永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

男子バレーボールチームの、オリンピック予選で

日本は競合イタリアチームと対選

1セットをとられたものの

2セット3セットと取り戻した。

4セットは一時24対19となり日本の勝ちは確実と思われたが、

なんとそれからイタリアの猛攻撃が、功を奏して、イタリアにこのセットを奪われた。


第5セットはもはやイタリアペースとなり

負けてしまった。


なかなか勝てない男子バレーボールである。

この16年もオリンピックに出場できていないのは、なにかが不足するのだ。

どんな分野でも世界は、厳しいのだ。








DSC05628.jpg

写真の向かって左側が、私、永田悟。
写真の向かって右側が、現在、ニュージーランドのオークランドから
永田小耳症形成外科クリニックに
小耳症の手術の勉強に2週間予定で
見学に来ている形成外科医だ。

彼は両親が、香港人だった。
両親がニュージーランドに移り住んでから彼はニュージーランド人として生まれ
形成外科医となった。

ニュージーランドで最も大きな病院に勤務している。
形成外科医だけでも30名いるそうだ。

以前にも、その病院に勤めていた形成外科の女医さんが1年間、当院に留学していたことがある。


そもそも、日本で、最初にタンザー法の小耳症手術を行い始めたのが、
かつての東京大学医学部の福田修教授だった。

福田教授は、ニュージーランドの、この病院に1年間留学して
アメリカ人タンザーが開発した耳の再建法を、
ニュージーランドの形成外科医から間接的に学び日本に持ち込んだのだった。

私は、まず、その福田教授から、「タンザー法の福田変法」なるものを学んだ。
が、
いくらその手術を忠実に行っても、完全な耳とは、程遠い結果しかえられなかった。


そこで、タンザー法の間違いに気がつき、
それから、全く発想の異なる「永田法」を開発した。

1992年、1993年、と永田法の膨大な6論文が、
形成外科分野では最もレベルの高いジャーナルである
アメリカ形成外科学会誌に巻頭論文として記載されてから
永田法が世界中に広まるきっかけとなった。

そして、福田教授が、かつてニュージーランドの形成外科医から学んだタンザー法。

現在は、逆に、福田教授が学んだ同じ病院のニュージーランドの形成外科医が、
永田法を学びに、日本の埼玉県戸田市にある小さな、
永田小耳症形成外科クリニックにやって来るようになっている。

この間の歴史での立場の逆転は、感慨深い事だ。





DSC04293.jpg
髪の毛が耳のあるべきところまで生えている小耳症。
このような症例を、ローヘアーラインを伴う小耳症と言う。
このまま肋軟骨移植を行うと、耳の上のほうでは髪の毛が生える耳が再建されてしまう。
髪の毛が生えない耳を作るためには、全く別の手術法が必要だ。
この症例は、昨年11月に手術を行った。
DSC04294.jpg
手術のデザインを示す。
DSC04296.jpg
頭からまず毛根を含まない薄い皮膚を採取した後、
耳のあるべき部分に生えている毛根部分を切除した。
DSC04295.jpg
3次元肋軟骨フレームを作成した。
DSC04298.jpg
耳のあるべき場所に3次元肋軟骨フレームを移植し、耳の下半分は皮膚弁でカバーできた。
耳の上半分は、頭から起こしてきた生きた血管膜でカバーした。
切除した毛根部を耳の前において示している。
DSC04301.jpg
血管膜の上にあらかじめ頭から採取していた毛根を含まない薄い皮膚を移植した。
そして半年がたった。
DSC05625.jpg
髪の毛が生えない耳が完成している。
DSC05626.jpg
本日の耳立て手術のデザイン。
DSC05630.jpg
耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成。
頭からは、2枚目の血管膜、すなわち骨膜を含む膜を起こした。
さらに薄い皮膚を採取した。
DSC05631.jpg
耳を上から見たところ。耳が立っている。

