永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

いよいよ、今日は8月31日。

8月が終わろうとしている。


毎週小耳症手術を3例行っている。

手術時間は、8時間かかる。

その間は熱中しているので時間の経過することを忘れている。

だからこの3日間が、あっという間だ。


1ヶ月は、1週間にしか感じない。

恐ろしく早く月日が流れている。


これが1年中ずっと続いているのだから

一年は12週間くらいにしか感じない。


あと2ヶ月半で、

永田小耳症形成外科クリニックも

設立3周年を迎えることとなる。


設立には、いろいろと苦労や心配事も多かったが、

あの時、思い切ってやって良かった。


1980年代は、日本経済のピークだった。

1987年のバブル崩壊が始まるまでは、

日本中が好景気に沸き、国民一人当たりの国民総生産は世界第2位と言う状況だった。

現在のそれは、世界18位までダウンしている。


そんな輝かしい時代には、現在とは比べ物にならないほど

何人ものアイドルスターが登場した。


経済力がつくと芸術面の輝かしい花が咲くものだ。

あまりにも次々とアイドル歌手のデビュー数が多かったので

その中で10年も勝ち残っていくのは、ごくごくわずかのスターだけに絞られた。


だからこそ、勝ち残ったスターには

カリスマ性があり、容姿端麗で、歌やダンスなどにも、たけていて

精神面の安定している強く美しいスターだけに絞られていった。


そんな時代にデビューした松田聖子は、

当時数々のヒットチャートナンバー1を記録していった。


そして、現在でも、可憐なステージを行っている。

あらゆる意味で、女性の尊敬にも値する存在だ。

そして今でも若い。


人は、長年生きていくうちに、仕事の面で、淘汰されてくる。

淘汰され勝ち残った人は、どこが違うのだろうか?


第一線を長く走り続けている人に言えることは、

いつまでも若さを保っていると言うことだ。





この2週間、雨が降り続いている。

今日も、一時的に晴れたかと思ったら、

夕方は、急に暗くなり、又雨だ。


しかも激しく降る。

太平洋高気圧が日本から離れて東に移動しているために

その西側にある日本には、湿気のある空気が回りこみ

北からの冷気とぶつかって大雨や雷をもたらしている。


スコール状態だ。

これが続くと

台風シーズンとつながってしまう。

あまりの雨続きで、湿気が多い空気が蔓延している。


地球温暖化のせいなのだろうか?

昨夜は、雷がずっと鳴り響いていた。

窓のブラインドを通して、閃光が飛び込んでくる。


最初は光っていても、時間がたってから小さな雷鳴だった。

遠くで鳴っていた。


気にならなかったので、コンピューターに向かっていた。

と、突然、光った瞬間に、大音響、と地響き!

