永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

本日は土曜日。

午前中は、陳旧性鼻骨骨折で手術した患者さんが、退院された。

その後、小耳症経過観察中の患者さんが数名来られて診察した。

外来の合間に、すぐに病室へ上がり、入院中の小耳症の患者さんの包帯交換を行った。

しかし1号室の包帯交換がすんだ時に、「小耳症新患の患者さんが来られました」と、

受付からの連絡を受けた。

また直ちに外来へ降りて、生後4ヶ月の両側小耳症の患者さんを診察して

ご両親に、手術法の説明を行った。

2時間以上の時間がかかったので終わってみると、すでに1時半。

それから急いで昼食をとり、あわただしく再び外来へ。

小耳症経過観察中の患者さんを数名診察して終わりだと思ったら、

そこに、「小耳症新患の患者さんが2名です」と、カルテが2つ増えている。

たまたま、2名とも、小耳症手術適応年齢を超えた11歳となった患者さんだった。

新患の方の場合は、説明に長時間必要となるため

2名とも同時にまとめて診察することとなった。

それぞれに、ご両親や家族の方がついて来られているので、

外来の診察室のソファーに、トータル7名の方に座ってもらい、

手術の説明となった。

2時間以上かけて、小耳症手術の意味をも含めて説明が終了した。

その後、今年の秋まで手術予定が詰まっており、

10月と、11月にそれぞれ手術を予約され、入院病室を見学されて

お帰りとなった。

気がつけば、5時。

それから、再び病室入院中の患者さんたちの包帯交換を2号室から開始した。

抜糸などを要する患者さんが多く、包帯交換が終了したのは

なんと夕方6時半を超えてしまった。

医局へ降りてやれやれと思ったら、

病室から、看護師さんが降りてきて

「永田先生、処方箋を書いてください。」との事。

書き終わったら土曜日だというのに夕方の7時を超えている。

夕食を作る元気も残っていないので、トンカツ屋に、トンカツ弁当を注文して

その弁当が届くのを待っている。


こんな2月の最終日を送った。


本日も、耳立て手術が終了し、

包帯交換や、カルテの整理を行ったら、

気がつけば、もう夜の9時20分。

医局で一人、夕食だ。



さすがに、皆も、帰宅した。

今週も、またまたハードな仕事ばかりだった。

明日の土曜日の外来を残すのみとなった。


気が付けば明日で2月も終わろうとしている。

いつも、このように、あっという間に時が過ぎている。


それにしても、今日は外では雪まで降って、寒い一日だった。

今からゆっくりと、お風呂にでも、入って、温まろう。

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2008年7月11日右小耳症術前。
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手術デザインを示す。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮膚弁形成および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨を皮下ポケットに移植したところ。
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そして、本日の2009年2月27日、耳立て手術日を迎えた。
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耳立て手術のデザインを示す。
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耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
頭から、あらかじめ薄い皮膚を採取しておいた。
頭から、血管膜を起こした所。
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耳立て手術が完了したところを示す。
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耳を前から見た所。耳が立っている事がわかる。
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耳を頭側から見た所。耳が30度の角度で立っている事がわかる。
この手術法は、耳への血行が良いので、入院中に耳の腫れは引く。
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2009年9月16日。トリーチャーコリンズ症候群および両側小耳症の術前。
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術前のデザイン。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮下ポケットの作成。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。
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そして2009年2月26日を迎えた。
耳立て手術の術前のデザイン。耳珠の部分の修正も行う。
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頭からの血管膜を起こしたところ。
薄い皮膚を頭から採取した。
耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
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耳を頭から見た所。耳が立っている事がわかる。
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耳を前から見た所。耳が立っている。
耳の腫れは入院中に引いていく。
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折れ耳の術前の状態。
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手術直後の状態。
耳の後ろ側で切開しているので表に傷はない。
形成外科の最も真髄は、

