永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

今は、深夜。

外は

冬の嵐が吹いている。

窓に叩きつける

冷たい雨。


せめてファンタジーの世界へ。


耳を澄ませば、

幻の森の中に

さえずる幻の鳥の声が聞こえてくる。


目を閉じれば、そこは

整然と立ち並ぶ幻の大きな針葉樹の森。

森の中に入ると、

ほどなく

白い柱の小さな幻のドームが待っていた。


そこは、幻の野外劇場。

ドームの中で、踊る幻の君。


幻の中で幻の君と共に、

ドームから降りて行けば、

緑色の大きな池に、なにやら水面に、うごめく姿。


「あれは何?」「何だろうね。行ってみようよ。」

岸辺に近づけば、幻の亀の大群が、

あちこちから、えさを求めて、ゆっくりと、急いで、泳ぎながら集まってくる。

幻のシーン。


生命の息吹を感じながら

木漏れ日の中で幻の君と手をとりあい、

歩いてゆけば、そよ風が心地よく頬をかすめる。

幻の君の髪も眩しくそよぎ、光っている。

緩やかな下りの並木道を抜けると

視界が開け

より大きな幻の池が見えてくる。

天国の水鳥が泳いでいる。

と、なにやら水面がざわつく。

ふと目をやると

パンを求め、おびただしい鯉が、岸辺に殺到し、

大きな口をあけている。

まるで、水面の口の集まりが蜂の巣のようだ。

幻の鯉。

幻の恋。


手に手を取り合い、

輝く幻の君が眩しい。


痛いほど愛し、

抱きしめ、

同じ経験をし

同じものを食べ

同じ記憶を重ね

愛をはぐくみ、暮らす、

幸せな幻の日々。


幻の中の

真実の恋。


ファンタジーの世界では、幻が本当になる。









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2008年6月24日耳垂残存型小耳症の術前デザイン。
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皮弁形成および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨フレーム。
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皮下ポケットの中に、3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
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そして2009年1月30日、耳立て手術の日を迎えた。
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手術のデザインを示す。
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耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロクを作成した。
頭から生きた。血管膜を起こした。
頭から、薄い皮膚を採取した。
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耳を上から見た所、耳が立っている。
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耳を斜め上から見た所、耳が立っている。
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耳を前から見た所、耳が立っている。
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これは、今年の11月30日から12月3日までインド・ニューデリーで開催される

国際形成美容外科学会の、アナウンス。

形成外科と美容外科の主な分野を、29分野に分けて

それぞれの分野での、世界の主な学者を、

マスタークラスの講演者としている。

マスタークラスの公演時間はそれぞれ1時間となっている。

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上のアナウンスを拡大した。

17番に、小耳症に対する耳の再建と、外傷耳に対する再建として

私の名前が記載されている。


9番のマイクロサージャリーの遊離組織移植の進歩は、台湾のチャングン大学の

フー・チャン・ウェイ教授が講演する。

この教授の依頼を受けてチャングン大学のズン・チャン・チェン医師に

私の小耳症手術法を教育した。


21番の、片側唇裂についての講演は、カナダ・トロントの

子供病院デイビット・フィッシャー医師が講演する。

この医師は、私の小耳症手術の教え子でもある。


15番の顔面の動きの再建について講演するのが

これまた、カナダ・トロントの子供病院のロナルド・ズッカー教授である。

この人から頼まれて、デイビット・フィッシャー医師に、私は、小耳症手術を教育した。


このように、世界のトップは、緊密に横のつながりを持っているから

国際学会のときは、どこの国で開催されても

いつも顔を会わす事になる。

このようにして、国際的に、医療水準が国際学会のたびに進歩している。
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第5回国際耳再建学会が2009年9月27日から29日まで行われる。

オーストラリア・シドニーが、開催場所となる。


前回の国際耳再建学会は、このブログにも示したように

イギリス形成外科学会後援により、イギリス・エジンバラで行われた。

世界中から多くの形成外科医が集まり、数多くの発表がなされた。

その学会で、私は、2時間の講演と、デモンストレーション手術を行った。



上のアナウンスには

今年の、国際学会での世界を代表する主だった国際講演者の名前が書いてある。

今後、この下に世界中から、数多くの発表を募集する。


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主だった世界の国際講演者の名前を拡大したところ。

今回の耳再建学会で、Brent医師が引退となる。

引退を前に最後に、耳再建学会を行いたい、ということで開催される。

アメリカ人だが、なぜかオーストラリア形成外科学会後援により

オーストラリアでの開催となる。

これは、イギリス形成外科学会誌ジャーナルの今月号に記載されたアナウンスだ。


上から3番目に、私の名前が書かれている。

また、忙しくなる。

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2008年7月1日。耳垂残存型小耳症の術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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術前デザインが完成したところ。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成および皮下ポケット作成。
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3次元肋軟骨を皮下ポケットの下に移植した。
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2009年1月29日耳立て手術の日。
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耳立て手術のデザイン。
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耳の後ろから耳を支えて立てるために肋軟骨ブロックを作成した。
頭から薄い皮膚を採取した。
頭から、血管膜を起こしたところ。
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耳を頭側から見た所。耳が立っている。
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耳を前から見た所、耳が立っている。

