永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

サルトル様のブログにあったように、「風邪がはやっている・・・」
体調を崩した人・・・
そう、私もその一人・・・
お休みしてしまう状態に・・・
スミマセンでした・・・

なんて事でしょう・・・・
家で静かに寝ていました
もーーーー、寝すぎってくらい寝て、もう背中が痛いよってくらい。。。

鼻もティッシュケースが1日1箱ペースでなくなる程、いーっぱいかんだ
ここまでかみ過ぎだと、トナカイさんになっちゃう!!
けど、そうならない様に今回は努力しました。
鼻をかむ前に鼻にワセリンをたっぷり塗って、かみ終わったら、またワセリン・・・
なんとか鼻の赤さは最小限に留めた(たぶん)
あっ、もちろんローションティッシュですよ。
花粉の季節、この方法はいいかも・・・
ちょっと、外では出来ないけど・・・。

で、今日は体調も良くなり、出勤
いつも朝は眠くて、眠くて。。。
しかし、今日は
早く朝にならないかな。。。
と、遠足前の子供みたいにワクワク・・・
(あまりにも寝すぎてたので、夜、目が覚めてただけか。。。笑)
外はとても気持ち良くって、家に缶詰だった私は嬉しかった
そして、誰かと話が出来るって、幸せと感じた1日でした(笑)

やはり、健康が一番です
園長先生。。。
大丈夫かな。。。

いやいや!


園長先生!


久々の登場である。


 


いやいや・・・


園長先生、、、朝からおなかの調子が悪く、


また・・・久々に悪感がした。


 


院長婦人からは、、、


「みかん、イチゴ、パイナップルを食べ過ぎ!!!


  一人でめちゃくちゃたべたでしょう!」


サルトル院長からは、、、


「犬とチュッチュッしすぎ!」


だのだの・・・


まあいろいろと言われ、


ベルバラ様やカルメン様からは・・・


「か・く・じ・つ・にインフルエンザね!」


・・・だって。。。


・・・で、園長先生的には、


サルトル院長のベッドで、少々横になるつもりだったが、


秒殺で却下!


結局早退することに・・・


 


で、、、帰って横になると、


睡魔が・・・


気がついたらこの時間である。


悪感もなく、おなかも問題ナッシング!


復活した。


 


結局、、、


あの悪感とお腹の調子は・・・


みかん!?


・・・だったの???


 


園長先生もサルトル先生同様・・・


「・・・は風邪をひかない!」


のかも。。。(笑)


 


 


 


 

先週から今週にかけて


看護婦さんたちが風邪をひいている。


発熱した看護婦さんにはお休みしてもらった。


 


そして、今日は、手術中に園長先生が、寒気がするということで


夕方、早めに帰した。


 


このところ風邪がはやっているようだ。


が、


なぜか、みんなが風邪をひいても


私は、いつも、なんともないのだ。


 


園長先生、いわく


「永田先生は、まったく風邪をひかない化け物。」


 


カルメンさん、いわく


「永田先生は、人間ではない。」


 


私は思う。


「馬鹿は風邪をひかない?」

今日は、ローヘアーライン小耳症の耳立て手術だった。


ローヘアーライン小耳症の場合は


頭を走る血管の走行が通常とは異なって


耳から遠い前のところを走る場合が多い。


動脈が耳から遠いので、


耳をカバーするために


苦労することもある。


今日も、ブログ用のカメラが出てこなかったので


写真を掲載できないのが残念だ。


 


何はともあれ


ようやく今週が無事終了した。


1月も2月も毎週3例ずつの小耳症手術を行った。


来月も、同様の予定が、つまっている。


 

今日も、耳甲介型小耳症の、耳立て手術だった。


園長先生のカメラでブログ用の写真を撮っているのだが、


今日は


園長先生のカメラが、なぜか、


どこにあるのかが、わからない状態だったので、


残念ながら


本日のブログ用写真が撮れなかった。


また明日も、


耳立て手術の予定となっている。


ただし、厳しいローヘアーラインを伴う小耳症の、耳立て手術だ。

毎日毎日、小耳症治療に明け暮れていると


それ以外のことを考えたくても時間が足りない。


 


