永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

耳が完全に何もない耳穴も無く、耳たぶも無い、平らな状態を


無耳症[anotia]と言う。


無耳症は往々にしてローヘアーラインを伴う場合が多い。


 


このような症例は、世界的に耳の再建は不可能だ。といわれて来た。


だから、健康保険項目に小耳症は記載があるが、無耳症は記載が無い。


 


それでも、「永田小耳症形成外科クリニック」のホームページには、


小耳症の項目をクリックしてもらうとわかるように、


無耳症に対する術前と術後の写真がある。


 


すなわち、無耳症でも、耳が再建できるのは、


永田小耳症形成外科クリニックだけとなっている。


 


もし仮に耳たぶが存在したとしても


正常な耳があるべき場所から遠く離れていて届かない場合は、


「臨床的無耳症」[clinical anotia]と呼ぶ。


これも、無耳症に対する手術と同じ方法で、耳を再建する事になるからだ。

何年か前までは、医療機関は、法律で


宣伝をしてはいけなかった。


ホームページも作ってはいけなかった。


だから、国民は医療情報を得られなかった。


 


そもそも日本では、


どの医者が治療をしても、同じ結果が得られるという前提の元に、


同じ疾患の治療なら、同じ金額と言うように、


決められている。


 


ところが医療機関により結果が異なる事に気がついた国民からの


情報開示の意見が相次いだために、チラシを作ってはいけないが


ホームページは作っても良いと言う規制緩和がなされたのが


つい数年前の話だ。


 


事実、医者が違うと、同じ疾患でも、結果がまったく異なる疾患がある。


薬を処方するだけの内科と違って、


手術が複雑で困難な治療になればなるほど、


しかも、患者発生数が少なければ少ないほど、


芸術的な才能を要する手術になればなるほど


当然、医師の実力による結果には差が大きくなる。


 


そんなことが、はっきりと国民に、あからさまとなると、


アメリカの医療システムと同じように、


医者はランキングされて、


そのランキング順に金額が違うようなシステムとならざるを得なくなる。


 


例えば、ある医者にかかると、命の助かる確率が90パーセントだが、


その他の医者にかかると10パーセントということが、国民にはっきりとわかると


どうなるのか予想がつくだろう。


こんな事はよくあることだが、国民に、こんな事がはっきりとわかると


国民皆医療制度の崩壊は目に見えるようになるので国としては困る事なのだ。


 


医者の実力があからさまとなると


同じ疾患は、どこでも、同じ金額という日本のシステムは崩壊せざるを得なくなるからだ。


 


もっとわかりやすい極端な例を挙げると。1か月以内のうちに手術をしなければ、


助からない患者さんが1000人いる、が、その、特殊で困難な手術を出来る医者が。


日本では一人だけしかいない、そして手術時間が10時間もかかる手術だとしたら、


1日1人の手術が限界となる。


すると、たとえ毎日手術しても、1ヶ月に30人しか助からない


と言うことになれば、残った患者さんのの970人は死亡する事になる。


すると、手術の順番をめぐって競売とならざるを得なくなってくる。


 


子供の心臓移植手術を受けたければ、アメリカに行き


1億円の資金が、かかることは、よく新聞に記事となっている。


 


情報開示が進めば進むほど、日本も同じようにならざるを得なくなる。


 


現在は、30分で終わる、簡単といわれている盲腸の手術、しかし、


そのままにしておけば患者さんは死亡する。


かといって、手術すれば病院は赤字となる金額しか国が払ってくれない。


すると、盲腸の患者さんを、一般開業医は


赤字でも成り立つ大学病院へと送る事になってしまう。


大学病院で盲腸の手術ばかりとなっても、大学病院としても困る事になる。


そんなわけのわからないことが起きている。


 


医療崩壊が深刻なところまで来ている。


経済大国の日本においてだ。


おかしい。

今日も明日も小耳症の耳立て手術だ。


 