耳の腫れは、入院中に引いていく。
高層ビルが数多く立ち並び、

キラキラと太陽光を浴びて反射する。

正確に次々と到着しては発車する騒音の少ない電車。

おびただしい数の人々が、黙黙と通勤する。

大都会東京首都圏。


近代化されたクリーンな大都会。

なんでも手に入る便利な町。

無線の携帯電話が普及し、どこからでも連絡しあえる便利な時代。


しかし、ご近所付き合いとか、人情などという温かみのある付き合いとは程遠く。


全てが、仕事と、利潤のみでの付き合いの範疇に限定した関係という

都市特有の構造化された人間味を欠いた冷たい世界でもある。


かつて、みんなが貧しかった戦後の時代。

互いに助け合いで生きていた温かみある庶民の町だった。

電車でお年寄りを見ると、自然と快く席を譲り、いたわりの気持ちがあった。

法律など細かく決めなくても、人の心の社会常識で助け合い、

家族で老人をいたわり大家族で生活を見ていた。


しかし今、金のある家庭では、高額な老人ホームへと老人を入居させ

介護士という、他人任せの、老人ケアーという時代となった。


金が無ければ、老人が老人を見るという老老介護。

そして、一人きりの老人が増加した。


若者は、自分の生活をするだけで、精一杯の時代となっている。

下手をすると、新卒でも、職が見つからない。

自分の年老いた親の生活のことなどすっかり忘れてしまっている。


こんなに、見かけは近代的な町になったのにもかかわらず。

昨日よりも今日が、今日よりも明日が、貧しくなっていく。

未来への希望が描けない社会。


いくら、美しい超近代的な生活が営めても、お金だけの愛のない社会。

お金の切れ目が縁の切れ目の社会。

お金が無ければ、冷たい冬の路上で眠らなければならない社会。


救急患者が、医療崩壊で病院のベット不足の結果、たらいまわしとなり死んで行く社会。

美しい超高層ビルが冷たく光る社会となった。


このような冷たい格差社会にいつから変化して来たのか?

小泉改革でさらに、加速されてきた。


人の心から愛を奪い、お金のみが自己防衛手段となり

お金がなくなった時点で破滅する冷たい凍りついた社会。

愛がなくなった自然を消失した社会の中で、

古くなり傷ついた部分を修復できる生物の細胞活動をも無くしたように、

人々の心は、油の切れた機械のように関節部分から次々と崩壊していく。


近代化されればされるほど、一見美しい都市になればなる程、

法律が、こと細かく規定されるほど、融通性をなくし

人の心は失われ、愛が無くなっていく。


超近代化された便利で美しい首都圏となればなるほど、

心の底から凍りつく 信じる愛のない不幸な社会となっている。


愛という本質を忘れると、

結果的に、お金は、むしろ入らなくなる事に気がつかない

おろかな人が増えている。


そして、おろかな社会となっている。




国は、今年の3月までに、

失業者数が8万5000人新たに出ると予測している。

しかし、民間予測によると、40万人という予測が出ている。

これほど予測数が桁違いに異なるのは何故なのか?


車産業だけでなく、全ての電気メーカーも赤字転落となってきた。

あまりにも国の予測は、外れすぎだろう。


3月までの失業者数が40万人だとすれば、今年1年経過すると

160万人ということになる。

以前にこのブログでも書いた今年の失業者数予測が

150万人といわれている数と、ほぼ合致する。


経済危機で切羽つまった人々が急増し

タクシー強盗などの事件が増加していると新聞記事になっている。

雇用問題も、待ったなしの状況だ。


アメリカでも同様に失業者数が急増している。


オバマ新政権は、日本の年間国家予算に匹敵する額の景気対策を打ち出している。

日本の国会審議は、ねじれ減少のために、法案が通るまでに

時間がかかりすぎている。

現実の景気落下のスピードについていけない。


しかも、もともとの失業者数の予測数まで、桁違いに間違っているのだから、

まともな政策をたてることすら出来ないはずだ。




WHOが、「臓器移植は、その国の中で行われることが望ましい」。と発表した。

以前にも、このブログにも述べたように、

臓器移植を待つそれぞれの国における患者数が増加している。

患者さんは、どこの国の患者さんでも臓器をもらえるまで順番待ちをしている。


その国の患者さんを押しのけて、日本人が渡航して、臓器移植を受けているということは、

当然、その国の患者さんの順番待ちが更に遅れるということになる。

今、日本人の臓器移植を受け入れている国は

アメリカとドイツのみである。


最近アメリカは、海外からの臓器移植患者の受け入れを半分の数に減らした。

ドイツでも、ドイツ人の順番待ちの患者数が増加し、

「日本では、日本国内で、臓器移植をもっと数多く行えるようにすべきだ」

と、ドイツ人移植専門医師からの声が出ている。


特に日本では、15歳以下の心臓移植は出来ないことになっている。

15歳以下の子供が生き残るためには

現在のところ海外へ臓器移植を受けに行く道しかない。


しかし、アメリカや、ドイツ人にとっては

臓器移植を受けに日本からやってくる患者が多いことに対して

「臓器を金で買いに来る国」という悪い見え方となっている。

それらの国にとって日本は評判が悪い状況となっている。


実際に、これまで心臓移植を日本国内で受けた患者数は60例ほどで、

海外で移植を受けた日本人患者数は、90例を超えている。

アメリカで心臓移植を受けるためには、2億円かかる。

ドイツでは、4000万円かかる。

アメリカで臓器移植を行っている医師の中には、皮肉にも日本人医師もいる。

その有名な日本人医師が、日本で臓器移植手術を行いたくても

法律の壁のために子供の臓器移植が日本では禁止されている。


「本人の移植への同意が無ければ、移植できない」という日本の法律のために

日本では、移植の提供数が少なすぎることが原因となっている。


このような法律は、どこにもないとNHKで、放送していた。


この法律を、改正しようと法案が出ているが

一向に進展しない。


何故なのだろうか?

