が必要となる。


今の救急病院の雇っている医師数の3倍の医師を雇っても

成り立つような医療費負担を行うには、それだけで

今の医療費の2倍の医療費が必要になるかもしれないのだ。

しかも、小児に対する臓器移植が行えるためには、

赤字覚悟の専門施設を特に建てなければならない。

その一人当たりかかる膨大な費用負担は、誰がなすべきなのか?


よりにもよって、世界的な経済危機のなかで

今のシステムの中で、財源を確保することは困難な情勢だ。


しかし、このままでは臓器移植どころの話ではなく、

通常の地域医療すら守れていないのだ。


日本全国の地域医療が充実してこそ、初めて、臓器提供も始まる可能性が出てくる。

将来ある子供に対する医療を充実させてこそ、未来ある国家となる。

当たり前の事が出来ていなかったのが日本だ。

もはや、「開発途上国に援助する金があるくらいなら、まず国内の子供達を救え!、」と言いたい。


消費税アップを新たな財源としなければ、もはや救命への解決は、不可能となっている。

「高福祉、高負担」と言うスローガンさえ掲げず、

「中福祉、中負担」の社会作りを目指している、などと言う政府の姿勢は

はじめから言い逃れだらけのスローガンだ。

だから子供の臓器移植は無視されてきた。


子供の臓器移植は、少なくとも国際的な観点からは、高福祉の部分なのだ。

だから、高福祉を目指すなら、高負担は当たり前となる。

政府は、そこまで深く理解してから法律改正をしてほしいものだ。


小手先だけでは「絵に描いた餅」となる。


話は少しそれるが、臓器移植のみの問題にかかわらず、

小耳症の子供達に耳を再建すると言うことも高福祉の分野なのに、

いまだに、低負担でやれと言っているのだから、後継者も雇えない。


アメリカの10分の1の費用で、これまで

日本人としての個人だけの医師のプライドで

意地で耳再建術は

アメリカを上回る世界1の成果を出してきたが

後継者達が育てられる費用など、とても出てこない。

下手をすると経営の継続すら危ぶまれる状況なのだ。


高福祉、高負担は先進国では必要な常識だ。






4月15日、2009年。

朝9時、小耳症患者さんが1名無事退院となった。

代わりに、明日耳立て手術予定の小耳症患者さんが1名入院となった。

そのあと、入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。


中には包帯の中を触らないように注意していたのにもかかわらず、

自分で包帯をずらして

触って引っ掻いて、

採皮部のようやく治ったところに、出血を繰り返す子供の患者さんがいる。


どんな傷でも、治ってくると痛みが痒みに変わる時期があるので思わず掻いてしまう。

しかしこれは絶対してはならない事。


以前に注意してあったにもかかわらず

返事だけは、簡単に「はい」と言うものの、それとは裏腹に、守らず

同じ事を繰り返す特有な天邪鬼の子供がいる。


今日は厳しく注意しておいた。

本人のためだ。


それでも守るかどうか信用できない。

春の嵐が

天空から白い天使を連れて来た。


夢の中からファンタジーが

飛び出した。


シルエットは蒸気と共に

白い天使と溶け合っている。


最も自然なファンタジー。


灼熱の天子の中で

溶かされてゆく

融けてゆく


最も生きている瞬間

春の嵐
木漏れ日がまぶしいその先に

白い砂浜が光る。


砂浜のその先は、

どこまでもコバルトブルーの海が水平線まで続いている。


水平線のその上は、底抜けに晴れ渡る大空。


夢のような天空から

この世のものとは思えない

白い天使が舞い降りてきた。


白い砂浜に立つ、白い天子は

透明な不思議な光を放っている。


あまりの明るさに

目がくらむ私は

シルエットとなって

天子の元へ

ただひたすらかけていく。


白い天使の灼熱の太陽の中に

焼けつくされてしまうまで

シルエットとなり

かけてゆく。


時折かかる波が

燃え尽きそうなシルエットを冷やしている。

発火点寸前のシルエットからは、膨大な蒸気が噴出している。


白い蒸気を長く後ろに残しながら

それでも、なお、

白い灼熱の天子に向かって

かけて行く

まるで蒸気機関車のようなシルエット。

その前に、灼熱の輝く天使。


サルバドール・ダリ は  天空で笑っている。



またまた今度は前歯が欠けまして、お休みしました。
昨日から、2連休です。

久しぶりにリビングのカーテンを開けたら、なんと、草ぼうぼう!
春だから木々の新芽がどんどことんがってきて、
若葉やとりどりの花が咲いていて、いい気持ちになっていたけれど、