座っている椅子が揺れた。


さすがに、不意打ちをくらって、

不覚にも

飛び上がってしまった。


急いで、病室へあがって、様子を見に行ったが

子供達は、みんな平然としている。


「永田先生、怖かったんでしょう。」

「一人で怖くなって、来たんでしょう。」と、

クラークさんと、カルメンさんに笑われてしまった。


8月も残りわずか2日を残すだけとなった。
DSC06140.jpg

アメリカ合衆国。

フィラデルフィアの子供病院形成外科から

永田小耳症形成外科クリニックへ小耳症手術の見学に来ていた 形成外科医の

「ウェリントン・j・デイビスⅢ世」医師が、

2週間の滞在を終えて

明日の朝の成田発のフライトで帰国する。


「永田」のところへ手術を学びにいくのなら奨学金制度を使えると

上司に言われての事で、当院に2週間の短期留学となった。


「小耳症治療を生涯の仕事にしたい」。と言う希望を持っている形成外科医だ。

アメリカでは、これまで、1959年に報告されたタンザー法

その後からは、

1980年代に報告されたブレント法が主流の時代が続いてきた。が、


1992年、永田法が、アメリカ形成外科学会誌に記載されてから

私は世界中の形成外科学会から

招待講演や、教育デモンストレーション手術の依頼に出来るだけ応じてきた。


まず動いたのがフランス形成外科学会だった。

次に、イタリア、カナダ、メキシコ、ドイツ、オランダ、スウエーデン、イギリス、トルコ、クエート

台湾、クエート、オーストラリア、ニュージーランド、インド、南アフリカ、ブラジル、フィリッピン

などなど、

そうしているうちに、

次第にヨーロッパから、永田法への転換がなされてきた。


が、アメリカ合衆国内には、まだブレント医師が、教育コースを、がんばっていたので、

アメリカ合衆国は、ヨーロッパ諸国よりも永田法への転換が出遅れる事となった。


2年前のアメリカ形成外科学会においてから、私がカナダの教え子達と

小耳症の3時間「インストラクショナルコース」をはじめてから、

今年で、連続3回目となる。


アメリカでの小耳症の教育コースは、これまで

1回目と2回目までは、ブレント法と永田法の2つの教育コースが存在していた。が、


今年から、ブレントのコースはなくなり

小耳症に関しては

永田法の教育コースのみとなった。


ついに、アメリカ合衆国においても小耳症手術法は

永田法を形成外科医が習得しなければならなくなった。


すでにヨーロッパでは、ほとんどの国がブレント法から永田法への転換が完了している。

これからはますます、留学生が増加してくるだろう。


現在私の足元の国、日本が今、最も遅れている。

これは、日本形成外科学会の理解力の無さのせいでもある。


ウェリントン医師は、帰国後、小耳症手術を永田法で行い

又来年も留学してくるつもりだと言う。

何回も繰り返し来て手術見学をしないと

獲得できない困難な手術だ。


彼は、今回の手術見学で、興奮している。

「永田法は、ブレント法のレベルとは全くかけ離れた科学的にハイレベルの結果が得られる

別次元の手術だ。」といって、帰っていった。


彼が、本当に小耳症手術をアメリカ国内で発展できるようになることを祈っている。

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Lobule type microtia.
耳垂残存型小耳症。
P1000160.jpg
Normal anatomical position of the auricle in red.
耳が本来あるべき場所と大きさを赤マジックで示す。
P1000161.jpg
Incision line.Design.
切開線のデザイン。
P1000163.jpg
Skin flaps foamed.Skin pocket created.
皮弁を形成し、皮下ポケットを作成したところ。
P1000164.jpg
Fabricated 3-dimensional costal cartilage frame.
And paper template.
作成した3次元肋軟骨フレームと、耳の紙型。
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3-dimensional costal cartilage frame was grafted under the skin pocket.
3次元肋軟骨フレームを皮下ポケットの下に移植したところ。
仕事が終わり、いつもの帰り道。いつものバス。
今夜のごはんはどうしようかと考えながらバスに乗ったら、
座席に、小さな布袋が一個のっていた。
手に取ると、ずしりと重い。
あれ?とそっと覗いてみると、
あれ~~!
財布じゃないか!?

ごみの山からお札の束が出てきた、とか
側溝にお札が散らばっていた、とか
ニュースで見るたびに
羨ましいぞ、
私もどこかでお札の束に遭遇してみたいものだと思っていたが、
ついに来たか!
もしかして、
ブランドの財布にブラックカード。
うふふ。

でも、他人の財布を持っているプレッシャーにだんだん気が重くなり、
バスが戸田公園へ着くなり交番へ駆け込んで、
財布が落ちていました!と叫んだのだ。

おまわりさんは、
持ち主が御礼をするかもしれないので、住所と氏名をと言って
中身を開けてみたら、
中には千円札が数枚と、マツキヨとライフのカードが入っているだけ。
ブランドの財布でもなく、ブラックカードも入っていない。
うちの息子もよく財布を落とすのがいて、
そいつの財布の中身もおんなじ様なものなので、
思わず、お礼はいりませんと走って逃げてきたのであった。