このようにローヘアーラインを伴う小耳症手術は、髪の毛が生えない耳を作るために
非常に複雑な手術を行ってやっと耳が再建される。

この手術法も、永田法である。

従来法のタンザー法やブレント法では、できなかった分野だ。
院長は相変わらずクリニックでお泊りですが、私は毎日電車とバスを乗り継いで、通勤しています。
みんな大変ですねと言うけれど、これが結構な息抜きで、とくにダイスキな文庫本が手に入ったときは早く電車に乗りたくてたまらない。
さっさと席を確保して、続きを読みたかったのだけれど、あいにく昨日は座りそこなってしまいました。
でも席が空くのをまっていられず、つり革につかまりながら読みふけっていたのです。
と、誰かが私の右肩をたたくので、ふと見ると知らないおじさんが・・・

「?」
すると二つほど離れたところに空席があり、それを指差しているのです。
おじさん、グレイヘアで私と年齢はそんなに変わらない。
「生まれついてのフェミニスト?」
「あれ、知ってる人だっけ?」
と怪訝な気持ちでありましたが、
とりあえず
「ありがとうございます。」と座らせてもらいました。

駅に着き、トイレに入って鏡を見たら、なぞが解けました。
良く言えばモジリアニか、はたまたムンクの叫びか・・。
疲れた顔のおばちゃんが、そこにいたんですね。
私、いたわってもらったみたいです。
よほど、老けて見られたのかと、ショックでした。

最近じぶんの加齢を感じることがあります。
たとえば自転車に乗って、混雑した車を縫って走っているとき、
車の中から
「ぎっ!」と睨まれたりすると、
心の中で「ごめんなさいっ」と謝っているんだけど、結構悲しいものがありますよ。
それからいままで着ていたものが、気後れして着られなくなったとき。
詰まんないことでかっと頭に来て、ぷんぷんしてる時。

うーん、冷静に考えると、どれも若いときからなんですけどね。
これからはあまり鏡は見ないでおこうかなと、ため息交じりで考えているところです。

DSC04226.jpg
耳垂残存型小耳症および副耳。昨年秋の手術術前の状態。
DSC04227.jpg
術前のデザインを示す。
DSC04232.jpg
皮弁形成および皮下ポケット作成を行っている。
DSC04231.jpg
右前胸部より肋軟骨4本を採取し、それらを彫刻等で削り、
ワイヤーで3段重ねにして作成した3次元肋軟骨フレーム。
ワイヤー固定は60箇所にも及ぶ。
が、表には、ワイヤーが出ないように埋め込んで固定している。
DSC04233.jpg
3次元肋軟骨フレームを皮下に移植したところ。
DSC04236.jpg
陥凹部に、ガーゼをつめて糸で縫合固定したところ。
DSC05618.jpg
そして5月29日・本日の耳立て手術術前の状態。
DSC05619.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
DSC05620.jpg
耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを作成した。
それを生かし、耳の後ろからカバーして血行を増強するための血管膜を
頭から起こしたところ。
その耳の後ろへ最終的に皮膚を移植するために同じ色になるように
頭から薄い皮膚を採取した。
DSC05621.jpg
耳を頭から見たところ。本当に耳が立っていることがわかる。
DSC05623.jpg
耳を前から見たところ。
耳が立っている。
血行が良いので、耳の腫れは入院中に引いてゆく。
昨日、ニュージーランドのオークランドから、