なにしろ、手術時間は、


朝から夕方までたっぷりとかかる。


手術中は、もくもくと手術を遂行するのみなので、


気がつけば、もはや、いつも夕方となっている。


 


手術日は週に3日なので


この3日はあっという間だ。


 


あまりにも早すぎる1週間に驚くばかりの日々だ。


きっと、気がつけば、すぐ、10年過ぎているのだろう。


自分の時間も少しはほしい。


 


 

札幌の産婦人科会が


2次救急を4月から行えないと、


市役所に提出した。


 


市役所は、何をすることなく、ただ、継続してほしいといっている。


病院数が3分の2に減少していて


産婦人科が夜中の重症な患者をこれ以上受け取れない状態となっているのだ。


 


東京都などでは、産婦人科の獲得のために


特別金を用意した。


大阪の病院では


麻酔科の医師の獲得のために


特別金を出すといっている。


 


地方自治体といってもこれらは、日本の大都市での話である。


 


国は、まだこの状況が理解できていないようだ。


国民医療費削減で、医療崩壊が起きていることを。

今日の外来も、小耳症の初診の患者さんが


遠路はるばるこられた。


 


長時間の説明を受けて


予約をおとりになり、


病室を見学されてお帰りになった。


 


「来て、説明を聞いて、見て、はじめて、よくわかりました。」


とおっしゃる。


 


当院の小耳症手術の説明は、


私が、アメリカ形成外科学会において形成外科の専門医に


3時間のインストラクショナルコースで教育をするための資料を、


画像を使い、そのまま使って説明している。


 


 


 


 

 


当院で、


両側とも第1回目の肋軟骨移植手術が終了した両側小耳症の患者さんが、


聞こえの手術を希望されたので、


「補聴器をはずして通常と同じように


日常会話ができるように聞こえることが確実に可能な施設は、


アメリカのバージニア大学の施設しかない。」という事を説明したところ、


手術を希望されたので、紹介していた。


 


この患者さんが、アメリカの施設で聞こえの手術を受けて


今日で2週間となる。


この患者さんのご両親からメールが入った。


 


「アメリカで聞こえの手術を受けてから2週間になります。


手術は成功です。


生まれて0歳児から10年間付けていた補聴器が外れて会話ができています。


本当に信じられないことです。


永田先生にジャスドーファー教授の聞こえの手術の事の


説明を受けてから10年になります。


今は、体の一部となっていた補聴器が外れて、本人は物足りなさそうです。


ジャスドーファー先生とケッサー先生に会うことができました。


永田先生の作った耳はすばらしい、といわれました。


アメリカの食事に不満はありますが


残りの日々を楽しもうと思っています。」


との内容だった。


 


このように、私の手術した両側小耳症の患者さんの中で、


アメリカの施設を紹介して聞こえの手術を受けられた患者さんは


全員、補聴器なしで日常会話が可能となっている。


 



同じルートで手術を受ける予定の両側小耳症患者さんが


今年中に、予定されている。


 


残念ながら日本では、このような聞こえの確実な手術は不可能だ。


 


 


 

小耳症手術は、2回の手術をして耳を作る。


1回目は耳の形をした3次元肋軟骨フレームを皮下に移植して


耳の表を作る。


すなわち、耳が頭にくっついた状態となる。


 


半年後に、耳を立てる手術をする。


そのためには、これまで何回もこのブログに示してきたように、


耳の後ろから支えて耳を立てるための肋軟骨ブロックを移植して


それを生かすために頭から血管膜を起こして、耳の後ろをカバーして


頭から採取した薄い皮膚をその上に移植する。


 


1回目の手術よりも、2回目の手術のほうが、やや時間を必要とし、


困難である。


 