やはり拾ったものは本人に返さなければいけません。
仕方ないから私は竹やぶで、
小判でも探すことにいたします。



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Concha type  microtia.
耳甲介残存型小耳症。
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Dezign.Incision line.
デザイン。
P1000151.jpg
Fabricated 3-dimensional costal cartilage frame for concha type microtia.
作成した3次元肋軟骨フレーム。
P1000152.jpg
Skin fraps foamed and skin pocket created.
皮弁形成し皮下ポケットを作成したところ。
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3-dimensional costal cartilage frame  was grafted under the skin pocket.
3次元肋軟骨フレームを皮下に移植したところ。
今日の水曜日も外来が込んでいた。

外来は午後からだったが、

なかなか外来が終わらない。


毎年たった100名しか日本中にいない

小耳症患者さんばかり、よく全国から集まるものだ。

新患の患者さんの説明には1時間半かかる説明時間を要する。


明日は小耳症の肋軟骨移植術の予定だ。

来年2009年は、

インド・ニューデリーで11月終わりから12月にかけて

国際形成外科学会と銘打った学会がある。

その学会から、私に「小耳症マスターコース」を好きな時間行ってくれとの招待が来ている。


その1ヶ月前には、アジア太平洋形成外科学会が日本であるが、

どちらの学会が、世界の科学者として重要な人を呼べるかの競争となっている。

日本でのアジア太平洋形成外科学会のホームページは

まだ開いてもいない状況で出遅れている。


しかもその時には、おそらくアメリカ形成外科学会と時期がダブるので

日本における学会に、重要人物を海外から招待しても

なかなかまともな形成外科医が集まらないだろう。

時期が悪すぎる。

私は今年に続き来年もまた、

3時間の小耳症インストラクショナルコースをアメリカ形成外科学会でやることになるだろう。


世界の各地で開催される国際的な形成外科学会は、

それぞれの分野のトップクラスを

招待しようと躍起になっている。


そうしなければ学会が学問的に成り立たなくなるからだ。

トップクラスを集められない国際的な学会は、

重要プログラムを見たら、ほぼその学会のレベル内容がわかるので、

人が集まらなくなり、ポシャることになる。


学閥ばかりの国内での基準など通用しない。


1年中、毎週毎週、

耳を作る手術を、3例も行うと、当クリニックは、

耳つくりの数において、世界で最も多い症例数となる。


だから、スタッフも慣れていて、それぞれの持ち場で

非常に、てきぱきと仕事をこなすようになる。


これが、小耳症専門クリニックの強みだ。


手術室においては、

患者さんの全身麻酔の準備に始まり、

麻酔がかかったら、患者さんを

耳の手術が出来るような体位にする。


私は、大学病院などに呼ばれて教育手術を行うことがあるが、

このような体位を取ることすら、ほかの病院だったら

1時間もかかることがある。

が、当院では、わずか10分。


通常の大学病院では、横で指導医が指導しながら、研修医や、若い先生が麻酔をかける。

だから麻酔がかかるまでの時間も下手すると1時間かかる。

が、当院では、教授が直接かけるので、わずか10分。

しかも安全だ。


特に小耳症に伴う顔面半側萎縮症を伴う患者さんは

気管チューブを挿入することが困難な場合が多い、が、

当院では、そのような患者さんの症例が、おそらく国内で最も多いので

麻酔医も、挿管困難症の患者さんの経験が最も多い施設だ。

アメリカ麻酔科学会に小耳症の麻酔を発表しているほどハイレベルな麻酔をかける。

低血圧麻酔なので出血もほとんどないくらい少なくてすむ。

ただし、これは、保険が通らないので、当院の持ち出しとなる。


特殊な手術なので、看護士さんが慣れていないと

手術器具のやり取りだけで、3倍もの時間がかかってしまい

手術にならなくなるが、

当院では、耳作り手術専門なので

スタッフ全員が、専門家ばかりとなっている。

しかも、10年以上のキャリアを持つ看護師ばかりなので

正確で、間違いのないスムーズな動きが出来る。


だから、複雑な耳つくり手術なのにもかかわらず、手術時間も短縮されてきた。


病室での、包帯交換においても

普通の大学病院でのかかる時間の3分の1で済む。

特殊で複雑な包帯交換なので、

通常では、長時間かかるところを、常に専門としてやっているので

当院ではスムーズなのだ。

このようにハイレベルなスタッフばかりそろった事を

私は、誇りにしている。

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Lobule type microtia.
耳垂残存型小耳症。
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Normal anatomical position of the auricle in red.
解剖学的に耳が存在すべき場所を赤で示す。
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Dezign.Incision line.
術前のデザイン。
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Fabricated 3-dimensional costal cartilage frame.
作成した3次元肋軟骨フレーム。
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4 skin flaps foamed and skin pocket created.
4枚の皮弁と、皮下ポケットを作成した。
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3-dimensional costal cartilage grafted under the skin flap.
3次元肋軟骨フレームを皮下に移植したところ。
P10001211.jpg
Lobule type microtia.
Normal anatomical position of the auricle in red.
耳垂残存型小耳症。
耳の存在すべき場所を赤で示す。
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Dezign.Incision line.
デザイン。切開線。
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Fabricated 3-dimensional costal cartilage frame.
作成した3次元肋軟骨フレーム。
P10001261.jpg
4-skin flaps foamed and skin pocket foamed.
4つの皮弁と、皮下ポケットを作成した。
P10001281.jpg
3-dimensional costal cartilage frame grafted under the skin pocket.
3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
今日は、月曜日なのに外来は、混雑した。