形成外科医が、小耳症手術の見学目的で

永田小耳症形成外科クリニックを、訪れた。


ニュージーランドから学びに来た形成外科医は、これで2人目になる。

以前は、1年間の留学をしたシェリー・モコ女医がいた。


今回の医師に聞くと、モコ医師は、結婚後に、オーストラリア人となっている。


今回の医師は、両親が香港人だったそうだ。


来る前に、カナダ・トロントのシックチルドレン病院や、

台湾のチャングン大学病院と言った形成外科の有名どころを見学してきたとの事


両病院とも、私のところへ長期間留学生を送ってきたことがあり

現在は、永田法の小耳症手術を行っている。


今回来た医師も、それらの医師こともすでに知っていた。

世界は狭いものだ。

DSC04204.jpg
昨年秋に、耳垂残存型小耳症の肋軟骨移植術を行った時の術前。
DSC04205.jpg
デザイン。
DSC04210.jpg
皮膚弁形成および皮下ポケット作成時。
DSC04209.jpg
3次元肋軟骨フレームを作成した。
DSC04211.jpg
皮下に、3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
DSC04212.jpg
手術終了時の状態。
DSC05601.jpg
今年の5月27日、耳立て手術術前・。
DSC05602.jpg
耳立て手術のデザイン。
DSC05603.jpg
耳を後ろから支えて立てるための、肋軟骨ブロックを作成した。
それを生かすために、耳の後ろからカバーするために、頭から生きた血管膜をおこした。
そのさらに、後ろに頭から薄く採取した皮膚を移植する。
DSC05605.jpg
耳を上から見たところ。耳が本当に立っている。
DSC05604.jpg
耳を前から見たところ。
DSC04155.jpg
昨年秋の、耳垂残存型小耳症の術前。
DSC04156.jpg
デザインの完成。
DSC04158.jpg
前胸部から、短い傷で肋軟骨を4本採取した。
DSC04160.jpg
4本の肋軟骨を組み合わせて、3次元肋軟骨フレームを作成した。
その余りの肋軟骨を示す。
この余った肋軟骨を肋軟骨膜下に、粉々にし手入れ戻すと、
肋軟骨は再び再生されるので、胸は変形しなくてすむ。
DSC04162.jpg
皮弁形成および、皮下ポケット作成した状態。
DSC04163.jpg
3次元肋軟骨フレームを皮下に移植したところ。
DSC05597.jpg
今年5月23日、耳立て手術デザイン。
DSC05598.jpg
耳の後ろから、支えとして耳を立てるために移植する肋軟骨ブロックを作成。
耳の後ろからその肋軟骨ブロックをカバーして生かすための血管膜を頭から起こした。
その後ろから皮膚を移植する。その薄い皮膚は頭から採取した。
DSC05599.jpg
耳を上から見たところ、耳が立っていることがわかる。
DSC05600.jpg
耳を前から見たところ。
DSC04126.jpg
昨年の秋、耳垂残存型小耳症に対して肋軟骨移植術を行った。その術前。
DSC04127.jpg
デザイン。
DSC04131.jpg
皮弁形成、皮下ポケット作成の状態。
DSC04128.jpg
3次元肋軟骨フレーム作成。
DSC04132.jpg
3次元肋軟骨フレームを皮下に移植したところ。
DSC05587.jpg
今年の5月22日の状態。
DSC05589.jpg
耳立て手術のデザイン。
DSC05590.jpg
耳の後ろに、耳を立てるための支えとして移植する肋軟骨ブロック。
頭から起こした血管膜出耳の後ろをカバーする。
その上に、皮膚を移植するため頭から薄い皮膚を採皮した。
DSC05592.jpg
耳を頭側から見たところ、耳が立っている。
DSC05591.jpg
耳を前から見たところ、耳が立っていることがわかる。
来月行われる「松田聖子」さんのコンサートに行くことになりました
友人が「チケットが余ってるけど行く?」って・・・
もちろん、行きます!!行きますとも!!
聖子ちゃんですよ!!
いつもカラオケで歌う、あの聖子ちゃん!!

で、新しいCD買っちゃいました
きっと、新曲も歌うでしょ
予習、予習・・・

CA5U1COC.jpg

これ、DVDもついてた

かっ、かわいい・・・
40歳過ぎてるっていうのに・・・
服もピンク・・・このメイクもピンク
こんなにピンクが似合うなんて

聖子ちゃんを見てると、歳をとる事は怖くないって思ってしまう
こんな風にかわいらしく、そして生き生きと歳をとっていきたいなぁ・・・
まぁ、聖子ちゃんだからできること・・・
ですけどね
自民党が、いつに無くあわてている。