皮膚移植しかしない従来法の手術では、2回目の手術のほうが簡単だった。


が、耳は分離しただけで絶対に耳は立たなかった。

DSC03700.jpg


半年前の手術時。耳甲介型小耳症術前デザイン。


DSC03701.jpg


3次元肋軟骨フレームを作成した。


DSC03702.jpg


皮弁および皮下ポケットを作成した。


DSC03703.jpg


3次元肋軟骨を皮下に移植した。半年後の状態が下の写真である。


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半年後の今日の状態を示す。耳立て手術を行う。


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耳立て手術の、デザインを示す。


DSC05051.jpg


頭から血管膜を起こしたところ。


耳の後ろに移植して、耳を支えて立てるための、肋軟骨ブロックを作成した。


頭からは、薄い皮膚を採取した。


DSC05052.jpg


耳が立っている。


DSC05053.jpg


すべてを縫合した状態。


 

この土曜日と月曜日で、


小耳症患者さんの、初診の患者さんだけでも、計5名いらっしゃった。


だから外来は忙しく時間がかかった。


 


いずれも、1時間半くらいの時間をかけて説明した。


時間がかかるために、了承を得て、


2家族同時に説明した家族の方もいる。


とにかく初めての患者さんは、ほとんど耳の作り方を理解していないことが多いので


詳細に理解をしていただくのに時間がかかる。


形成外科医でも細かな理解に時間がかかることを、


素人の方たちに理解していただくためには時間がかかる。


 


実際の手術の状態を画像とイラストを交えて


なぜこのような手術が必要となっているのかを説明する。


さらに記憶に残るように資料をお渡ししている。


 


従来の手術法との比較も、表にして写真とともに説明している。


じっと見ていると見れば見るほど違いがわかるように


なっている。


 

目を閉じて、


耳を澄ませば、


どこからか


聞こえて来る波の音。


吹きわたるそよ風が、


霧を消していく。


 


その中に


見えてくる


白い砂、


コバルトの海。


 


寄せては返す波間から


君は突然やって来た。


 


白き彫像。


稲妻の衝撃。


震える鼓動。


今にも君に響きそう。


 


キラキラと


容赦ない君の輝き、


何も見えなくなる。


 


網膜にプリントアウト、


君の残像。


 


失神しそうになるのを、


必死にこらえ


心の視線は離さない離れない。


 


ゆらめく髪の谷間から


リズムとともに


心刺す


君の眼差し。


 


もう、壊れてしまいそう!


 


憶えているだろうか


そんな私を!


 


憶えているだろうか


共鳴の日々を!


 


憶えているだろうか


あの歌を!


 


私は今も燃えている!


尽きることなく。


 


私の心の奥に


繰り返すメモリー。


DVDより鮮明に!


 


私は今も歌っている。


あの


亡き歌手の歌を!


君の残像とともに。


 


イル・チェールロ!


と・・・・・


思い出と共振


再び


 


 


 


 


 


 

ここ1週間くらいで、どうしてもやめられないものがある
それは・・・

『豆大福』

月曜日の仕事帰りにコンビ二に寄ったら、豆大福が置いてあった。
ものすごく食べたくなって、2つ買って帰った
そして、火曜日は、前日買った残りの豆大福を食べ、
木曜日にも、豆大福を買って食べていた
・・・・・・
やめられない・・・
おいしい
以前は大福に豆が入っているのは、あまり好きじゃなかった。
なのに、急に食べたくなった。
豆大福なんて、久しぶりに食べたのに、
はまってしまった。

そして、今日は恵比寿のフラメンコショップに行き、その帰りに銀座に寄ったのだが・・・
銀ブラして、何を買ったって・・・

『塩豆大福』
豆大福だけ買って帰ってきました(笑)

これだけ大福を食べてたら、一気に太りそう・・・
でも・・・

これから食べよっと

ジェット機で世界中あっという間に、行けるようになった現在は、


世界の中に、日本も存在していると、考えるよりも


さらに、世界があってこそ日本も生きていける。


と考えなければならない。


 


食糧の大半が輸入に頼る日本であり、


原料を輸入しそれを加工した生産物を輸出して、その差額でお金を稼ぐ日本であるからだ。


 


一方医学領域では、遅れをとっていた。


 


医療技術のほとんどが、欧米で開発された方法を使わしてもらって


日本人のために治療されているのが現状だ。


たとえば、心臓移植は、40年も前に南アフリカで世界第1例目が行われて、


アメリカでは、もはや毎年2000例もの手術が行われている時代になった頃になって、


ようやく、日本では心臓移植手術が解禁され、


読売新聞の第1面の記事となったほど日本は遅れをとっていた。


 