組織を再建することにある。

体表の全てにわたる再建を行う科である。

ただ悪いところを切って縫い合わせる手術とは全く異なる。


簡単に、難易度順に説明すると、


やけどや、怪我で皮膚が欠損すれば、皮膚を移植する。

この手術は平面の再建である。


手の指が切断されて、指をなくした場合は、足の指を移植する。

この手術は、もともと指という同じ形のものを他から持って来て移植する手術である。



乳癌で乳房を切除された患者さんには

皮膚だけでなく、脂肪や筋体を含めたボリュームのある組織を移植する事で乳房を再建する。

この手術は、半球状の再建となる。


耳がない場合の再建では、耳とは異なる他の組織を使って

耳を0から作り上げなければならない。

手術の中で、最も創造度が高い手術である。


だから、あらゆる手技が必要となる。


正しい肋軟骨採取、

および肋軟骨の細工と組み合わせによる3次元耳型肋軟骨フレーム作成、

その立体的耳型にピッタリと合うような生きた皮膚の表面積を準備するための

症例ごとのデザインと皮弁形成。

耳型肋軟骨フレームを挿入移植するための皮下ポケット作成。

耳を立てる時は、耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックの作成

それをカバーして生かすための生きた動脈弁「血管膜」の形成。

そして、その上に移植するための耳と同じ色の皮膚を頭から薄く採取。

最後に、皮膚移植。


と、いうように、形成外科領域のあらゆる領域に使われる全ての技術を駆使して

初めて、耳の立体構造が再建される。

耳の立体的構造を、前からも後ろからも、横からも上からも下からも

全て、理解しておかなければならない。


すなわち、耳を作る手術は、形成外科医にとっては

形成外科分野の技術の集大成が必要な分野であり、

しかも、体表の形態の中で最も複雑な再建となる。


だから、1年や2年といった簡単な修行では、不可能な分野である。

10年修行しても、物になる形成外科医はほんの一握りにもならない。

生涯を耳つくりだけに没頭するつもりでないと不可能な分野でもある。


更に、芸術的な能力が最も必要とされる分野だ。

これが、適性となる。


形成外科医にとっては、最も厳しいイバラの道でもある。

だからこそ逆に、やりがいのある仕事でもある。








本日、小耳症患者さんが2名無事退院となった。

それぞれに、2回の手術を済ませて耳が再建されての退院。


生まれた時から耳が無い状態で

幼児の時から予約を取って待ちに待ち、

10歳となり、

耳再建の手術日を迎える。

本人も両親も、緊張する時だ。


一回目の8時間の手術を受けて耳の表が完成する。

耳が出来上がっての退院。


更に、半年後、また8時間の耳を立てる手術を受ける。

そして本当に耳が30度の角度を持って立って晴れて退院となる。


10年もの長い間、耳が無かったのに、退院時は出来上がっているのだから、

患者さんはもとより、

ご両親の喜びも、ひとしおだ。


この時、私は、耳つくりの発展の仕事に生涯を尽くしてきて、

独自の手術法を開発した甲斐があったと感じる。

やりがいがあるからこそ

まだこの仕事を続けている。


明日は、2件の手術が予定されている。

「折れ耳」の手術と、「小耳症の耳立て手術」。


午前中に、2名とも入院となった。




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2008年3月4日。術前。
某大学病院で、耳を作られたものの、このような不幸な結果となっていた。
タンザー法もどきの手術を行われていた。
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耳があるべき場所を赤線で示す。
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手術デザインの完成。
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上は新たに作成した3次元肋軟骨フレーム。
下は、移植されていた肋軟骨フレームを摘出した物。
全く異なる形をしている。
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皮弁形成および皮下ポケットを作成したところ。
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新たな、3次元肋軟骨フレームを移植した所。
そして、本日2009年2月24日の耳立て手術日となった。
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本日の術前の状態。
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すでに、某大学病院での手術において、
頭の上の方に異なる色の皮膚を移植されるときに、浅側頭動静脈を切断されていた。
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一枚目の血管膜だけでは、血行が悪いために、2枚目の血管膜ごと頭から起こしたところ。
頭の後ろ側に置いているのは、上から順に
  色の異なる皮膚を摘出した。
  頭から新たに採取した薄い皮膚。これに張り替えると色が同じとなる。
  耳を後ろから支えて立てるための、新たに作成した肋軟骨ブロック。
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耳が立っている。やや腫れているが、腫れは入院中に引いて行く。
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耳を前から見た所、耳が本当に立っていることがわかる。
本日は、小耳症退院の患者さんが1名。