臓器移植医療をアメリカ並みに行うと、

膨大な医療費の増額が必要となる事が予想される。


ちなみに、アメリカで1年間に心臓移植されるのは、年間2000例となっている。


人口比率で考えれば日本では年間500例が行われても良い数となる。

今までの医療費でこれを補おうとすれば金額に換算すると

胃癌の摘出術が、5万人から10万人分ということになる。


このようになれば、国民負担を、相当増額せざるを得なくなることも事実であろう。

これまで政治家達は、得票を得るために

多くの人が必要とすることには関心を持ち動いてきた。

しかし、たった500名程度の数の人達のためには、積極的に動かない。

なぜなら得票に結びつかないからだ。


同様に、医療費を安くすると、得票に結びつくので、医療費削減を繰り返してきた。

しかしその削減額はもはや限界を超えて、

病院が数多く倒産するようになり、

今や、日本では医療崩壊がおきている。


医療を知らない素人の政治により、

あらゆる医療が崩壊した。


いずれにしても、国連のWHOが、「それぞれの国内で臓器移植を行うように」

という方針を打ち出してきたことで

少なくとも、臓器移植が必要な日本の子供達は、

待ったなしの状況となっている。







月日の経つのは、早いもので、もはや、1月も残りあとわずかとなってきた。

本日も、小耳症手術を行ってあっという間に過ぎ去り、もう終わろうとしている。


永田小耳症形成外科医クリニックは、開業してから

もう4年目に突入して2ヶ月を過ぎた。


目を閉じると、本当にあらゆることが、夢のように過ぎてきた。

正に「光陰矢のごとし」。


今から3年も、あっという間に過ぎることだろう。

その時、当クリニックは、新たな段階へと、大きくステップアップする。








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2008年6月17日、耳垂残存型小耳症術前。
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耳があるべき場所を赤で示す。
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手術のデザイン。
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皮弁形成および皮下ポケットの作成。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮下ポケットの下に3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
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そして、2009年1月27日、耳立て手術日となった。
赤で示すのは浅側頭動脈の走行を示す。
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耳立て手術のデザインを示す。
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耳の後ろから支えて耳を立てるために、肋軟骨ブロックを作成した。
耳の後ろから、この肋軟骨ブロックで耳を立てておいて、
それを更に後ろから、生きた血管膜でカバーすることで
支えの肋軟骨ブロックを生かすばかりでなく、
耳の後ろをも含めてカバーすることで、
耳を頭からはがすことで低下した血行を増強する。
その血管膜の上に頭から薄く採取した皮膚を移植する。
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手術後耳を頭側から見た所。耳が立っている。
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耳を前から見た所。耳が本当に立っていることがわかる。
耳の腫れは血行が良いので入院中に引いてゆく。
1月26日退院の患者さんが1名退院診察。

入れ替わりに、明日の耳立て手術予定の患者さんが入院。

その後、入院中の小耳症患者さんたちの包帯交換を行った。



午後からは、小耳症経過観察の患者さんの再診と、

3名の小耳症術前の患者さん達の術前検査を行った。

インフルエンザが流行しているので、

術前の患者さんは特に、帰宅したら、うがいや、手洗いをしてくださいと

お願いした。


その患者さんのお母さんから

「永田先生、お痩せになりましたね。」と、言われた。


実は確かに、最近スマートになって来た。
かつて、日本は、無謀にも太平洋戦争を開始した。


開始した当初は軍部の上層部が指示したのだったが、

それで、多くの日本人が、いやおう無く兵士として駆り出され、

計り知れない戦死者を出した。


これら、おびただしい犠牲者を出した事の責任は誰にあるのだろうか?

本当に軍部の一部だけの責任だろうか?


戦時中は、「戦争反対」などと叫びでもすると、すぐに国賊といわれ、

投獄され拷問を受けた。見せしめに殺されもした。


国民が国民をそれぞれ監視していたのだった。

そのように、軍部からの命令で、命令に背けないように統制されていたのだ。


言い換えると、自分が痛い目にあわないために、

小市民と成り下がった卑しい大多数の多くの国民がいたから、

軍部は、ますます、戦争を遂行することになった。


軍部の言い分は、天皇陛下の意志だとしていた。

真相はわからないままだ。


兵隊は最後まで戦って

天皇のために死ね、という事だった。


太平洋戦争末期には、

戦闘機から爆弾を落としても、敵戦艦に当たる確率が低かったので、

よりにもよって

爆弾を積んだ戦闘機ごと敵の戦艦に体当たりをする、

と言うとんでもない作戦が考え出された。


神風特攻隊として、帰りの燃料も積まず、

敵の戦艦に飛行機ごと体当たりして命を落として行った兵士達が数多くいた。

国の命令で、死ねといわれ、若い多くの命をなくしてしまったのだ。


それを指揮していた人達は、終戦後生き残った。

指揮した人達は、国からの命令でやった、

自分の意志ではなかった、と言うのかも知れないが、

その人達は見方を変えれば、自分の命をかけて、国の方針に反対することが出来なかった。


国民が、総動員して、戦争反対を唱えて動くことは、出来なかったのだろうか?