以前にも、このブログに書いたように


他の季節に、すなわち、去年の「秋」以前に、


第1回目の肋軟骨移植手術を受けた患者さんの耳立て手術が


はいるので、


5月は毎年耳立て手術が多い。


 


来月からは肋軟骨移植術が増える予定になっている。


 


夏休み、冬休み、春休み、などは、


日本全国から来られて10年前から予約した患者さんの


肋軟骨移植手術で予約が詰まってしまうからだ。


 


もちろんその他の季節は,まだ空きがあるところがある。


 


日本全国で、毎年小耳症の患者さんは100名しか生まれない。


当院では毎週3例ずつ、年間を通じて小耳症手術を行っているから


年間の手術件数が120件前後となっている。


作り直しの方も来られるので、このような事になっている。


永田法を出来る名医を地方都市の近くで紹介して、とメールが入るが、


そんな人はいない。


 


小耳症手術は、予定手術なので、


ベイビーの時から連れて来られて、


10歳時の予約を取るという特殊な事情があるので、


10年先の予約と言う事が発生する疾患なのだ。


 


通常の病気を扱う病院では10年先の予約なんてありえないのだが。


 

事の本質を見ると、


何が良い事で何が悪い事かが見えてくる。


本質が見えないと、


良い方へ向かっているのか、悪い方へ向かっているのかがわからなくなり、


時間が無駄となる。


結局、先人達と同じ間違いを繰り返す事になる。


これを繰り返さなくてすむためには観察が必要だ。


結局時間と共に間違った原則がはっきりと見えてくる。


 


耳を作るときに絶対にしてはならない手技が見えてくる。


タンザー法やブレント法を行っていた先人達が疑う事がなかった手技。


 


それが、植皮術のみ、と言う手技だったのだ。


耳を作る時に、一部にでも軟部組織の上に


直接植皮のみ行えば、必ず収縮してしまう。


収縮は耳の輪郭をなくして、しかも血行不良を起こす。


だから、肋軟骨の吸収が起こる。


 


植皮をやるなら必ずその下には血行の良い血管膜でカバーする必要がある。


血行の良い血管膜の上に移植した皮膚は、皮弁と同じように収縮しない。


だから、生きた皮膚弁でカバーしなければならないが、


皮膚の表面積がどうしても不足するときは、


血管膜及び植皮でカバーする必要がある。


 


植皮のみで済ませると、後で泣きを見ることになる。


 

よく、「出世したいから」、と言う発想が先に立つ人がいる。


私の元にも


何人もの医者が、手術を見学に来たりしていたが、


「出世したい」、とか、「大学や官公庁の病院に勤めたい」、とか、「医学博士がほしい」とか


が先に立って結局、続かなかった人たちが多い。


 


ある人などは、「私の所へ行くのなら縁を切る」という手紙までもらって


わざわざ、それを私に見せて「一生やります」というから教えていたら、


今度は、縁を切られたはずの人の所へ行って、恥ずかしくもなく


官公庁の病院の就職斡旋をしてもらって就職した。


それで、その人は国際舞台から消えてしまった。


本末転倒である。


 


まずしっかりとした科学者としての正しい進歩のさせ方と言うものを


自分で、私のやり方を見て学び、


どんどん進歩したことを世界に自らの力で


発表できるようになれば、ポジッションも後から自然についてくるものだ。


 


いや、そんなポジションなどと言う低俗な事より、


進歩のほうが何倍もやりがいがある。


そうした方が、結果としても、医学博士を取るにも早道だ。


しかし日本の医学博士は、私も持ってはいるが


世界から見れば何の役にも立たない。


 


 

ある事を、わかっている人と、わかっていない人とが話をすると


全てをわかっている人から見ると、


わからないその人が何パーセント程度しか、


わかっていないということが見通せる。


 


逆に、わかっていない人は、


わかっている人のレベルの高さを読めない。


 


わかっている人にとっては、わかっていない人と話すのがつまらなくなり


時間の無駄になる。


 


わかっていなかった人が、もし、わかりたくなって、順を追って一つ一つ


階段を登るように質問できれば、わかっている人は説明したくなる。


 


そこが質問する人のコツだ。


あまりにもわからない人は質問も出来ないので


会話が成立しない。


するとわからずじまいとなる。


そこでおしまいだ。


 

「レーザーでたるみが取れる。」


などと、誇大広告をしているような美容クリニックがありますが。


 


これは真っ赤なうそです


 


こんな美容クリニックがあるから、信頼をなくすのです。


皆さん、こんなうその広告をしているところには気をつけてください。””!