同様に形成外科分野も遅れていた。


そもそも形成外科という分野が日本にできたのも


まだ50年くらいなのだ。


しかし現在


小耳症の耳つくり法は、


永田法なので、日本で開発したものである。


世界各国から招待講演依頼に応じてきて


次第にこの方法が世界に広まった。


この方法が開発されて


国内でも海外でも学会報告してから20年をはるかに超えて経過している。


 


以前に私がこのブログにも数多く書いてきたところである。


そんな中で、このブログを見た方達から


いろいろなコメントをいただいてきた。


中には、「ここは日本なのだから、日本のなかで考えるべき」


とのご意見もいただいた。


 


しかし、あまりにも劇的に進歩を遂げると、


国内だけでは、理解がされない場合がしばしばある。


世界中が認めて、実際に行われるようになってこそ、人類の財産として残っていく。


そして、日本に外圧としてのしかかってから初めて


日本でも重い腰を上げていることが多い。


一般化するのに最低30年もの歳月を必要としているのが現状だ。


 


心臓移植手術が、その良い例である。


すでに、人類初の月面着陸が28年も前にアメリカが実現しているのに、


日本では、月に人工衛星のみが到達して、


その画像を感激してテレビニュースにしたのが去年のことだ。


最低30年は遅れているということだ。


 


常に科学者は、世界的視野を持たなければ、発展進歩は、ありえない。


 


 世界に30年先駆けることができる国で、


なおかつ、その価値が直ちに理解できる科学者がいて、


初めて一流国といえる。


 

永田小耳症形成外科クリニックの存在意義は?


なんといっても、小耳症治療の、進歩発展をさせること。


それを科学に変えること。


さらにそれを広く世界に広めることである。


 


そのために、すべてが動いている。


この本質があって、当院は存在価値がある。


なあなあ主義では、この本質をやり遂げることはできない。


 


非常に厳しく思考していかなければやり遂げることはできない。


時には、世界の教育のために余分な時間がかかる時もある。


目先のみを見ると、


当院にとって、それは、何の利益も生み出さないように見えるかもしれない。


理解できない人は、道楽という人もいる。


 


 


大局を見ることができるようになると


それが最も重要だということがわかるようになる。


なぜなら、当院の小耳症治療は、不可能という世界の常識を可能にしているのだから。


だからこそ存在しているのだから。


 


当院には国外からの形成外科医の留学生や見学者が、しばしばやってくる。


来た人には、住所氏名を書いてもらうことにしている。


その台帳を見ると、当院が設立してから、


たった、この2年間で、国外から当院へ見学に来た形成外科医が10名となった。


出身地を具体的に見ると、


エジンバラ2名・


シンガポール・


ニュージーランド・


カナダ2名・


ダブリン・


ブラジル・


ヘルシンキ・


インド


など、もはや、たったこの2年だけでも、8カ国・10名となっている。


 


それぞれの国の形成外科医に共通する書き残した言葉は、


「ここで学んだことを自分の国に持ち帰り


母国の患者さんのために役に立てたい」ということだ。


 


今年は、さらに、オーストラリアからも形成外科医が見学に来る予定となっている。


 


もっとびっくりするのは、


当院で耳を作った患者さんを、聞こえの手術のために


アメリカの耳鼻科施設に紹介したのだが、


そこに留学していた中国からの耳鼻科医が、


聞こえの手術を受けるその患者さんの再建された耳を見て、驚き、感激し


「この耳はどこで作られたのか?」


と、の質問に、ジャスドーファ教授が


「日本の永田だ。今、世界の耳作りの方法は永田法だと」と答えたそうだ。


そこで、その留学生は、


当院へ耳つくり手術を見学したいとメールで申し込んできた。


世界は狭くなったものだ、と、つくづく感じる。


 


 


 


 


 


 


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耳垂残存型小耳症および副耳。術前。


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デザインの完成。


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作成した3次元肋軟骨フレームと、皮膚弁の状態。


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皮膚の下に、3次元肋軟骨フレームを移植した直後の状態。


 