道路財源の一般財源化問題で、若手議員の氾濫。

後期高齢化医療費問題。

社会保障費削減問題。

など、

決めたはずの自民党自身が、制度の見直しを

実施してたった2ヶ月もたたないのに、ささやいている。

これは、あまりにもいい加減な無責任立法だった。

今日は、日本女子バレーボールのタイとの試合があった。

これまで戦ってきたすべてを勝利し、

昨日も、韓国戦に勝って、ついに念願の北京オリンピック出場権を獲得したチームだ。

「これからが、オリンピックへのスタートです。」と述べていた。


だから、今日は簡単に勢いで勝つのだろうと思っていたが、とんでもない試合となった。

なんと、接戦の末、第1セットを落としてしまった。


第2セットになってからは、逆になんと11点もの得点差を広げて勝った。

日本チームの普段の実力さえあれば、こんなものだと、思い、

次のセットも軽く勝つだろうと思ったら、さにあらず。


第3セットに入ると、一時は、後1点で勝ちというところまで行ったのに、

なんとも逆転されて、又このセットを落としてしまった。

次のセットを落とすと日本は負けになるのだ。



もう後が無い日本は、辛くも、第4セットを取り返して

フルセットへと持ち込むことができた。

ほっとした。


最終セットでようやく勝利して、日本チームが勝った。

はらはら、どきどき、の試合だった。


と言うのも、柳本監督が、かつて、タイのバレーを指導していたことがあり

その弟子だった人が、今回のタイの監督だったのだ。

だから日本バレーを知り尽くしていた。

今まさに伸び盛りの侮れないチームだったのだ。

油断大敵!