無事診察後退院となった。

明日の小耳症耳立て手術予定の患者さんが入院となった。


午前中、入院患者さんたちの包帯交換を行った。

午後からは、来週、手術予定の小耳症患者さん達、3名の術前検査を行った。

そのほかに小耳症で経過観察中の患者さんの診察を行った。


他に小耳症で、新患の患者さんがこられて、治療法の説明に2時間を要した。


また、薬指を、ジューサーの中に、誤って入れて

指の先端の皮膚が飛んでしまった子供さんが、紹介されて来院。

消毒処置後、来週の手術予定となった。
大きな体制が常識だ

と信じられている中で、

たった一人の個人が、この体制が「違う」と叫んでも無意味だ。

変わるわけがない。と、多くの人が言う。

なかば、「諦め」とも言える考えだ。


それは違う。

たった一人の発言が、

仲間を変え、

町を変え、

市を変え、

国を変え、

そして世界を変える原動力となる事がある。


小耳症治療法はタンザー法が常識だという時代に

その後生まれたブレント法をも飛び越えて、

新たな方法を開発した時。


最初、周囲は「そんなことは不可能だ」と

皆が言っていた。

正常な耳を作ることなど絶対に不可能だと言っていた。


正常な耳を再建した証拠を見せても逆に国内では

「そんなはずはない」と、無視をした人までいた。

いや、むしろ、邪魔をした体制側の人達の方が実は多かった。

いまや、その人たちが作ったほとんどの耳の作り直しをしている。


論文を、アメリカに投稿し、1992年に、掲載されてから、

世界は変わり始めた。


まず、私を招待したヨーロッパから

永田法への変化が現れた。

18年間、世界中からの招待講演に応じて

数えられない回数、世界を教育してまわることになった。

この3年間は、連続してアメリカ形成外科学会においても

小耳症教育講演「インストラクショナルコース」を行って来た。

2009年の国際形成外科学会において、

小耳症のマスターコースを講演することになった。

そして今、世界中に少しずつ育てた私の教え子達が育ってきた。


個人が世界を変えたという実感を

私は、今しみじみと感じている。


それと共に、

更に細部にわたるまで世界へ正確に伝える必要があることを感じている。


世界を変えた個人として

その立場に責任を感じている。

もう一段のステップアップが、また、なされようとしている。


進歩に限界はない。


不可能だという限界を自ら作らない事が

進歩を生み出す最も重要な事だ。











突然にハッとして、

引き付けられる時がある。

それは、ほんの

一瞬のことだ。


伝令のごとくそのシーンは、脳裏に、はっきりと刻まれる。

忘れようとしても、よみがえってくる。


繰り返し、よみがえる。

記憶は、増幅され繰り返す。


遠い過去の思い出のはずなのに、まるで今のように

鮮明に蘇る。


かき消そうとすればするほど

心をかきむしるように蘇る。


あのファンタジー。

目を開けていても閉じていても


繰り返す

あのシーンやこのシーン

それほど深く

心の底から

蘇る。


繰り返すファンタジー。


私は忘れることが出来ない。

あのファンタジーを!