現在では考えられないことだが、

当時の国民は、結局、国の言われるままに戦争へ突き動かされてしまったのだ。


すなわち、当時、「戦争反対」と叫んだ少数の人の事を、国賊といって、

軍部に知らせていた大部分の国民がいたのだ。


それら大部分の国民達にこそ、責任があるのだ。

終戦後、その大部分だった国民達は、

責任を取ることも無く、生きている。

心の底に、罪悪感を感じながら。


神風特攻隊をはじめとして、なくなった戦死者からすれば、言葉もないであろう。

また、当時、戦争反対と正義を唱えたごく少数の人たちは、見せしめとして殺されたのだ。

言い換えると、

結局、自分を守るためだけに悪い事と、心の奥底ではわかっていても

戦争賛成側にまわってしまった大多数の卑しい国民達は、悪の片棒を担いでしまったのだ。

その大部分の国民達は戦後、

あたかも最初から戦争には反対だったという顔をしている。

そして今、それらの人たちは80歳台後半から90歳代となっている。


戦争に限らず、

現代社会でも、同様に、

いやしくも、自分を守るために、悪の片棒を大部分が担いでいることがある。


真に、新たな、正しい画期的な人のためになる発見がなされても、

発見者をたたえるどころか、発見者を落としいれようとすることがある。


なぜならば、その新たな方法を行われると、自分達が今まで行ってきたことが無となり、

自分の今までの仕事がなくなってしまうと危惧した卑しい多くの人達が

数の力で手を組んで、新たな方法を隠蔽してしまおうという動きがある。


しかし、いずれ長い目で見ると、新たな発見をした人の方が正しかったと

必ず理解する時が来る。


その時になって、既得権を守ろうとして、自分達が隠蔽行動に出た人達は、

その行為を社会には、ひっそりと隠して、

はじめから新発見はすばらしい事だ、と、

自分は、はじめからの理解者だったなどと言って

普通の顔を装うのだ。

つまり、その間、世の中のためになる新発見を

社会へ浸透する時間を、わざと、遅らせてしまったという、

タイムラグに対する責任を取らないのだ。


毎日あまりにも寒いので、体がガチガチです。
時間のあるときは駅まで歩くのですが、
昨日は小雪までチラついて、あまりにも恐ろしかったので、
師長さんと二人、奮発してタクシーに乗って帰りました。
電車に乗ったらいつも以上に暖房が効いていて、
いつもどおり口を空けて爆睡していたら、
体中がガチガチになってしまったので、
家に着いたら気分が悪くなり、風呂にも入らず寝てしまいました。

先日寒かったときも恐ろしいので、
背中にホッカイロ貼って、右足と左足の足首にも一枚ずつ貼ったら、
そのときは暑くて閉口したのですが、
やっぱり貼っとけばよかったかな。

自慢じゃないけど年中寒くて、やっぱりこれは冷え性なのか、年のせいなのか・・・?

院長は最近油が抜けてきたようですが、
半そで紫パジャマじゃさすがに寒いと見えて、
医局は真夏のパラダイスのように暖房効かせています。

○先生は暖かそうでいいなあ、いつでもどこでも汗かいてそうだ。

以前家の後ろに蛇の抜け殻が落ちていて、
院長に、
「怖いから拾って捨てて」と頼んだら、
「お前でも怖いものがあるのか?」と言われたけれど、あります。

「蛇の抜け殻」と、「寒い事」です。

永田小耳症形成外科クリニックに、2008年度にかかられた

小耳症患者さんの出身地は次のようになっている。


秋田県、山形県、福島県、
茨城県、栃木県、群馬県、
千葉県、埼玉県、東京都、
神奈川県、新潟県、福井県、
長野県、岐阜県、静岡県、
愛知県、滋賀県、京都府、
大阪府、奈良県、兵庫県、
和歌山県、鳥取県、島根県、
岡山県、広島県、山口県、
香川県、高知県、福岡県、
長崎県、大分県、鹿児島県、
沖縄県

など日本全国からとなっている。


そのほか、オーストラリア、香港、アメリカ、台湾など、

海外からの患者さんもいる。


だから、入院中の患者さんたちがいる病室では、

各地の方言が飛び交っている特殊な状況だ。
今日は土曜日

永田小耳症形成外科クリニックでは、外来診察日。

午前中は、小耳症の経過を見る患者さんが数名

小耳症、初診の患者さんが1名来院された。

その後は、病室に入院中の小耳症患者さんの消毒を行った。


午後からは、ある病院で昨年小耳症手術を行われたものの

不幸な結果となり、作り直しを希望される患者さんが来院された。

説明に2時間ほどかかった。

患者さんは、納得されて、作り直し手術の予約をされ、

病室の見学をしてお帰りになった。

シンガポールから永田小耳症形成外科クリニックへ、

手術見学に来ている女医さんから、本日、いろいろなシンガポール情報を聞いた。

人口は、550万人。

多く使われている言葉でも4種類。

英語、中国語、マレーシア語、インド語などが使われている。

少数だが、日本語も使われていると言う。


シンガポールの人は、世界中で働いているそうだ。

だから、外国人と結婚する割合が非常に多いという。

2カップルに1カップルは、外国人と結婚するそうだ。


マレーシア系の人達はイスラム教の人が大部分である。

イスラム教の男は、4人の奥さんを持つことが出来る。

そのほかの宗教では、一夫一婦制である。


だからシンガポールの一カ国の中に

一人の奥さんを持つ家族と、4人の奥さんがいる家族とが混在している。


日本の中では、法律上、たとえイスラム教の人でも一人の奥さんしかもてないはずだが、

国際都市シンガポールでは、宗教の違いで、このような事が可能だから驚く。


そういえば、アラブ形成外科学会で、クエートに招待されて

小耳症デモンストレーション手術を行ったことがある。

その時、私を招待した医師に聞いてみたら、4人の奥さんがいるということだった。

クエートは、もちろんイスラム教の国だ。

イスラム教では、4人の奥さんの習慣がある事がわかったが、

それなら、逆に何故、5人以上は、いけないのかが、わからない。


また、シンガポールでは、

どこでもタバコをすって吸殻を捨てると罰せられる厳しい国だった。

しかし、現在は緩和されて、タバコをすえる場所がずいぶん増加して

ホテルにもスモーキングが出来るところがあるようになったそうだ。


チューインガムをかんだ後、吐き捨てると、罰せられるし

海外からチューインガムを持ち込むことも禁止されていた。

だから、シンガポールにはチューインガムを販売しているところは無い。

が、最近では、海外から買ってきたチューインガムは、かんでも良くなったそうだ。



シンガポール国立大学病院には、シンガポール人はもとより

ベトナム人、マレーシア人、バングラディッシュ人、インド人、フィリッピン人

など、周辺国から多くの患者さんが集まって来るそうだ。

だから、人口が少ないのに、小耳症の患者さんが多く集まるそうだ。


インドからシンガポールまで2時間の距離だから近いという事と、

物価が安いので、集まるということだった。

日本は物価が高いから、それらの国々の人達は日本に来ない、と話していた。


シンガポールも世界経済危機の影響を受けているが、

その影響は、まだ、比較的軽いとの事だった。

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今日は、永田小耳症形成外科クリニックに小耳症手術を見学に