次のセルビア戦は強敵なのだ。

どうなるのか、気を抜けない。
今日の午前中も

はるばる遠隔地から、飛行機や新幹線を使って

外来に、小耳症の患者さんがいらっしゃった。

だから、土曜日の外来は、いつも込んでいる。


当院は、耳の形態を再建する唯一の専門病院だから

常に遠隔地からの患者さんばかりと、なっている。


これから夏休みに入ると、土曜日はもっと混雑する。

初診の患者さんは、1時間半もの説明時間が最低必要なので

待ち時間も長くなる。

すると帰りの飛行機や新幹線には間に合わなくなることもある。


待たなくてすむには、水曜日の午後が最も良い。
今日は後5分で終わろうとしている。

どこかの山に登って、「おーーーーーい!」

と叫びたい気分だ。


今日が終わってほしく無い。

昨日と同じように、

眠ったら明日になってしまう。
今週は、何かものすごく速く過ぎている。

と言うのも、昨日は、オペが終了し、

包帯交換がすむやいなや、

どてっと、横になったと思ったら最後

気がつけば、朝になっていた。


そのまま手術室へ行き、

耳立て手術を行って、


今は、もう夜の10時を過ぎている。

あーーーー。


考える暇も無い。
今日の、日本女子バレーボールチームが、韓国戦に勝利して

北京オリンピック出場権を獲得した。

5戦全勝のストレート勝ちによるものだから

実力がついているのだ。


日本は、かつて東京オリンピックの時に

女子バレーボールは、東洋の魔女といわれ、

金メダルを獲得した。


それから幾度となく世界の強豪を継続し、

日本のお家芸とまで言われていた時代があった。


しかし最近は、あまり振るわなくなっていた。

オリンピックの出場すらできなかったこともあった。


今年はそれが、よみがえってきているような勢いが感じられた。


かつて東洋の魔女と言われたときの服装は

ふくらみのあるブルマー姿で、ちょっとセンスを疑われたが、

今年のユニホームは、決まっているし、

選手達も垢抜けている人が多い。


現代日本バレーボールを、美しく見せられる今回の

選手達に、今後も期待する。




今日も園長先生はいない。

一人での手術だった。


写真は撮っているが、

画像取り込みを、園長先生にやってもらわないと

載せることができないために、

来週まとめて記載します。


それにしても、

昨日と今日の同じ手術で、

手術室を出た時間は、5分のみの違いだった。

今日は、耳垂残存型小耳症の、耳立て手術だった。

午後から、園長先生が、いなくなったので、

手術中の写真は撮影しているものの、

来週の火曜日の夕方になるまでお待ちください。


明日も園長先生は、大阪に行って当院にはいないので、

耳立て手術予定だが

終了時間が少し遅くなりそうだ。
先週、スペイン語の先生にスペインバルを教えてもらった。
恵比寿にある「ティオ ダンジョウ」
ここは、1階がバルで、2階がレストランになっている
1階のバルにはイスが一切ない
みんな立ち飲み、立ち食い・・・
これが本当のスペインぽいんだとか。。。

頼んだのは
CAGYE2O3.jpg

つまみの様なもの・・・生ハムやオムレツやらちょこちょこのっている
まぁまぁ美味しい

CATKQGK6.jpg
「牛胃袋の煮込み」 これはとっても美味しかったぁ
写真じゃわかりにくいけど、よく見ると、蜂の巣みたいにボコボコした胃袋が・・・
これをパンに付けて食べるのも美味しい

さらに「生ハムとマッシュルームのソテー」も注文
写真とるの忘れてしまったけど、これも美味しかったです

先生はこの立ち食い、立ち飲みが落ち着くらしい。。。
確かに、沢山の人が入っていて、結構混雑していたので、人気のバルなんでしょう
お酒が好きな人には、ふらっと立ち寄って、ちょこっと食べて、飲んで・・・ならいいのかも

でも・・・
私はやっぱり座って、ゆっくりくつろいで食べたいなぁ・・・


現在、女子バレーボールのオリンピック予選が行われている。

柳本ジャパンが、がんばっている。


つい先ほどまで、テレビで応援していたところだ。

プエルトリコ共和国に対して、3セット対1セットで、

日本チームが勝利した。

息が詰まるような試合だった。が、

これで、4連勝である。


それぞれの試合は、ひやひやさせられるが

結果としては、勝利となって、ほっとしているところだ。


テレビで試合を観戦しながらも

手にはうっすらと汗がにじんでいた。

勝ってくれると、気分晴れ晴れ。勇気百倍。

「うれしーーーーい。」


次の試合の韓国戦で勝てば、

最短でオリンピックの出場権が得られる。


期待している。
今月までは、耳立て手術が圧倒的に続いている。

昨年の夏から秋にかけて、肋軟骨移植術が続いたからだ。


来月に入ると、夏過ぎまで又、

肋軟骨移植ばかりが毎週毎週連続している。

毎年の連続するリズムだ。


このようなリズムで、

永田小耳症形成外科クリニックでは、

一年中、小耳症に対する耳の再建術が

途切れることなく繰り返されている。
今日は、小耳症の退院患者さんを診察し、

入れ替わりに明日の小耳症の耳立て手術の患者さんが入院した。


10時から小耳症の入院患者さんたちの包帯交換を行った。

包帯交換には時間を要する。

抜糸など始まると、格闘技のようだ。

包帯交換につく看護士さんも大変だ。



子供達は、包帯交換が終わるのを待ち構えていて、

お互い遊ぼうと、てぐすねをひいている。

入院中の患者さんの出身地は、

長崎県、徳島県、静岡県、栃木県、福岡県、東京都、山形県、兵庫県、神奈川県、三重県などと

日本全国だ。

言葉はお互いに違っていても遊びは共通だ。


午後からは外来が始まる。

早速、初診の患者さんのようだ。



コカコーラの海でなく

私自身の海。


その独自の波間から

突然、波しぶきを上げて

出現する白い風。

風の音に皆が振り返る。


と、そこから沸き立つ噴水が

みるみると変化する。


スローモーションで、

中からひときわ白い輝きが現れる。

それは何?

微笑むビーナス?