それほど、大切に、気付かれない様、いつも

じっと見つめ続けていたからだ。




本日は土曜日。

小耳症術後退院の患者さんが1名。

退院診察を済ませて、次回の手術予定日を決定し無事退院した。

外来には、小耳症の術後経過観察中の患者さんが数名。

合間を縫って病室入院中の小耳症患者さんの包帯交換。

その後、小耳症初診の患者さんが3名。

それぞれに2時間近くの説明を行った。

気が付けば夕方となっていた。


今週もハードな1週間だった。
経済危機は深刻さを増している。

国税も、地方税も大きく減少する。

地方税が減少すると、地方公立病院は存続の危機となる。


そもそも、公立病院は、赤字財政を毎年地方税や、国税で穴埋めしてきた。

今年から来年にかけて、税収減が厳しくなるために

この穴埋めが出来なくなり、

存続が困難となる病院の増加が予測されている。


これらの病院に、支援するお金を出す条件に国は、ベッド占有率が低いところには

病棟閉鎖などを指導すると言う。

「地方自治体が運営する公立病院の経営改革をそくす」

国の出した「公立病院改革ガイドライン」によると、

「過去3年間の病床利用率が70パーセント未満の場合は、診療所にすること」などと

言う条件をつけている。

つまり、リストラなのだ。


これらに当てはまる病院数はどのくらいかと言うと、

千葉県内の25ある公立病院の7割が対象になる。

埼玉県も同様になることだろう


このままでは、地域から公立病院がなくなってしまうというほどの危機となる。


社会保険病院は、2月から、売却
が始まる。


今年末から来年にかけて、公立病院は、バタバタと閉鎖される可能性が大きくなる。

特に民間病院の多い都市部での公立病院で、

民間と同じレベルの治療しか行っていない所は厳しくなる可能性がある。


しかしこのような公立病院が減っていけば、

必ず、もっと、たらいまわし問題が多くなることだろう。





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昨年7月8日。術前。
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耳があるべき場所を赤マジックで示す。
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デザインが完成したところ。
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作成した3次元肋軟骨ブロック。
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皮弁および皮下ポケットを作成したところ。
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3次元肋軟骨フレームを移植したところ。

そして、2009年2月20日。
耳立て手術の日を迎えた..
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術前。
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耳起こしデザイン。
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新たな肋軟骨ブロックを作成。
血管膜を起こしたところ。
頭から薄い皮膚を採取。
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頭から耳を見た所。耳が30度の角度で立っている。
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耳を前から見た所で、耳が立っている。

毎日、ただロボットのごとく働いていると

ファンタジーの世界へ行きたくなる。


と、夢のような香りが漂う。


眼前に、長い髪を束ねた人が歩いていた。

以前から待ち望んでいたような期待通りの後姿。

あまりにもそのシルエットが理想なのだ。

以前に、描いた絵の中にいるようだ。


勇気を出して声をかけてみたら振り向いてくれた。


思わず、目を閉じるとそこに、白い天使が微笑む。

ファンタジーの世界では、目を閉じないと真実が見えない。と、

教えられていた。


天国から使わしたファンタジーの天使は輝いていた。

なんだか、希望の光のようだ。


ファンタジーの国にも電話と言うものがあるのかしら?

と、天使に、電話番号を聞いてみた。


「馬鹿」とは言わなかった。

「ファンタジー番号」を、告げてくれた天子。


天使は夢の扉を開けて立ち去った。

私の手には、ファンタジー番号が残されていた。


ファンタジーの始まる予感がした。

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2008年7月10日術前。
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デザイン。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮ポケット作成したところ。
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3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。

そして本日2009年2月19日を迎えた。
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浅側頭動脈の走行を赤で示している。
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耳立て手術のデザイン。
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頭から薄い皮膚を採取して、血管膜を起こした。
耳を支えて立てるために作成した肋軟骨ブロック。
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耳を前から見た所。耳が立っている。
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耳を上から見た所。耳が頭と30度の角度を保って立っている。
高いベランダから