 

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DSC02804.jpg


上の2枚の写真は、以前にも紹介したように、他の施設で作られた耳である。


耳の後ろに、植皮手術のみしか行っていないので、耳が立っていない事がお分かりいただける。


これが遅れた日本で行われる手術法の決められた保険システムでの手術だ。


ティッシュイクスパンダー法で手術を行われている。


計3回の手術が行われた。


これを当院の手術法で作り直し手術を行うと次のようになる。


DSC02805.jpg
DSC02806.jpg


抜本的な作り直し手術は2回ですんだ。


ただし作り直し手術は、それぞれ、12時間および8時間の手術時間がかかっている。


通常の手術時間の2倍から3倍の時間がかかるのだ。


作り直し手術は、国内の保険システムには規定すらない状態だ。


 


作り直した後は、非常に精巧な耳の形となり、耳が、本当に立っていることがわかる。


これが、最先端の手術結果だ。


違いがわかってもらえることだろう。


 


日本の決めた保険システム内の手術を行った結果が、上の2枚の写真で、


世界で行われている最先端の永田法で作り直した結果が、下の2枚の写真である。

DSC05010.jpg


半年前に3次元肋軟骨フレームを移植して


耳を再建しておいた小耳症患者さんの耳立て手術術前のデザイン。


DSC05011.jpg


頭から血管膜を起こしたところ。


耳を後ろから支えて立てるための肋軟骨ブロックを示す。


DSC05013.jpg


耳の後ろから肋軟骨ブロックで支えて耳を立てておき


その後を、血管膜でカバーしたところ。


耳が本当に立っている。


この上に頭から薄く採取した皮膚を移植する。


 


従来法では、耳の後ろに皮膚を移植するだけの手術なので


絶対このようには耳が立てられなかった。


今でも日本中のほとんどの施設では、植皮術のみしか行っていないので


耳がこのようには立たない。


なぜならば、遅れた日本の国の保険項目に記載されている耳おこしの方法は


いまだに、植皮術のみの点数と、なっているからだ。


すなわち、当院の手術法は、日本国の規定している手術法を逸脱した方法となっている。


 


植皮術のみならば、手術時間は1時間半で終わる。


当院の方法は、8時間かかる。


 


すでに、アメリカやヨーロッパでは、永田法、


すなわち当院の方法で小耳症手術が行われている。


なぜならば、アメリカ発行の形成外科医師のためのテキストブックは、


私がアメリカから依頼を受けて執筆しているからだ。


英語圏の国の専門医師テスト問題にも永田法の事を覚えておかないと解答できない。


 


しかし私が住んでいる足元の国、日本では、いまだに遅れており、


情けない事に、日本国が決めた保険システムは、


まだ、耳おこし手術は植皮術のみなのだ。


 


世界最先端医療と、日本の医療は30年の開きがあるのが実情だ。

薬剤師さんがオメデタのため、クリニックを去ってから早3週間。
今まで電話受けを引き受けてくれていたので、変わりに私が電話の応対をすることが増えてきた。
で、多いのが
「小耳症の診察を受けたいので予約をお願いします」と言う電話。
「はて、どこかに予約制と書いてあったかしら?」と不思議に思っている。
しかし世の中は、どこでも予約制が常識だ。

当院では美容外科は予約制であるが、形成外科では予約制は取っていない。
で「申し訳ありません、当院では小耳症の方は予約制は取っておりません」とお答えする。
その上「小耳症の患者様の場合、説明に1時間から2時間かかります」と続く。
つまり、直前に新患の方が診察室にはいられた場合、1、2時間以上待たされることになる。
患者様がまだ生まれて間もないベビーちゃんだったりすると、大変だ。

だから以前から師長や私は
「院長。予約制にしましょうよ」と度々申し入れているのだが、院長がうんと言わない。
「予約制にして時間が来たからじゃあこれで終わりだと、診察を途中で区切るのか!?」
「みんな遠くから来るのに、飛行機が遅れたとか間に合わないとか言って、うまく行くはずがない!?」エトセトラ