夏休みのためだ。

この夏は、とても込み合っている。


今日の朝は、小耳症退院の患者さんが1名。

代わりに明日の小耳症で肋軟骨移植手術予定の患者さんが入院。

海外からの患者さんからの電話もかかるようになってきた。


メールも多く入ってくるが、

とにかく一度診察してからでないと、何も答えられない。

予約は、1年近く先になることもある。

診察したからと言ってすぐに手術にはならない。


このブログで、何回も述べているように

小耳症のために

近隣の大学病院で、手術を受けたものの不幸な結果となって

作り直しとなって来られる患者さんが後を絶たない。


説明だけで、写真も見せずに話のみで終わるところは

ほとんどそのような結果となると考えて間違いない。
プロ野球選手を総動員した日本野球チームは、オリンピックでメダルすら取れなかった。

「金しかいらない」と言っていた星野監督もカタナシである。

サッカーも、予選リーグ敗退。


両者とも、日本ではプロとして、恵まれた収入を得ている。

にもかかわらず、ふがいない結果と言わざるを得ない。


こんなレベルの低いプロ野球や、プロサッカーを応援していた日本国民は

がっかりしている人たちが多い。


プロ選手とはいえないほど弱かった。

プロとしての意地すら感じられなかった。


弱い選手ばかりで成り立っていた日本野球と日本サッカーであることに

日本人が気がついたのだから、

今後、ファンの減少を招き、収入減となっても仕方ない。

プロとしては、失格と言わざるを得ない。


一方、プロではない日本女子は

女子ソフトボールが、金メダル。

女子サッカーが銅メダルを獲得したのに比べると

男子は、プロであるだけに、なさけない。


オリンピック直前に、ただプロ選手をかき集めただけの、

にわかチームでは、団結力もなく、勝てるはずがない。

プロだからこそ、どんなときでも勝たなければ、恥ずかしい。


今後、プロ野球界もプロサッカー界も、この結果から、反省すべきだ。


北京オリンピックも、あと2日と言うところで

日本の陸上競技史上の奇跡が起きた。

なんと、400メートルリレーで

日本が銅メダルとなったのだ。


オリンピック史上、陸上トラック競技では、日本女子800メートルで銀メダルを取ってから

80年ぶりということだ。

オリンピックに日本が参加してから、96年もたって男子トラック競技として、

初めてのメダルである。

奇跡と言うしかない。


短距離の陸上競技は、アジア人には不向きといわれてきた。

今回の快挙は、4人もの日本人でつないだリレーだ。

4人ともアジア人だ。

アジアの中での日本人だ。


かつて、私も中学時代、陸上部キャプテンだったから、

日本陸上界をずっと見守ってきたが、

オリンピックにおいて、トラック競技でこのような感動を得られた事は、なかった。


4選手が,試合直後に、興奮して抱き合う姿を見て

私も、思わず感極まった。


日本短距離界も、選手層が厚くなってきた結果である。


今日も園長先生が大阪出張。

だから、私一人での手術となった。