ファンタジーの青空が眩しく広がる。

入道雲が高く伸び続ける。


眼下には、ファンタジー駅を電車が発進する。


天子の白いファンタジーの羽が洗濯され干してある。

暑い風がファンタジーの羽をなびかせてミルミル乾いていく。


ふと、足元を見ると、


セミの亡骸が3匹。

ベランダの濡れた溝に仰向けになっている。


夏の終わりに、

セミの亡骸を怖がる天使を横目に、

そっと、大事に、セミの亡骸がつぶれないように

3匹とも拾い集める。


3匹とも7年間という長い間地中で暮らし、夏を向かえ

ようやく地上を羽ばたいた。

わずか、7日間で恋の勤めを果たし、

その体は、亡骸となった。


3匹とも、最後の力を振り絞り、天子の住む高いベランダへ、ようやく辿り着いた。

ファンタジーの高いベランダを最後の地に選択し、

安らかに最後の一呼吸を大きくした後、

天国へと旅立った。


ファンタジーへの入り口。

セミが選んだ天子の住む夏の高いベランダ。


ベランダを前にして、夢を見て熟睡する白い夏の天使。

まだ、生き残っているセミの声が聞こえてくる。


この冬の中でも

今も聞こえてくる。


7年7日間のファンタジー・・・・










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Pre operative appearance.
Unfavorable result.
Un-color match skin was grafted.
本日の小耳症の術前。
他の病院で、耳の再建手術を8回も行われたものの、不幸な結果となっている。
耳の上3分の1は、大腿の付け根からの皮膚を移植されたので
明らかに色が異なる。黄色い。
頭の切開線の跡は、すでに頭からの血管膜を使われている事を意味している。
耳の輪郭も不鮮明だ。
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Epidermis of un-color match skin removed.
色が異なる部分の耳の皮膚を薄く全てはがしたところ。
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Fabricated 3-dimensional costal cartilage frame.
新たに、3次元肋軟骨フレームを作成した。
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Skin flaps foamed and grafted costal cartirage removed.
皮弁を形成し、移植されていた肋軟骨フレームを摘出して皮下ポケットを作成した。
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3-D frame was grafted.
3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
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Split thickness scalp skin was grafted on the reconstructed auricle.
頭から、新たに薄い皮膚を採取した。
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Same color match skin  was grafted.
頭から採取した薄い皮膚を移植した。
これで、耳の色はほぼ同じ色に変わる。
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頭の皮膚を採取した部分は、かすり傷程度なので、傷は直って、髪の毛が生える。
耳に移植した皮膚には、
毛根を含まないほど薄い皮膚なので、耳から髪の毛は生えなくて済むし
色が同じとなる利点がある。
昨年の10月から12月までのGDPを年率換算にすると