シンガポールから、女医さんが来られた。「写真左」

National university of Singapore 「シンガポール国立大学」の

耳鼻咽喉科の助教授で・頭頚部外科のコンサルタントでもあり

聴力・言語発育センターの所長でもある人だ。

Lynne H Y LIM 先生。

エジンバラ大学と、ハーバード大学で学んだ才女だ。

以前、アメリカのブレント医師が行うブレント法の小耳症手術見学をしたこともあるそうだ。


手術見学後に、病室入院中の患者さんの包帯交換をも見学した。

明日も、手術を見学する予定だ。


シンガポール国立大学耳鼻科には、小耳症の患者さんが多いのに、

形成外科医に紹介しても、きちんとした耳を作ることが出来ないそうだ。

そこで、永田小耳症形成外科クリニックを見学に来られた。


「シンガポール国立大学に、私を招待して、

耳を作るデモンストレーション手術を、是非おこなってほしい。是非ともお願いしたい。」

と、おっしゃていた。


彼女が持っているのは、永田小耳症形成外科クリニックで

小耳症手術の見学を行った、という私のサイン入りの証明書だ。


これまでも世界各国から頻繁に形成外科医や耳鼻科医の

留学生や見学者が来られている。


欧米先進国では、すでに形成外科専門医師テスト問題に永田法が出題されるほど

浸透したが、ますます、世界各国に小耳症手術は、

タンザー法やブレント法から永田法に変わって広がっていく。


やりがいある仕事でもある。


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かつて、某病院で、シリコンを移植して耳を作る手術を受けたものの化膿して
結局シリコンを摘出せざるを得なかった症例。
すでに頭から血管膜を使われてしまっている。
耳の真ん中には、色の異なる皮膚が、移植されている。
皮膚が、縮み多くのしわが出来ている。

このように、一度他の施設で小耳症手術を受けたものの不幸な結果となり、
永田形成外科クリニックへ作り直しを希望して来られる患者さん達が
日本中から急増している。

最近自分の肋軟骨を材料として造られた耳でも
作り直さなければならない子供達が、多い。

以前に作られた耳でも、あきらめることなく、
永田小耳症形成外科クリニックでは
作り直すことが出来るということを
最近では、患者さん達がようやく、気がついてきたからだ。

最初から、きちんとした手術を受けていた方が得策だ。
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手術デザイン。
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切開を行った状態。
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耳の真ん中に大腿付け根から色の違う皮膚を移植されていたので、切除したところ。
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皮弁を形成したところ。
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色の良い皮弁を、切除した皮膚の部分へ移動してきたところ。
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皮弁でどのようにカバーするのかを示す。
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大人の患者さんは、このように肋軟骨が骨化しており、曲がらないので
3次元肋軟骨フレームを作ることが困難だ。
作成した3次元肋軟骨フレームが、このように削ったところは
色が白くなくて黄土色となっている。
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3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
しわしわだった皮膚の影響も、ずいぶんなくせた。
今は、もう夜の12時を回ってしまったので、

昨日の夕方の事になるが、久しぶりに、

かつては、私の後輩の形成外科医が2人

永田小耳症形成外科クリニックを尋ねてくれた。


後輩と言っても、一人は50歳、一人は46歳となっている。

それぞれに、自分の人生を歩んできた。


一人は、国内で最も大成功している美容外科を開業しており、

もう一人は、国内有数の美容外科で勤務している先生である。


かつて私が東京専売病院部長で勤務した時代に、

東京大学形成外科の医局から1年間派遣されて一緒に働いたことのある先生達だ。

1990年代初期の頃だった。


懐かしさいっぱいで、話が弾んだ。

当時の他の先生方の近況など聞けて、懐かしいやら、驚くやら、

話がとめどなく尽きることが無かった。

久しぶりに、心の底から大笑いが出来た。


苦労話や、深刻な時期が、あらゆる面で、それぞれにあり

聞けば聞くほど、何故、今があるのかが理解できた。


人は思わぬ事から、人生の転機を迎えてきていることがわかり

感動する場面もあった。


あの時の後輩が、少なくともあの時代に

お互いに良い意味で、影響しあっている事がわかった時、

いまだに、みんなが燃えている事で

お互いの励みとなった。


ついつい時間の経過も忘れた6時間だった。

















国の中心である霞ヶ関の常識は、日本国民からすると非常識だと言われてきた。

同様に

「日本の常識は世界の非常識」と、言われてきた。


最初、私は、なかなかこの意味がわからなかった。

むしろ、日本国の中にいて生活するのだから、世界を知ることなど必要もないと思っていた。

だから、日本の何が非常識なのかも、わからなくて当然だった。


そのうち、小耳症治療法の新たな方法を開発し、

論文を世界へ出した後、

思いがけないほど、世界中からの大反響があり、

毎年毎年、複数の国の形成外科学会から招待講演を依頼されるようになった。

要望に答えて世界各国を教育することになってしまった。

イヤでも断れなくなってしまった。

それまでは、旅行の目的だけで、海外旅行など全くしたことも無かったのだ。


が、学問の進歩のために、学会活動を行うようになった。

その活動の一環で訪れた国は


フランス、イタリア、スペイン、オランダ、オーストリア、ドイツ、イギリス

カナダ、アメリカ、メキシコ、チュニジア、フィリッピン、オーストラリア、クエート、韓国、台湾など

それぞれ複数回訪れた国も多い。


ただ買い物をするだけの一時的な観光旅行と違って、

現地の、形成外科医や、小耳症の患者さん達との

濃厚なコミュニケーションを取っているために、

国による生活習慣、宗教、住環境などの常識が、全く異なっている事を

身にしみて感じさせられた。


その結果、「日本の常識は、世界の非常識」という事が

心の底から理解し、わかるようになった。

むしろ、日本の常識に埋没していることが間違いだったということが

随所にわかってきたことが多い。


皆さんも機会があれば

海外に積極的に出かけることをお勧めします。


日本は世界の中でほんの小さな国に過ぎなくて、

日本の常識が世界の非常識だということが必ず悟る時が来ます。

その時、初めて私が言っていることが、身にしみて、肌で理解できるようになるかもしれません。

井の中の蛙だったことに気がついて、はっと、するかもしれません。


今、私が言っていることが変だ、と仮に思ってもらっていてもかまいません。

でも、将来、海外に出てみて、身にしみて理解できるようになるかもしれません。

その時は、このブログが存在していた時には

なるほどと、コメントでもくださいね。


アメリカ発のサブプライムローン問題が発端となり

世界大恐慌が起きた。

このことから、もはや、自由経済手技が間違いだとか

アメリカをお手本とする事は終わりだ、とかと、言う極論を述べる人達がいるが

本当だろうか?