小耳症の肋軟骨移植手術がいつものように行われた。

写真は園長先生が帰ってから掲載します。


朝9時入室。

耳垂残存型小耳症、の肋軟骨移植術。

全身麻酔がかかってから、消毒して

手術が10時開始

終了時間が16時30分

手術時間は6時間30分。

園長先生がいれば、手術時間が1時間半短縮できる。

16時50分には患者さんはリカバリーに戻った。


その後から包帯交換を行って、夕方6時となった。

アメリカからの留学生も、手術および包帯交換を見学した。


いずれにしても毎週金曜日の夕方は

週3例の小耳症手術が終了して、ほっとする時である。
本日は、小耳症の耳立て手術があった。

今日は園長先生が、午後から帰っているので

残念ながら手術中の写真が掲載できません。


手術見学にアメリカから来ている留学生は、

熱心にノートを取り

術後、たくさんの質問をしてきた。

熱心に、質問されると

こちらも、とことん答える。


相当に私の論文を

あらかじめ読んで

勉強してきていることが

理解できる質問内容だった。
一生のうちには何が起きるか、わからない。


北京オリンピック女子マラソン日本代表である野口選手は、

金メダル最有力候補であったが、太ももの筋肉の故障で

残念ながら、棄権となってしまった。

日本にとっては、北京オリンピックで、非常に大きな星をなくした。


また、中国の110メートルハードル金メダル候補だったリュウショウ選手も

アキレス腱の故障で、スタートラインに立ったものの直前で棄権となってしまった。

中国人にとってのみでなく、アジア人全体にとっても期待の星だっただけに

残念だった。


両者とも本人は、金メダルを直前まで本気で目指してきただけに、

どんなに悔しかったことだろう。

落胆の度合いは、計り知れないことであろう。

4年に1度しかないオリンピックだけに

想像しただけでも、かわいそうだ。


又、これらの選手の活躍に期待していた、ファンにとっても国にとっても、

惜しまれる。


このような、まさかと言うことが、人生には、いろいろ起こることがある。


しかし、このような事態が起こっても、次回に向けて

七転び八起きで、又、新たな波に乗れるチャンスがめぐってくるのだ。


失敗の後に、成功を迎えた数多くの先人の例をみれば、

失敗こそ、人生のために必要な経験なのだ。






水曜日の午前中は、入院患者さんの包帯交換。

そして明日、小耳症手術予定の患者さんが入院。

午後からは、外来。

外来は、新患の患者さんが来られて忙しかった。

夏休みのため、通常は暇な水曜日も混んでいる。

子供の患者さんが、ほとんどである小耳症ならではの特徴だ。

なおかつ、遠隔地からの患者さんばかりなので

ご両親が夏休みを利用して、飛行機や新幹線で連れて診察にこられる。

生後1年以内につれてこられて10年先の手術予約を取られており、

その後、毎年通ってこられている方がほとんどだ。

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アメリカ合衆国、フィラデルフィアの子供病院の形成外科医が