マイナス12.7パーセントという事が判明して、

本日になって、ニュースで大騒ぎとなっている。


更に恐ろしいのは、今年の1月から3月のGDP

もっと悪化するとの予想が立ってきた。


3月までに、さらに、大量の失業者を出す日本は、

今年最悪の経済環境を迎える事となる。


これまで工業製品の輸出に頼ってきた日本は、

大きな方向転換を求められている。


教育の土曜日休日が始まって依頼、次第に日本の教育レベルが低下

出生数の減少と共に

最近の学生達の、理数離れが問題といわれてきた。


資源の少ない日本が生きる道は、海外から原料を輸入し

海外との競争に打ち勝つ製品を作り

輸出する事が最も経済的に有効な手段とされて来た。


しかし、最近では、アジア諸国でも、同様な製品を

はるかに低価格で高品質な工業製品を製造し

日本製品は、次第にシェアーを奪われてきた。

そんな中で起きた経済危機だ。


ちょうど、多くの人口の団塊の世代がリタイヤーする時である。

日本での生産人口が急激に減少しようという今

この経済危機の中で、多くの倒産を生み、

長い間積み重ねてきた貴重な技術も、

若い世代に引き継がれること無く、失われようとしている

一度失った技術を再び取り戻すには、並大抵なことではなくなる。


一方で、この経済危機の10年も前から、医療崩壊が始まり

小泉改悪によって、医療費の伸びを押さえ込まれ

この医療崩壊の加速度を決定的としてしまった。

やっとマスコミがこのことに気が付いたが、

時すでに遅し。

一度崩壊した医療は、簡単に元には戻らない。

今、医療費をこのままにしておけば、

今年中にも、多くの病院倒産が起きる。

この経済危機の中で、目立たないが、病院崩壊は不気味に進行している。

社会保険病院グループが、来月から民間へ売り渡されることになっている。

閉鎖した銚子市民病院のように、買い手が付かなければ、復活は出来ないであろう。

この十年で、すでに、救急病院の10パーセントが減少した

満床にして、まともな医療を行っても、赤字となるような保険システムだから、

だれも、病院をやろうとしない

だから、買い手は付かないのだ。

小泉改悪で、度を越した水準まで医療費を削りすぎた政治の結果である。


失業者が増加し、職があっても、残業の減少で

収入減となり、経済的に追い詰められた国民は、

病気にかかっても、病院へかかることを控えるために、

重症化してしまう。


そして重症化してたまりかねた時、

ついに命の危機を迎え、救急車を呼ぶ、

病院は少なくなっており、空きベットはないので

たらいまわしをされるうちに死亡するということになる。


経済危機と、医療崩壊の両者が、重なり、加速していく

税収が急激に減少し、国は年金が払えなくなる

日本は、このままでは、沈没する。









本日、月曜日、

午前中は、入院中の小耳症患者さんたちの包帯交換で、時間が2時間過ぎた。


午後からは、小耳症外来。

来週手術予定の小耳症術前検査の3名の患者さんと、

折れ耳の患者さん1名を診察。

その後小耳症で、まだ生後1歳にならない初診の患者さんを診察した。

他に小耳症の経過観察の患者さんを数名診察した。
「日本は、すでに1990年代にバブル経済崩壊という経験をしていたので

その解決策を知っており、これをアメリカへ教える立場だ。」

と、悠長に語っていた麻生総理。


ところが、昨年の10月から12月までのGDPを年率換算で見ると

日本は、マイナス12.7パーセント

アメリカは、マイナス3.8パーセントに過ぎなかった。


つまり、アメリカの経済悪化と比べて

日本は、3倍以上の悪化の道をたどっていた事になる。


今更ながら、麻生総理の口に出していたことが、甘かったということだ。


経済危機の発信元のアメリカを救うどころか、

麻生総理の足元の国こそ沈没の危機なのだ。




中川財務省大臣が,G7の記者会見で、ろれつが回らない状態となった。

記者会見の最中、目を閉じていたり、

急に目を開けてチグハグな回答をしたりと、

明らかに、おかしい。


あまりに過密なスケジュールの中で

時差は厳しく作用する。


私も経験がある。

アメリカでの学会で講演して、その2日後に、フィリッピンでの国際学会で講演となった

その講演中、時差ぼけのピークになり

発表中に、眠気が遅い倒れそうになった経験がある。


また、カナダで行われた小耳症国際学会のシンポジウムの開始時間に

直前まで起きる事が出来なかったこともある。


とにかくタイトなスケジュールでは、時差は、いやおう無く襲ってくる。

昔のように、船旅で1ヶ月もかけて欧米へ行っていた時代では、

時差など感じなかっただろうが、


8時間でヨーロッパに着く事が出来る現在では、

どうしても、時差が襲ってくる。


一般の海外旅行者ならば、起きた時に行動することが出来るのだが、

政治的な会合や、学会での講演などの場合においては、眠たくても

決められたスケジュール通りに、こなしていかなければならない。


タイトな日程であればあるほど、時差が厳しい眠気となって襲って来る。


実に気の毒な中川大臣だった。


と、同情していたら、

お酒を少々飲んで、風邪薬を大目に飲んだと、

本人が午後のニュースで述べていた。


原因が時差でなければ、全く本人の責任となる。




院長は1年中サツマイモパジャマで過ごしている。
なので、医局は常夏のように暖かい。

先日電気代の請求書が来て、あまりの金額に驚き、スタッフのみんなに泣きついた。

「お願い!節約して!」

「わかりました。院長が寝てるときは、テレビ切っときます」と、毒子さん。

「だめ、テレビ切ると起きるから」

院長はテレビを付けたまま寝てるので、朝医局に入るときはみんな抜き足、差し足。
テレビがついてるから起きているかと思うと寝てるし、
テレビがついているけど寝てるかと思うと起きている。

事務でパソコン入力しているときは、テレビを切って集中したいけど、
テレビを見てると院長は寝てしまうので、仕事がはかどるからテレビを消せないし、
集中したいのでテレビをを消すと院長は起きてくる。

真に悩ましい。

月曜日は歯医者の予約をいれたので、その分土曜日に少し残業してと思い、
快調にパソコン入力がすすみ、
院長は突然「卵かけご飯を食べる」と言い出し、
(まだ夕方の4時半だ)
「眠くなった」と言って寝てしまい
(いい調子)
もういいだろうとテレビを消してパソパソ打ち込んでいたら
院長は突然ムクリと起き上がり、
トイレへ行き、
テレビをつけ
結局そのまま寝てしまった。

私は突然入力不可能になり、残業はあきらめて家に帰る事にしたのだった。
毒子さん、やっぱりテレビは消してはだめです。
「世界の経済危機に比べれば、日本は,大した事は無い。」

と、麻生総理大臣が悠長なことを述べていた。

が、果たして本当だろうか?