では、何故サブプライムローンが悪かったのだろうか?


住宅を購入するためにはローンを組む場合がほとんどだ。

現金で買える人などほとんどいない。


ローンを組むためには、その人が返済できる条件がある。

購入価格の2割の頭金を持っていて、年収の5倍までなら

お金を借りることが出来るなどと、一定の規則が本来ある。

その範疇の人にだけローンが適応される。


しかも、もしその人が、病気や事故にあったとき

返済不可能な事態となった時のために

保証人を立てるか、保証人がいない場合には

生命保険に加入させるかという担保をとった上で

金融機関は、お金を貸すことで、健全な運営が出来る。


金融機関は、ローンに利子を含めてもらうことで利益を生む。

この利益を、預金者へ、それより低い利子として還元する、

これが本来の姿だ。


ところが、金融機関は、不動産の価格が上昇している場合、

もし、借り手がローンを払えなくなっても

差し押さえて転売する事で利益が出る。


とにかく多くの不動産を、多くの人に金を貸して販売すると

借り手が返せなくなろうと

不動産の値上がりの時代には、確実に多くの利益が出ることがわかっているために

担保を軽視してでも、誰にでもお金を貸したのだ。


しかも返済が始まった初期の何年かは

返済を少なく出来るという条件をつけたものだから、

われもわれもと、ローンを借りた人が増加した。


またこれに乗じて、金融機関は、担保が無くても、

書類に偽造までしてお金を貸しまくったのだった。

すなわち、ローンの返済能力がない人にまでわざとお金を貸したのだった。


しかし、何年か経過した後は、月々の返済額が急に増加する。

その時点で、まず第1段階として、返せなくなった場合は

家を差し押さえて、不動産を転売し始めた。


初期の頃は、転売すれば、不動産価格が上昇していたので

銀行は、利益を出せていた。

が、そのうち、不動産価格の急落となり、

返済出来なくなった場合は、転売すれば赤字となってしまったのだ。

だから、銀行は、バタバタと、つぶれる寸前になってきた。

すると、銀行は、優良な企業にお金を貸すことすら出来なくなった。


これが、何故、アメリカのみの銀行に、留まらなかったのかと言うと、

ここが大問題だった。


住宅ローンのみでなく、車のローンや、電化製品のローンなど、

ありとあらゆるローンをごっちゃ混ぜとしたローンの中に組み込んで

いいお金の投資方法として世界中の金融機関に売り込んだのだった。


世界中の、金余り現象で、投資の場所を、投資家は捜し求めていたのだから

アメリカが売り込んだ投資のチャンスは、絶好の投資場所と見えたのだった。


不動産を除くローンは、比較的順調な安全性の高い状態だった。

あまりにも多くの種類のローンの中に

このような危険な不動産ローンが混じりこんでいても

その危険性に各国の金融機関が、気がつきにくくなっていたのだ。


見方を変えると、アメリカ金融機関が、巧妙に仕組んだ罠を

世界中に仕掛けたように見える。


すなわち、どこが悪かったのかということは、明白なのだ。

返せるはずがない人に、わざと、お金を貸した事が悪いのだ。

この点だけの修正を法制化すれば、今後は未然にこのような不況を起こさなくて済む。


また、だまされたヨーロッパをはじめとした金融機関も

今後は一つ一つを厳しく判定し、慎重な投資先を探すことになる。


金融とは別に

アメリカに、世界の最先端の科学論文が集積されていく間は

アメリカが、世界をリードしていくことは間違いない。

この点を忘れない事だ。


結局、世界中の金融機関から投資されたアメリカへの資金は

アメリカの中で消えてしまった。

すなわち、その巨額のお金が、アメリカのどこかへ存在しているということだ。

おそらく、まわりまわって

アメリカの戦費へ消えていった。

すなわち、アメリカの軍事費として消費されたと考えられるというのは

考えすぎだろうか?
ついに、アメリカでは前代未聞の200万人を超える聴衆の前で

バラク・フセイン。オバマ氏の第44代大統領としての就任演説があり

新政権が発足した。

私はリアルタイムで日本時間の夜中2時、CNNの放送を見ていた。


今回は、あらゆる意味で歴史的な就任式となった。

世界中が興奮と共に新大統領の新たな変革の政治に期待している。


就任演説でオバマ大統領は、

今後、世界との対話と協調を述べ、

これまでの子供じみた政策から大人への変革を行うと述べた。

富める者から、貧困層への再配分が必要と述べた。

このことでアメリカの医療崩壊を立て直し、社会保障充実、を述べた。

現在は国民の18パーセントが医療保険に入っていない

という事を解決するとことにも触れている。


新たな時代の到来を期待して

これまでに無く世界が、この就任式を注目し、放送を見ていた。


オバマ大統領にとっては、この経済危機打開問題から始まり

各国との協調による関係改善に向かうだろう。


新大統領が、ケニアの黒人の血が混じった大統領であることで

アフリカ諸国にも希望の光がさしている。

人種差別がまかり通っているアメリカにも、変革が求められる時が来た。

オバマ氏の父親の時代は、黒人は白人と同じレストランで食事が出来なかったのだから、

大変革である。


中東でも、スペインや中国など、今まで関係がギクシャクしていた国までもが

今後アメリカとの関係改善を期待する声が多い。

世界に希望を与える新大統領に期待する.