我が家の狭い庭にも春はやってきていたとみえ、
すくすく伸びた雑草がはびこり、目も当てられません。

数少ない鉢植えも乾いてカラカラで、大事にしていた山椒の木も、
ドライ山椒になる一歩手前で、した。
なんとか水をやって生き返りました。

仕方がないので草むしりをしていたら、派手に救急車の音がして、
ご近所の人たちが、右往左往しています。
何やら声も、掛けづらかったのですが、
どうやら私と同い年くらいのおくさんが急に倒れてしまわれたらしいのです。

人生、何時何が起こるかわからないものです。

今日は朝から竹のこご飯を炊いて、
蕗と油揚げの煮物には昨日生き返った山椒を載せて、
亭主と息子の愚痴を肴に頂きました。

さあ、明日からまた仕事だぞ。


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2008年8月19日、耳垂残存型小耳症術前。
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耳が存在すべき場所を赤で示す。
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デザインの完成。
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3次元肋軟骨フレームを作成したところ。
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皮弁作成および皮下ポケット作成したところ。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植した所。
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そして、本日の2009年4月14日の耳立て手術日となった。
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耳立て手術のデザインを示す。
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頭からあらかじめ薄い皮膚を採取。
頭から生きた血管膜を起こしたところ。
耳の後ろに、支えとして耳を立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
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手術終了時、耳が立っている。
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耳が立っている。
耳の腫れは、入院中に引く。

本日の朝、小耳症患者さんが1名、無事退院となった。

その後、プリングル病の患者さんのテスト段階の局所麻酔下の手術を行った。


明日の耳立て手術予定の小耳症患者さんが入院となった。

午前中に小耳症患者さんたちの包帯交換を行った。

皆順調だ。


午後からは、小耳症外来。

来週手術予定の小耳症患者さん達の術前検査3名。

他に来週手術予定の鼻翼変形の患者さんの術前検査を行った。


さすがに春休み明けなので、外来は、空いている。
一気に、

新緑がまぶしい

花が咲き乱れる

すばらしい季節となった。


大不況とは思えないほど、

生物は生き生きとしている。


それに比べ、つくづく、

人間が作り上げた社会構造の不完全さが

大不況をもたらしている事に、おろかさを感じる。



小耳症の耳の再建術に没頭してから四半世紀以上が過ぎ去った。

来る日も来る日も耳の形態と

再建出来た耳の比較を行っては、

いかに正常な耳と同じ耳を作るべきかと言うことを考え続けてきた。


自分が行う初めての耳再建だけでなく、

どのような場合でも

すなわち一度他の施設で作成された耳であっても、

その手術で、これでもかと言うほどの、あらゆる組織破壊をなされている場合でも、

正常な形の耳を再々建出来るようにと、念じ続け、

長時間の手術時間がかかっても、

ふらふらに疲れても、

常に正常な耳が再建できるようにできるように、執念を燃やし続けて

開発を続けてきた。


形成外科分野の中で、科学的に

異なる組織を用いて、正常な生き続ける耳を作ると言う、

最も困難なやりがいのある仕事を、

今もって継続できていると言う私は

天から与えられた仕事を行っている幸せ者だと、今更ながら思う。

本日の土曜日は外来日。

小耳症の経過観察中の患者さんや

初診の患者さんが来られた。

その合間を縫って、

外来があいた時間に、午前中に何とか

病室入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。

午後からも、数名の小耳症患者さんたちの診察を行った。


小春日和というよりも、初夏と言った感じの本日だった。

早いもので、4月も3分の1過ぎ去っている。
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2008年8月28日術前。
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皮弁形成および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。
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そして、2009年4月10日の耳立て手術日を迎えた。
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耳立て手術のデザイン。
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頭から血管膜を起こしたところ。
あらかじめ薄い皮膚を頭から採取しておいた。
耳を後ろから支えた立てるための肋軟骨ブロックを作成したところ。
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手術直後、耳を上から見た所。耳が立っている。
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耳を前から見た所、立っている耳となっている。
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耳を横から見た所。