どこまでも青い空へ、

輝きながら

限りなく飛びはじめ、


気がつけば、

あらゆる場所から

無数のビーナスが、

天空へと飛んでいる。


一点へと、飛んで行き、そして交差した瞬間

奇跡が起きた。


大空に、理想の君が微笑んでいる。









灼熱のゆらめき

こみ上げる想い

怖いくらいに抑えられなくなる。


沈めようとしても止まらない。


噴出す炎が、身を焦がす。


太陽をも焼き尽くす。

怖いくらいに熱き想い。


走り出したら止まらない。

ブレーキの無いロケット。


ほら、炎がすべてを焼き尽くす。

私の体も骨も血液すらも、焼き尽くす。


私の想いが、私の脳を焼き尽くす。

君の脳も、ほら、燃えている。


この灼熱が世界をすべて焼き尽くす。
DSC04120.jpg
昨年、耳甲介型小耳症。の術前。
DSC04121.jpg
手術デザインの完成。
DSC04123.jpg
皮弁形成と皮下ポケットを作成したところ。
DSC04122.jpg
3次元肋軟骨フレームを作成したところ。
DSC04124.jpg
皮弁を開いてみたところ。
DSC04125.jpg
3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
下においてあるのは、摘出したもともとの耳の軟骨。
DSC05579.jpg
そして、本日の術前の状態。
DSC05580.jpg
耳立て手術のデザインを示す。
DSC05581.jpg
耳の後ろから耳を支えて立てるための肋軟骨ブロックと、
それを生かすための耳の後ろから生きた血管膜組織でカバーするために、
頭から血管膜を起こしたところ。
さらに、その上に皮膚を移植するため、頭から薄い皮膚を採取した。
DSC05582.jpg
耳を頭から見たところ、耳が立っている。耳の後ろの腫れは入院中にひいてゆく。
ここの所、院長も、○先生も歯医者通いをしているようで・・・
何かと、歯の話に・・・

実は私もここ何年か前から、冷たいものが時々しみる
最近、歯を磨く時に歯ぐきに歯ブラシがあたると痛いなぁ・・・と感じるようになっていた。
でも・・・歯医者はキライ
行かなきゃ・・・と思いつつ、でも、行きたくない

最近、院長は歯の神経を抜いてもらい、歯の痛みから解放されたようで・・・
「ばら色の世界」・・・だそう

なので、私にも
「早く歯医者に行った方がいいよ・・・ヒヒヒ・・・」
と。。。。

今日は、仕事が早く終わったので、近所の歯医者へ勇気を出していってみた
入るとやっぱりあの音が・・・ウィ~~ン、ウィ~~ンって。。。
いやぁ~~

レントゲンを撮って、先生に診てもらうと
「歯周病ですね。ブラッシングが強いせいか、歯根が削られてしまって、知覚過敏になってるんです。でも、不思議ですね、奥から2番目のとこだけで、そこだけ強いのかな???」と・・・。
幸いな事に虫歯はなかった。今回は削られたところに詰め物しておしまい。
ウィ~ン、ウィ~ンされずに済みました

しかし、次回歯ブラシを持ってこいと・・・
どうやらブラシが硬いか、強いかなのでみますと。
この年になって「ブラッシング指導」されそうです(笑)