私は影で、「頑固ジイ」と呼んでいる。

でも考えてみたらきちんと時間内で収まるような説明ができる人なら「永田法」は生まれていなかったに違いない。
それまでは「小耳症の治療」はもはや完成されており、それ以上のものはないと思われていた。その常識内に収まらず、生まれてきたのが「永田法」である。
何でも要領よくできる人なら、小耳症の手術もも要領よくやってしまい「永田法」など生まれなかったに違いない。
だから、まあ、常識はずれでも、仕方がないのかもしれない。

だから皆さんごめんなさい。当院では形成外科は予約制を取っておりません。

ところが先日何を思ったか、突然院長が言い出した。
「おい、うちも予約制にしようか」

間髪いれず私は答えた。
「だめよ!だって院長は診察を途中で区切れないんだから!!!」
う~~ん、うちは何時までたっても要領よくはできないんだ。








今日はスペイン語教室の日
いつもながら、授業の後は行きつけのカフェに寄りました

あまりお腹はすいてなかったので、チョコレートケーキと紅茶を注文
↓↓
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このケーキは以前に味見をさせてもらったものだ!!
やっぱりおいしい
黄色いのはプリンかな・・・

ペロリ食べてしまい、帰ろうかな・・・
と。。。

そこへ、またまた味見・・・・
今回は、チョリソを食べたことがなかった私・・・
スペインパンにチョリソをのせてくれました。
ん~~、サラミにちょっと似てる??
さらに私の好きなイワシの酢漬けをスペインパンにのせて出てきた・・・
これはもちろん美味しい
さらにさらに・・・スペインパンにポテトサラダをのせたものが・・・
りっぱなピンチョスセットです

またまた、サービスをいっぱいしてもらって大満足
かなり、おなかいっぱいになりました
もちろん、スペイン語も・・・
覚えたぞ

最近になってようやく読売新聞に


医療崩壊を防ぐにはどうするべきか?


と言う記事を連載するようになって来た。


 


色々方針を書いてはいるが、抜本的に解決できる事が全く書かれていない。


アメリカはどのようなシステムだと書いてはいるが、


肝心な事が全く調査不足だ。


アメリカのシステムを行うには、膨大な資金が必要だ。


この点に、全く触れていないのは、故意としか思えない。


 


アメリカは、GDPの15パーセントを医療費に使っている。


日本は、わずか8パーセントだ。


ゼネコンにかける費用と医療費にかける費用との割合が、日本とアメリカでは逆転している。


 


 


先進国の中で最低以下のレベルとなってしまった。


それどころか世界20位以下になったのだから、医療費後進国となっている。


 


一件あたりの医療費は、アメリカは日本の10倍以上の費用となっている。


具体的にいえば、アメリカでは、


心臓移植手術は、2億円。


大腿骨骨折をして1か月入院すると1000万円。


小耳症の耳再建手術は、1800万円。


小耳症の、聞こえるようになるための手術は500万円。


などとなっている。


これだけの費用なら、きちんとした治療が出来るはずだ。


ただし、アメリカでは、3割の人は、病院には、かかれない状態だ。


 


抜本的に医療崩壊を防ぐ方法は、医療にかける費用を増やす事だ。


成り立たなければ誰も仕事をやってくれない。


病院がつぶれるくらいの費用では誰も病院を継続できなくなる。


都心の救急病院だってつぶれている。


全国の救急病院の数はこの10年で15パーセント減っている。


 

毎日寒い、寒い
そして、乾燥。。。
昨日もTVで「砂漠状態に乾燥している」と。
乾燥対策を放送していたのだが、お昼休憩時にベルバラ様と見入ってしまった
乾燥はお肌によろしくない。。。ですものね

最近の私の楽しみはこれ↓↓

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「イオンスチーマー」

  「プラチナナノ微粒子が角質の奥まで届いて、肌にハリと弾力を与えてくれる・・・」
らしいのだが・・・

本当か・・・???肌がどう変わったかは
しかし、スチーマをあててる時間はとってもリラックス
気持ちがいいのではまっています。

今日もスチームあてて、保湿。保湿・・・
化粧水、いっぱい吸い込んでぇ~~~
って感じです。

Claudio Villa と Manuela Villa は、父と娘である。


 