昨年秋に、私はシカゴで、アメリカ形成外科学会の

小耳症インストラクショナルコースを行い終わって

ホテルへ帰ってきた時、まさに、オバマ大統領が大統領選挙に当選、

私が泊まっていた同じホテルにオバマ氏が、当選結果を待って滞在しており

勝利が確実になった時、オバマ氏がそのホテルの

広い大空間のロビーに姿を現したのだった。

同ホテルのロビーでは手を振るオバマ氏に気がついたアメリカ人が

大興奮で大熱狂の大騒ぎとなっていた。


その日の夜は、シカゴでの大統領勝利宣言演説を行っていた記念すべき日だった。

そんな日に、あの広大なアメリカの中で、

年に一度のアメリカ形成外科学会が、たまたま、シカゴで開催され、

そのシカゴが、オバマ氏の、政治基盤の出身地であり、

私が小耳症インストラクショナルコースを行った日が、

長い大統領選挙の最終決着の日と合致した日となり、

シカゴの同じホテルで、その記念すべき時間に、

あまりにも偶然に、奇跡的とも言える遭遇となった幸運もあり、

ますます、オバマ氏を、私は応援している。


振り返ると、私には、このような、通常では起こりえないような

世界的に、

あまりにも奇跡的な出来事や、出会いが、数多く起き続けてきた。


自分が、形成外科医師として小耳症手術法を開発し

国際的な教育講演を行うようになったという特殊な運命だけでなく、

他の形成外科分野の世界的第一人者同士との固い絆が

国際的に築き上げられてきて、

それぞれが治療困難な患者さんのために

科学的知識の相互国際協力を行える関係となり

各国間における、形成外科医師との交流を通じて

各国の政治事情や、経済状況が医療事情にも大きな影響をもたらしている事

を、実際に身を持って肌に感じるようになった。

それと共に、世界と、地球の狭さを感じるようになった。


世界のために、各分野の人達が、大きな心を持ち、それぞれが力を発揮できれば、

必ず、すばらしい世界が広がりを見せることになるはずだ。





先週の小耳症手術の、写真掲載が出来ていなかったので本日掲載となります。

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1月15日耳垂残存型小耳症の術前
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手術デザイン。

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皮弁形成および皮下ポケット作成。

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3次元肋軟骨フレームを作成。

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皮膚下ポケットに3次元肋軟骨を移植した所。
本日手術予定だった小耳症の患者さんが

昨日も述べたように、インフルエンザで手術が中止となった。


手術を行うためには、1週間ほど前に術前検査が必要だ。

だから、手術前の突然の中止の場合、予定より早く手術をしたいという患者さんがいても

他の患者さんと差し替えることが出来ない。


だから、仕事としては本日、急に、お休み体制と同じ事になった。

私が、パリのモンマルトルで、ギター片手に歌った曲。

ずっと昔からギターを弾きながら歌ってきた曲。

大学時代、初めて、ギターを手にして覚えた曲。、

それが、「アダモ」が作曲したシャンソンだった。

原曲はもちろんフランス語だ。

日本語訳が、「岩谷時子」。

この日本語訳が気に入っていた。



今日、何気なく、インターネットの You Tube で、 

布施明の歌う「サントヮマミー」を、発見した。

聞いていて、日本語訳がしみてきた。

河合奈保子が歌うサントヮマミーもあった。



  二人の恋は・・・・終わったのね・・・・・

      許してさえ・・・・ くれないあなた・・・・

       さようならと・・・・ 顔も見ないで・・・・・

        去って行った・・・・ 男の心・・・・  

    楽しい・・・・・ 夢のような・・・・・ 

      あの頃を ・・・・思い出せば・・・・  

        サントワマミー ・・・・悲しくて・・・・・

         目の前が・・・・ 暗くなる・・・・

           サントワマミー・・・・・・・・・・・・・
    


       ららら・・・・・・ららら・・・・・・


      

      町に出れば・・・・男が誘い・・・・

         ただ意味無く・・・・ つきまとうけど・・・・

           この私が・・・・ 行き着くとこは・・・・

              あなたの胸・・・・ ほかにないのよ・・・・・

     風のように ・・・・・ 大空を・・・・・・・・

         さまよう・・・・・ 恋・・・・・・

            サントヮマミー ・・・・・悲しくて・・・・・・

                目の前が・・・・・ 暗くなる・・・・・・・・

                    サントヮーマミー・・・・  サントヮーマミー・・・・・



  布施明と、河合奈保子の歌う「サントヮマミー」一度聞いてみて感想を聞かせてくださいネ。
今から40年後、50年後の日本はどうなっているのだろうか?

今30歳の人が、70歳、80歳となった時、

どのような日本で生活しているのだろうか?