中国の大地震が起きてから1週間が経過した。

3万人以上の死者が確認されており、

生き埋めとなった人たちがまだ1万人以上とも言われている。

この地震による断層が100キロにも及びできている、

断層の高さは、30メートルにも及ぶとてつもないものだ。


神戸の震災で、できた断層は、10キロだった事と比較しても

その、破格的なエネルギーが推測される。


もともと太古の昔、インドは、ユーラシア大陸とは別の大陸だった。

このインド大陸は、南半球にあったものが北上して来て

ついにユーラシア大陸とぶつかり、ぶつかっても,さらに北上しているために

世界で最も高い山、エベレスト山脈を、作り上げてしまった。


そのエネルギーはすざましく、エベレスト山脈北部の

中国側までをも一塊として、押し続けており、

その力の及ぶ部分の地表が裂けてずれ、

巨大地震がおきたのだ。


選りにもよって、そこには、

今注目を集めているチベット人たちも多く住む所だ。

さすがに、中国は、オリンピックの聖火リレーを3日間中止する。


先月、エベレストの頂上まで聖火リレーを行って世界に発信していた事とは対照的だ。

そもそも、チベット人権問題で、中国は、世界からいろいろと注文をつけられ

世界中で妨害が入った前代未聞の聖火リレーだった。

まさに、そこに、この大地震であるから、

何か、神の力が働いたのかも知れないと感じても、仕方の無い事のようだ。



この巨大な地震に人間は、とても対抗できなかった。

現在は、崩れ落ちた山からの土砂で、川が何箇所にもわたりせき止められて、

自然のダムができている。

運の悪い事に、これから雨季で、大量の雨が降ると、

増水して、その自然のダムの決壊が起きる危険となっている。

その危機ために日本からはるばる行っている救援隊は、

今日からは、いったん撤収せざるを得なくなった。


まことに恐ろしい事だ。

偶然とはいえ不思議な事がおきるものだ。





国会で、あらゆる新憲法法を打ち出すと、

ろくな事が無い。


後期高齢者医療制度、をはじめ

年金の未払い問題の発覚。

医療福祉削減による、医療崩壊そしてその結果起きたのは、救急患者のたらいまわし。

研修医制度改革による医師不足問題。


教育改革による学力低下問題。

などなど、

国会で新たに決めた憲法が、悪い結果ばかりとなって吹き出している。

それなのに、誰もその責任を取らないというのは、あまりにも無責任と言って良い。
かつて私が大学の医学部に入学した時には、

2つの県に1つの医学部しか存在しなかった。

が、今は、1つの県に1つ以上あるいは2つ3つもの医学部がある。

20年ほど前は、これで、日本は医師過剰時代を迎える事になると

厚生省が述べていた。が、

これは真っ赤なうそだったと今頃はっきりとしてきた。


国際的にも日本における人口当たり医師数は先進国最低の数なのだ。

だけれども、この、うそついていた事を国は謝ることない。



いつも今後の医療費は膨大となっていくと過大な事を述べていたのに

その予測は間違いだったと述べる事も無い。



この国の政府は、いつも何か、うそをつき通している。

福祉を削って国民が安心できるわけが無い。
耳は体表の中で、形態が最も複雑な形をしている。

だからこそ耳を再建する事は、形成外科分野でも最も困難な手術である。

世界中からおびただしい数の論文が出ている分野であるのは

それこそ正常な耳を作る事が困難だったからである。


耳の正常な形態を、すべて省略することなく再建できる方法は

1992年1993年の私の論文が、アメリカ形成外科学会誌に6論文を載せてからだ。

それからさらに数多くの耳の再建をこなしており

総計、1800をはるかに越える耳の再建を行ってきた。


小耳症と一言で言っても、手術前の形態は

患者さんごとに、それぞれ異なっており

最高の再建結果は理想の耳と言う一点にあるから、

手術法は各個人ごとに異なってくる。


しかも、小耳症は、実にデリケートな手術を必要とする手術である。

現在、世界中で、年間の耳の再建手術件数は当院が最も多い。


左右対称な耳を作るためには、事細かな基準と理論に基づき

確かな芸術的しかも科学的な手術の腕を毎週磨き続けなければならない分野である。

永田法の手術時間は8時間を2回要する手術である。

それで完全な形の耳となる。

タンザー法やブレント法などの従来法なら3時間手術を、3回か4回行っていたが、

それでもまともな耳にはならなかったのだ。


耳の再建手術の医師の腕の維持には

年間100例以上の手術件数が必要なのだ。

しかしその数を上回るところは、国内では当院以外に無い。


なぜならば、出生件数が、日本中で多く見積もっても130件くらいしかないからだ。

当院ではかつて他院で手術を受けたものの不幸な結果となり

耳の作り直しを求めて来院される方も多いために

昨年の永田小耳症形成外科クリニックでの

年間耳再建の手術件数は136件ともなっている。