 


本当に、たるみを取るには、手術しかありません。


手術できない医者が、レーザーの患者集めのため


まやかしの宣伝をしているのです。


 

人間生きるなら、楽しく生きたい。


同じ事をしても、楽しく感じたい。


暗く、じめじめしていても始まらない。


 


たたかれても、すぐ起き上がり、走り出したほうが、


明日へとつながる確率が高くなる。


 


倒れたままとなっていては、明日も来ない。


 


基本的に楽観主義者でないとこの世の中、渡って行けなくなる。


悲観主義者はすぐに自殺してしまうからだ。


死んでは、元も子もない。


 


いつも楽しくありたいものだ。


それには自分の好きなものを継続する事だ。


誰がなんと言おうと、自分が楽しいからだ。


楽しい自分を人が見ても、楽しいだろう。

日本には数多くの形成外科専門医がいる。


欧米の国々よりも多くなっているくらいだ。


しかし学問レベルは停滞している。


 


世界の学会に出席すればそれがよくわかる。


例えば、アメリカの形成外科学会や


ヨーロッパ形成外科学会など、


日本人などほとんどいなくなっている。


アジア太平洋形成外科学会ですらしかりだった。


 


日本中には数多くの形成外科の教授がいるのに、何をして遊んでるのだろうか?


世界にも認められていない国内の学会だけでお茶を濁していないで、


 


大学ならば学問をして、世界に報告すべきだろう。


教授としての自覚があまりに欠如している。


そんな人たちは早く退陣すべきだ。


あるいは結果を出せない教授は


自動的に退陣する制度を作ったほうが良い。


 


そしてそれを将来次ぐべき次の若い世代の人達も


国際的にはあまり見かけることがない。


 


老朽化した日本形成外科学会の


学問のあり方、プログラムの組み方、選挙の仕方など、


あらゆる体質改善が抜本的に必要な時期となっている。


 


それをやるべき、日本を代表すべき、超有名大学の教授が政治的にボーッとしているからだ。


今ある自分のそのポジッションの立場の意味をわきまえて、


自分のためだけにではなく、自分の学閥のためではなく、


広い視野を持ち、老人勢力にゴマをすったり、屈することなく、


一時的に自分に不利となっても


日本の学問の進歩の事を考えて、行動すべき時だ。


日本中の助教授諸君もだ。


 


もう、「なあなあ主義」の学会では、日本が世界においていかれる事になる。


科学とは厳しい世界なのだ。


 


ただ、出席を無理やりとって会員や若い人を会場に引き込もうとしても意味が無い。


魅力がなければ人は集まらない。


本末転倒だ。


 


まず、真の科学会議を作り直さなければならない。


 科学会議のやり方の参考になる海外の学会は、いくらでもある。


 

某有名大学で作られていた耳が不幸な結果となった患者さんが


永田小耳症形成外科クリニックに来られて耳の作り直しを希望されたので


半年前に、耳の再々建術をした患者さんの今日は耳立て手術だった。


DSC03382.jpg


上は耳立て手術のデザイン。


DSC03383.jpg


血管膜を起こしたところ、下においてある白い物は、


耳の後ろに支えとして移植する肋軟骨で作った支えのブロックを示す。


頭から薄い皮膚を採皮している。


 


後はどのように耳を立てるのかが、


わかるようになった人は、このブログをいつも読んでくださっている方です。


 


わからない方は、以前のブログを参考にしてください。


 


手術時間は7時間45分だった。

迷惑電話の撃退法をブログに書いたが、


迷惑メールの撃退法はどうしたらいいのだろうか?