未来を占うひとつの指標が、人口動態の予測と重なる。



日本の人口は、もはや、出生率の低下で、減少に転じた。


もともと明治初期は、4000万人くらいだった日本の人口は

この100年は増加を続けて

2006年には1億2000万人を突破した。

明治時代の3倍だ。


その後は、人口は減少の一途をたどり

2050年を超えると1億人を切る事になる。


人口が増加していた時には、15歳以上65歳以下の生産人口が多いので

老人を、直接税で支えることが出来た。


しかし、人口が減少する時には

生産人口が減り、相対的に老人人口が増加するので

直接税だけで老人を支えることが不可能となる。

だから、老人からも広く薄く税金を徴収する必要が出てくる。

そのために、間接税である消費税の増税がどうしても必要となってくる。


具体的に言えば、今から40年後は、現在30歳の人達が70歳となっている。

その時は、日本の人口は1億人を切っている。


消費税は50パーセントを超えている。

物を買うときに、2倍のお金を出す必要があるということだ。

恐怖の一言だ。

不動産はあまるので、不動産価格は、どんどん下がっていくことになる。

生産力は低下するので、税収は下がる。

国力は落ちていく。

現在65歳以上の人口は20パーセント。

今30歳の人が80歳となる50年後は、65歳以上の人の割合が40パーセントとなる。

すなわち、50年後の日本は老人だらけの社会となっている。

その時、人口は8500万人となっている。

国力が落ちて、

つらい老人生活となっている可能性が大きい。

その間に、戦争や大災害が起きれば、

もっと悲惨な事が待ち受ける。


これを防ぐためには、海外から、多くの若い労働力となる人達を、

アメリカやヨーロッパ諸国のように

一定人数、常に、日本の中に、受け入れる必要がある。

政策転換が必要な時だ。





本日は、税理士の方が来ていた。

いつも毎月1回来てもらっている。


税理士の方の話では、

例外なく、どの業種でも、売上額が急激に落ち込んでいるとの事だ。

税理士の人が見るのは、はっきりとした数字だ。

不動産業をはじめ飲食業、運送業、など、厳しくなっている。

銀行からのつなぎ融資を受けることが出来ず、今年で廃業となるところが多いそうだ。

世界不況の波が忍び寄ってきていることが、数字の上ではっきりと出ていると言う。


例外なく、医療機関でも、同様となっているとの事。

一昨年と比較して、内科のクリニックや、

通常の病院であっても、公立病院でも、急激な減少となっているそうだ。


もちろん国の政策で、昨年度、医療機関では、保険点数を削られているので、

その分の減少が、もともと起きるが、

更に、それに輪をかけて減少しているという。


という事は、患者さんが、

軽症では、病院へかかることを、ひかえているという事にもなる。

軽症を放置すれば、重症になる可能性が大きい。


それほど経済状況は、悪化しているので、国民は苦しんでいる。

とにかく倒産が増えると、失業者が増し、生活保護を受ける人が増加するので

税収は下がるのに、国家財政すなわち福祉財源は、ますます困窮する。

この景気の悪化は、経済予測によると、2010年まで続くという。


すなわち、アメリカの不動産価格が、底を打つのが2010年ということらしい。

少なくとも、今年は昨年よりも厳しい年となる予測だ。

国は、今年や来年の経済危機を改善するために大金の埋蔵金を拠出せざるを得ない。

埋蔵金はすぐ底を突く。その後は、ますます税収が減少しているから

福祉へ投入するお金が枯渇する。

だから、政府はどうしても、2011年から、消費税増税導入を

今のうちから担保として決定しておきたい所だ。

その裏打ち無しに、今年の経済対策が取れないのだ。


税理士の方も、倒産されると、税理士としての仕事が減り、困ると言っていた。

あらゆる業種が、関連して落ち込みを見せている。

ぞっとする話だ。


いずれにしても、他の業種と同じように、

今年も、ますます、医療機関の倒産が予想されている。

ベット数に全く余裕が無くなれば、

さらに、救急車のたらいまわし問題が増加することになる。

今年もまた、病院たらいまわしでの死亡ニュースがますます増えて来るだろう。


恒久的福祉財源が無ければ、医療崩壊どころか、無医村どころか、無医国となる。

そうなってからでは、医療の復活は困難となってしまう。






この冬は、インフルエンザが大流行している。

つい先日も、そのニュースが流れたばかりだ。


明日手術の予定だった小耳症の患者さんが

インフルエンザで高熱を出してしまったために、

明日の手術が中止となった。


今年の冬は、インフルエンザが、はやっている。

予防注射をしていても、かかっている人が多い。

予防注射は、予測しているものと種類が異なるインフルエンザには

効力がないために、かかっている。

今年、国が予想していたインフルエンザ予想種類は、はずれだったという事だ。


永田小耳症形成外科クリニックの小耳症手術の患者さんは

10日ほど前に、手術のための術前検査を行い手術の前日に入院となる。


みんなが日本中の遠隔地から来られている方ばかりなので、

明日の手術が突然空いたからといって

、他の早く手術をしたい、と、待たれている患者さんに、突然差し替えることが出来ない。


小耳症入院中の患者さんをお見舞いに来られる家族の方にも

風邪を引いた場合には、お見舞いを中止していただいている。

入院中の患者さん達に、うつらないようにするためだ。


明日の手術がなくなっても、園長先生には、来てもらって、

先週の、小耳症手術の写真を入力してもらうことになっている。



永田小耳症形成外科クリニックでは

小耳症手術を受けたものの不幸な結果となり

作り直しに来られる患者さんが多い。


昨年の小耳症手術件数が、135件。うち作り直し手術が、24件だった。

日本中あわせてもたった100名しか生まれない小耳症。


年間に、手術を100名行うと全て終了する件数だ。


永田法は、手術回数が2回で耳が再建できるので

年間135件の手術だと68名の耳を再建したことになる。


だから患者さんは、日本全国からとなっている。

大学病院といえども、

いまだに大腿部分の付け根から皮膚を取って耳の後ろへ、移植するようなところがあるが、

これでは、色が違うし、大人になってから、陰毛が、耳の後ろから生えてくる。

大腿部分から皮膚をとって移植すると聞いただけで、遅れた手術法と言う事だ。


耳おこしと、称して、皮膚を移植するだけの方法では

決して耳が立たないし、10年もたつと移植した肋軟骨が融けてくるので

再建した耳が融けてくる。


本当に耳を30度の角度で立てて、血行の補強を行うことが最も重要なことであるが、

いまだに、まだ通常の病院では以前の手術法を行っているのが現状であるから、

結局作り直しとなって患者さんが来られているのが現状だ。


小耳症は、症例によって、手術法をオーダーメイドとしなければならない困難な手術である

と言うことを念頭に置かねばならない。


本日は日曜日。

昼間から

あまりにも眠くなり

午後は熟睡してしまった。

そして

今頃になって頭がすっきりとなっている。


一週間の疲れが取れたのは良いが

まるで時差ぼけ状態だ。


明日までに、

この時差ぼけが治りそうにない。