永田小耳症形成外科外クリニックに、小耳症の手術を学びにやってきた。

今日から2週間の滞在予定だ。

「ウエリントン・J・デイビス・Ⅲ世」と名前が長くてなかなか覚えられない。

37歳の、形成外科医である。写真中央。

「小耳症を専門とした形成外科医になりたい」と言う。

今後とも何回も見学に来たいという。


小耳症の手術が困難で何回も見て学ばなければ

簡単にできるようにはならない手術であることを理解している。

当院には、毎年、世界中の形成外科医が、小耳症手術を学びに来る。


そのうち何人が出来るようになるかは、本人次第。

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DSC06104.jpg
Lobule type microtia.
耳垂残存型小耳症
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Normal anatomical position of the auricle in red.
本来の耳があるべき場所を赤で示す。
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Incision line.
切開線のデザイン。
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Fabricated 3-dimensional costal cartilage frame.
作成した3次元肋軟骨フレーム。
DSC06108.jpg
4 skin flaps foamed and skin pocket created.
4つの皮弁と皮下ポケットを作成した。
DSC06110.jpg
3-dimensional costal cartilage grafted under the skin pocket.
3次元肋軟骨フレームを、皮下ポケットの下に移植したところ。
今日の朝は、小耳症退院患者さんが1名。

明日の小耳症手術予定の患者さんが入院。


包帯交換を終えたら、11時40分。

今日は抜糸の患者さんが多かったので

時間がかかった。


抜糸の時期は、術後10日から14日までに行う。

糸の後がつかないように、細かな糸で数多く縫合しているので

抜糸には神経を使う。


本日は月曜日なので午後からは、外来の予定だ。

小耳症術前検査の患者さんが、3名予定となっている。





男子100メートルオリンピック決勝は

ジャマイカのボルト選手が、

9秒69と言う世界新記録でぶっちぎりの金メダル。

後半は一歩一歩ごとにぐいぐいと、他の選手を引き離していった。

最後の10メートルは、力を抜き、パフォーマンスの余裕だった。


もし最後まで全力で走っていれば、9秒6の壁も破っていたかもと、

思わせる走りだった。


陸上競技をやっていた私の背中には、稲妻が走った瞬間だった。


人類全体が祝福している。
夏になると子供達はみんな日焼けして真っ黒になる。


小耳症手術の時には、皮膚の色を見て

血行の状態を判断する。


ピンク色をしていれば、血行が良好で

安全な状態を意味する。

紫色ならば、動脈血の入りよりも、

静脈血の返りが悪く、うっ血していることを意味する。


白ければ、動脈血の入りが少ないことを意味する。

だから、皮膚弁への安全な決行の判断には、

皮膚の色が重要な判断基準のひとつとなる。


かつて私はクエートの形成外科学会から

招待講演と招待手術を依頼されて小耳症デモンストレーション手術を行ったが、

皮膚の色が暗い色の患者さんだったので、この色の判断に苦労した経験がある。


日本人であっても、

夏の日焼けがあまりにもすごくて

黒々とした皮膚になって来られると、

皮膚の血行上、安全か否かの判断が困難となることがある。


耳を作る形成外科医として、患者さんにお願いしたいのは

小耳症手術を受けられる患者さんには

あまり黒くなるほどの

日焼けを避けてほしいと言うことです。


手術終了後は、どんな日焼けをしても、かまいません。

北京オリンピックの陸上競技が始まった。

陸上競技は、スポーツ人口の底辺が最も多い競技である。

だから、この競技で、トップとなることは至難の技だ。


特に短距離走や中距離走は、

アジア人が出場することすらなかなか出来ない。

アジア人には向かないスポーツと言われている。


その中で、日本人選手は出場できただけで奇跡的だ。

女子100メートル、400メートルの競技に40年ぶりとか50年ぶりとかで出場できた。

が、当然予選敗退である。


黒人選手がほとんど活躍する世界だ。

10000メートルですら、勝てない。

体の違いがある。


そのなかで、アジア人金メダルの可能性が高いのは

唯一男子ハードル競技で中国人の選手だけだろう。

水泳の北島選手に匹敵する。


私もかつて、ハードルを走っていたので、

注目している。
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Lobule type microtia.
耳垂残存型小耳症。
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Normal anatomical position of the auricle in red.
耳が存在すべき場所を赤で示す。
DSC06073.jpg
Incision line.
切開線のデザイン。
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Fabricated 3-dimensional costal cartilage frame.
作成した3次元肋軟骨フレーム。
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4 skin flaps foamed and skin pocket created.
4つの皮弁を作成し、皮下ポケットを作成した。
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3-dimensional costal cartirage was grafted under the skin pocket.
Exseccive skin of the remnant ear was excised.
3次元肋軟骨フレームを皮下に移植して、
遺残耳介の余分な皮膚を移植したところ。