クラウディオ ビルラ は、カンツォーネを、昔から詳しく知っている人ならば、


必ず思い出す超有名男性歌手である。


私が子供のころイタリアから来日して、


白黒テレビからの美声を聞かせてくれたこともある。


エネルギーあふれる美声のカンツォーネ歌手である。


 


もはや、この世にはいない人である。


 


マヌエラ ビルラ は、その娘である。


娘は成長し、父親の遺伝子を受け継いだ歌手となった。


 


私が何気なく、you-tube で、カンツォーネを楽しんでいたときの事である。


この、父が歌う歌の、かつての若かりし頃の声と映像に合わせて、


成長した娘が、若かりし頃の父親と共に、デュエットしていたのだ。


歌は、あの有名な[Granada]や


[Tu che m,hai preso il cuor ]


そして[Un amore cosi grande]-2006


などである。


 


死んだ父親の若かりし時と、娘とのデュエットが実現していたのだ。


ありえない事が、こうして実現している。


奇跡だ。

素晴らしい事だ。


 


父も、娘もバイタリティーあふれる歌声で、一緒に歌っているではないか。


久々に感動した。


あまりの感動で涙があふれてしまった。


 


時空を乗り越えて、このようなことが実現する世の中となったのだ。


私の大切な、お気に入りだ。


 


 

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昨年の7月26日小耳症に対する肋軟骨移植手術を行ったときの術前の状態。


耳垂残存型小耳症、及びデザインを示す。


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3次元肋軟骨フレームを作成したところ。


DSC03690.jpg


皮弁を形成して、皮下ポケットを作成した所。


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3次元肋軟骨フレームを皮下に移植したところ。


本日は、この再建耳の耳立て手術だった。


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およそ半年後の、今日の術前の状態を示す。


耳の細かな形態まではっきりと再建されている。


DSC05000.jpg


デザインを書いている。


DSC05002.jpg


頭から血管膜を起こした。


耳を後ろから支えて立てるための、肋軟骨を作成した。


耳の後ろの頭から、薄い皮膚を採取した。


DSC05006.jpg


耳の後ろに支えの肋軟骨ブロックを移植して耳を立てておき、


その後ろ全体を、頭からの血管膜でカバーしたところ。


DSC05004.jpg


耳の後ろを血管膜でカバーしている。


本当に耳が立っている事がわかる。


この耳の後ろの血管膜の上に、頭から採取した薄い皮膚を移植する。

今日は、午前中に局所麻酔の外来手術を2件行った。


その後、病室の入院患者さんの消毒や抜糸や処置で、時間がかかり、午前中が終了。


 


ばたばたと昼食をとり、


午後からは、


外来で消毒患者さんを診た。


 


ほかに来週、


小耳症手術予定の患者さんが、3名術前検査に来られた。


3名とも、半年前に「小耳症の肋軟骨移植手術による耳再建」を


行っている方ばかりだったので、慣れていて


術前検査も、スムーズに終了した。


 


皆元気な様子、風邪を引かなければ、


今回は、予定どうり「耳立ての手術」を行い耳が完成する患者さん達だ。

木枯しが、体にしみる季節。


本当に地球は温暖化しているのだろうか?


そうではないのでは?


と、少し安心する?


 


とはいえ、医局の中では常にエアコンで年中一定温度。


中では季節感もない。


ただ時が飛ぶように過ぎ去っていく。


 


目を閉じれば、


ふと、思いだす。


 


長崎の原爆記念日には、小学校でいつも黙祷をささげ、


先生から聞かされた話。


原爆の傷がようやくいえて、生き残った人たちの中で、


鏡の中の自分の姿に絶望し、自殺した多くの原爆乙女達の話。


この話を切っ掛けに形態を再建することが出来ればと、


形成外科医になろうと決めた小学生の頃を。


 


あのころの夢が叶って今、こうして形成外科医として、


永田小耳症形成外科クリニックで、毎週小耳症手術に明け暮れている。


地域医療ではなく、


世界中の形成外科医に、小耳症の手術の仕方を教育するようになった。


あのころ、どんな形成外科医になろうと思ったのか?