昨年10月から12月の国民総生産値が明日発表される。

年率換算で

アメリカが、マイナス3、8パーセント

ヨーロッパ諸国が、マイナス5,7パーセント

日本は、なんとマイナス12,7パーセント


となっている。

日本が最も減少率が目立つ


つまり世界の経済危機の影響を,最も受けているのは、他でもない日本だった。

やはり、麻生総理は、世界の中で最も、見通しが甘い党首という事になった。


見通しが甘かったから、今の経済対策の決議もなされる前から、

今更ながら、次の経済対策を打ち出さなければならなくなっている。

ひどすぎる出遅れだ。

あんまりだ。

世界に恥ずべき事態となっている。


自民党には道路族ばかりで、腐ったブレーンしかいないのだろう。

頭が無いのだから、国外から、頭脳を輸入すべきだ。と、いわれても仕方ない。

麻生政府支持率
は、日本テレビの調査でついに

10パーセントを切り一桁となった。9,7パーセント

全く目を覆いたくなるほどの政治不作だ。


このままでは、経済危機から立ち直るのに、日本が最も遅れる事になる
世界中から最先端の科学者を集め、

研究費をふんだんに出し世界的研究をする施設。


そんな夢のような施設を、作り上げ、

あらゆる一流ジャーナルへ論文を書いている世界中の有望な科学者を集めて、

新たな科学を発展させることで、国家の発展に用いるという発想から、

シンガポール政府は、数多くの研究所を立ち上げている。


シンガポールは小国ながら、いまや、アジア1の潤いある国家となった。

と、NHKの放送があった。


先月このブログで述べたように

シンガポール大学の耳鼻科の助教授の女医先生が、

永田小耳症形成外科クリニックへ、小耳症手術見学にこられた。

当院の耳再建の新技術を獲得しようとの意気込みが感じられた。


このように、シンガポールの人々からは、

あらゆる分野で、世界1の技術を導入しようとする意識が伝わってくる。


このブログで、しばしば述べてきたように、世界の頭脳を集めることは、

経済発展への有力な手段である。

日本は、今後、このような世界からの優秀な人材受け入れに

もっと積極的になるべきだ。


シンガポールは、アジアにおける人種のルツボとなっている。


アメリカや、カナダなども同様となっており、それらの国は

多人種の力で、科学の発展が行われ結果として経済発展へと、つながっている。


今、シンガポール政府機関の不動産部門が狙っているのは、

不動産価格が値下がりしつつある東京の中でも、

渋谷一帯を購入して再開発を行おうという構想が実行寸前となっている。


このように、小国シンガポールが、したたかな世界戦略を立てられる大元は、

世界中から集められた頭脳が元になっているからだ。






google検索ページを開き

「地図」というところをクリックしてみた。

すると日本地図の航空写真の画像が出て来る。


検索事項に「永田小耳症形成外科クリニック」と入れて検索ボタンを押すと、

「ストリートビュー」という項目がある。

これをクリックして見れば、

な、なんと、永田小耳症形成外科クリニックの、

道路から見た風景が、出て来る。

道路の矢印に沿ってクリックして見ると。


永田小耳症形成外科クリニックの全てを

まるで自分が道路を散歩しているように、上下左右あらゆる所から見ることが出来る。


玄関から、左に折れて、進み更に左を見ると、

当院の駐車場に止まっている職員の車まで、はっきりと、見ることが出来る。


この日は玄関のシャッターが下ろされている日で、

おそらく職員の車が2台いるので、手術日だったのだろう。

玄関脇の木の高さから判断すると、1年半ほど前に撮影されたのだろう。

とても懐かしい。


とにかく、散歩して見える風景の全てを、

自ら歩いているように、グルリと見ることが出来る。

ファンタジーだ。


住所を入れ、「ストリートビュー」ができるように

左上の黄色い人形をクリックしたままで、道路上まで持っていくと

自宅の前を散歩出来る。

驚き!。


ファンタジーの世界へ行けそうです。

ファンタジーの道を歩いてみよう。

天使と歩いた道を。
医局で、うとうととしていた午後2時ごろ、

外で「バーン”!」。という尋常でない音が。