日本全国から

小耳症患者さんが入院している永田小耳症形成外科クリニック。


最初は、メールで自分は、遠いからと言うことで、

問い合わせてこられる方が多い。


患者さんの近くで、永田法を行っている病院を紹介してもらえませんか?

と言う問い合わせまである。


しかし残念ながら、国内にそんなに数多く小耳症手術を行っているところはないし

ましてや、完全な永田法を、まねできるところは一箇所も国内には無い。

先進国の海外にはいくつか出来るところがある。


なぜなら、日本中に毎年生まれてくる小耳症患者さんは

たった100名程度しかいないからだ。

各県に毎年手術年齢に到達した患者さんが2人か3人しかいない。


昨年の永田小耳症形成外科クリニックでの

年間小耳症手術件数が136件だったことからすると

2回の手術が必要なので、耳の数にすれば68耳と言うことになる。


10歳になった患者さんの手術であるから

日本中にその年は100名しかいない患者さんの

7割近くが当院に集まっていることになる。


だから入院中の患者さん達は、当然、日本中の方言を使って話している。


しかも、小耳症手術は、形成外科分野の中で、最も困難な手術である。

大学病院形成外科といえども、

1年に2例か3例しか手術していないところがほとんどである。

少なくとも小耳症は、年間50件以上の手術を行っていないと、

形成外科医として手術の技術すら維持できない。

そういう数件の経験しかない施設では、

いまだに、遅れた手術法であるタンザー法もどきの

手術を行っており、患者さんは当然不幸な結果となり、

結果として、作り直し手術を求め、当院へと

遠隔地であっても、患者さんが来ることになってしまっている。

費用も時間も余分にかかってしまうばかりか、

患者さん本人が最も被害をこうむる。


だから下調べが万全となった患者さんは、

遠くても最初から当院の小耳症手術を受けに来られている。


初めて小耳症の子供さんが生まれた家庭では、

このような事情が理解できるようになるまでは

いろいろと、悩み、迷われている方ばかりだ。


しかし、時間をかけてきちんと、科学的検索をすれば、

このような事実が何故おきているのかがはっきりと理解できて

遠くても、

永田小耳症形成外科クリニックへ受診されるようになった方たちばかりだ。


小耳症の耳介再建手術は、

非常に特殊で科学的にも

形成外科分野では、最も困難で

しかも、芸術的感覚のある特殊な医師にしか手術が出来ない

分野である。


普通の形成外科医が教授といえども

生半可な修行をしたくらいでは、耳を作れないのが現状だ。

と言うことを念頭に入れていれば間違いない。



北京オリンピック

水泳200メートル平泳ぎで、再び

北島選手が金メダル。

オリンピック新記録。


100メートル平泳ぎについで

ダブルの金メダルだ。

前回のオリンピックについで

2連覇と言う大記録だ。


海外選手に比べて小さな体であっても、

世界記録やオリンピック記録を打ちたて、文句なしの

金を取れると言うことを実践し、

見せてくれた北島選手の存在の意味は、大きい。


すなわち、日本だけに限らず、欧米諸国に比べて体の小さい

ほかのアジア選手全体にも、勇気を与えるものだ。

体は小さくても、

やれば、不可能ではない、と言うことを示してくれた点で

非常に大きな意味がある。


「金を取る」と自ら言って、

本当に有言実行。


すごいことだ!。

勇気と感動を再びもらった。


国民栄誉賞に匹敵する。