純粋に、私の芸術的能力と医学を融合した仕事が出来れば


私は、やりがいのあることが出来そうな気がしていた。


子供時代の、あの心を揺さぶられた話が、


今の自分を作り出した。


 


小学生時代の私に、今告げる。


君は「本当に形成外科医になったよ。」と。


小学生時代の私に、質問する。


君は「さらに、どんな形成外科医に成長したいのですか?」と。


遠い昔の自分からの返事が届くには時間がかかる。

日本中に大学と言う名が付いたところが


覚えきれないように数多く存在する。


大学は、高校と違って、自ら目的を持って学ぶところである。


又、学問をするところである。


学問をするということは、今まで人類が築き上げてきた事を発展させる事である。


すなわち、世界で不可能だった事を、学問として可能にすることである。


これが大学に求められる最も重要な本質である。


 


ところが国内に存在するおびただしい数の大学のほとんどが


この使命を果たしているか?


というと、全く果たしてもいないところが多すぎる。


おびただしい数の教授が、時代遅れの事を行っているところが多すぎる。


 


そんなことで大学と言う名をつけていること自体が間違っている。


と考えているのは私だけではあるまい。


 


 

「小耳症の情報が少ない」と、よく患者さんから聞く。


「もっと情報があれば良い」と、言う事で


「永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間達」のブログを始めるきっかけとなった。


 


最初はキーボードも、ろくにたたけなかった私が、


右手人差し指で一つ一つキーをたたいて書き始めた。


一つの簡単な文を書くにも長時間を要していた。


そのうちに、次第に文章を書く事がスムーズになってきたので、


手術中の経過がわかるように写真を加えた説明もするようになった。


「百聞は一見にしかず」である。


 


このブログの中には、作り直し手術も多く入っている。


色々な施設で作られた耳が、どのように驚くべき悲惨な結果となっているのかが


一目瞭然であるようになっている。。


いかに作り直されていくのかが目で見てわかる。


 


又、小耳症と一言で言っても


症例によって、いかに術前の形がそれぞれ異なっているのかがわかる。


 


手術法が、どのように世界で進歩をなしてきたのかがわかる。


小耳症に伴う難聴や、顔面半側萎縮症の世界的な治療施設紹介も、行っている。


これら全てを、読んでいただくと、


いかに小耳症治療が行われていくのか


全てが具体的に理解できるように努めて書いている。


いまや、小耳症に関しての、世界最大の情報量となっている。


 

今日もローヘアーラインを伴う小耳症の耳立て手術だった。


今日は園長先生が出張していたので、


ブログ用の写真が撮れず残念。


手術はスムーズに進行した。


 


インドからの留学生は、手術を見ながら熱心に


ノートに書いていた。


インドでは、現在も、50パーセントは、貧民なのだそうだ。


その階層の人たちは、出産など、基本的な最小限の医療しか受けられず、


小耳症手術という高級な手術は、受けられないのだそうだ。


 


対照的にITの職業についている人たちはスーパーリッチなのだそうだ。


また、言語習慣の違いが、1800種類もあり、


留学生の住んでいるムンバイの人と、北の人とが話しても、意味がわからないそうだ。


やはりインドは広い。


何せ日本の人口の10倍以上もいるのだから。


 


彼に言わせると、永田小耳症形成外科クリニックは、


インド人から見ると、超スーパー・ゴージャス病院だと言っていた。


 


彼が私に質問した中で意外だった事は


「日本は、なぜ、軍事大国アメリカに対して、ハワイの真珠湾攻撃をしたのか?」


と言う質問だった。


私は答えた、「かつてのイギリス、オランダ、スペインなど、


ヨーロッパ諸国が行った植民地主義の大帝国主義を遅ればせながら、めざした日本は、


国連で特に、アメリカに阻止されて、無謀にも攻撃したのだ。


普通考えるまでもなく、日本はアメリカに勝てるわけがないのに


かつて、ロシアとの戦いに日本が勝利した事を、思い出していたのかも知れない。」