あわてて玄関に出てみると。

当院前の交差点での交通事故。


一台は、右側の民家の塀にぶつかり、

1台は歩道を乗り越えて左側の高い金属の塀に、のめりこむようにぶつかっていた。

道路には、カーブした車のタイヤ痕が、はっきりと残っている。


民家の塀にぶつかった車からは、右胸を抑えながら、

顔色が悪く、運転者が歩いて出てきた。

そして別の車の運転者に「大丈夫ですか?」と聞いていた。


しばらくして、その車からも運転者が出てきた。

二人とも命に別状は無くよかった。

30分位して救急車が迎えに来た。


それにしても突然の大音響に驚いた。


車を運転される方は、くれぐれもご注意を。


最近は、なぜか、昔の私の部下だった医師や

かつて知り合いだった医師からの連絡が多く入るようになった。

このブログでも述べたように、

わざわざ当院へ訪問する人まで相次ぎ、

思いがけなく、いろいろなことを話す機会が増えた。


今日も長時間、昔の仲間から電話がかかり

、いろいろ現状から、昔の仲間の情報なども聞けた。


まとめてみると、この不景気で

医療機関も、それぞれが、苦労しているという事だ。


今も、かつてのように燃えている人が減ったような印象を受ける場合が多いのは、

とちょっとさびしいが、

中には、昔より元気になった印象を受ける人もわずかばかりいる。

そういう場合は、こちらも元気になる。


いずれにしても、国際的に活躍している日本人の形成外科医の数が

最近は、ほとんどいなくなってしまった、との話が出た。。


そういえば、アメリカやヨーロッパの形成外科学会に行っても

日本人の姿を、ほとんど見かけなくなったのは事実だ。


国際的に発表するレベルの形成外科分野での医師が日本に、ほとんどいなくなっている。

なんだか寂しい限りだ。

いろいろ話を総合しても、各大学病院に活気がない。


医療崩壊と一部関係があるのかもしれない。




今日、土曜日は、外来日。

小耳症経過観察中の患者さんを診察した後、


初診の患者さんの診察を行った。

以前に、大学病院で、小耳症の手術を受けたものの

不幸な結果となっていた。


耳の場所が、耳1個分前に作られており、

明らかに正常な側の耳より大きすぎる耳を作られて、

耳から髪の毛が生えている。

耳の後ろには違う色の植皮がなされている。

典型的に髪の毛が下まで生えているローヘアーラインの症例に、

タンザー法もどきの耳再建手術を行ってあるので

当然、耳から髪の毛が生えている。


脱毛レーザーなどを何回受けても、また、髪の毛はえてくる。


皮膚の下にあらがじめ、風船を入れておいて、

風船に生理食塩水を入れて2ヶ月ほどかけて膨らませ

皮膚の表面積を増やした後で肋軟骨を移植する手術を受けたこの患者さんの耳は

すでに肋軟骨が融けてきているために変形が始まっていた。


組織拡張法は術後長期経過と共に、この移植肋軟骨の吸収が起きるために

世界的には、もはや、禁止している手術法だが、中国や日本での

一部では、まだ、この方法を行う施設が残っているから要注意だ。

結局作り直し手術が必要となり、

このように当院に作り直し手術を求めて、集まって来られている。
P1000489.jpg
Lobule type microtia.
耳垂残存型小耳症、術前。
P1000490.jpg
Normal anatomical position of the auricle in red.
耳があるべき場所を赤マジックで示す。
P1000491.jpg
Dezign
術前のデザイン。
P1000492.jpg
Fabricated 3-dimennsional costal cartilage frame.
作成した3次元肋軟骨フレーム。
P1000493.jpg
Skin flaps created and skin pocket foamed.
皮弁形成および皮下ポケット作成した状態。。
P1000494.jpg
3-dimensional costal cartilage frame grafted under the skin pocket.
3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットに移植したところ。