削除してもしつこく又入ってくる。


それでも削除を繰り返している。


それでもなお入ってくる。


どんなに迷惑メールを入れてきても見ないのに


馬鹿な業者だこと。


それでも入ってくるから次第に腹が立つ。

今日は、フラメンコデー
教室に行くと、先生が・・・
「これ、着てみて!!」
と、9月にあるフラメンコ発表会の衣装を渡されました
水色のワンピースに水玉のショール、そして、頭に付けるピンクの造花・・・

かわい~~~い☆☆
着てみると、きゃぁ~~やっぱり、かわいい
   (胸にたくさんのパットが必要っぽいですが・・・

写真を撮ろうかと思いましたが、発表会までナイショ・・・
本番では、スゴイ濃いメークだし、付けまつ毛もするらしいし、大きなイヤリングも・・・
何もかも始めての経験・・・
発表会で写真が撮れたら、ブログに載せますね!!(いらないって!??)
きっと、私だと誰も気付かないかも・・・

先生から
「家でシワにならないように吊るしておいてね」
と言われたので、家に帰りクローゼットに吊るそうとしたら・・・

あらら・・・
フラメンコ衣装はワンピースなので、ものすごく長い!!
裾がついてしまうんですが・・・

まっ、いいかっ・・・

迷惑電話が多いこのごろ、


まず迷惑電話においては。


「先生の大学同窓会のメンバーです。」と入る。


 


ほとんどが、うそである。


ただ同窓会名簿を見ながら電話しているに過ぎない。


このような電話は、まず迷惑電話である。


 


「先生に投資の良い話があります。マンション投資・・」


 


と来た瞬間に「そんなにいい投資の話なら、人には内緒にして自分でやってください。


当院にはそんな資金などありません。」


と言って電話を切る。


 


これをいつも続けていたら、


迷惑電話が、ぐっと少なくなった。

明日も都内超有名大学病院において


すでに耳を作られたものの


不幸な結果となり


半年前にすでに永田小耳症形成外科クリニックにおいて


耳の作り直し手術をした患者さんの


耳立て手術の予定だ。


 


このように次から次へと、大学病院で作られた耳は作り直しが必要となって、


当院へと作り直しに入院してこられる。


大学病院とは何なのだろうか?


 


厚生省は、こんな大学の実態を把握できているのだろうか?


 

今日も外来に、高校生の方が来られて


作り直しを求めて来院された。


 


見ると再建された耳の場所が間違えているし、


耳の前からは髪の毛が生えている。


耳の後ろには色の違う皮膚が、移植されており


そこからは、陰毛が生えてきている。


 


以前のこのブログにも書いたように、


このような耳の作り直しは当院では可能である。


 


とにかく、


耳の場所すらもまったく間違った場所に耳が作られていた。


このような手術しか出来ない医者は、最初から耳を作る手術をしてはいけない。


日本形成外科学会もこのような手術をしないような歯止めが必要だ。


 


 


 

世の中には数多くの納得のいかないことが多い。


正義が必ずしも正義とならない事もある。


手術の時も疑問に感じることがある。


 


例えば、顔の腫瘍を取る手術の時、


腫瘍が、もし、右のほっぺたに3個出来ている場合は、


同一視野の手術の場合は、


1個の腫瘍をとっても2個の腫瘍をとっても3個の腫瘍をとっても


1個分の腫瘍摘出術の費用しか保険では認めてくれない。


 


1箇所の手術のたびに、術前検査も必要となる。


だから結果としては、術前検査が2回分余分な国民医療費が必要となる。


 


国は,2個分の手術をただで医者に手術させようと、もくろんで


そんな決まりを作った。が、


縫合する糸の費用は請求できないので、数多く一度に手術すれば時間もかかり


人件費もかかり、不利となるので、医者は、


誰もすすんで3箇所を一回には手術しないで、3回に分けて手術する事になる。


 


だから、医療機関としては、1箇所ずつ別々に手術をする事にする。


それならば、患者さんは、当然3回に分けて手術することになってしまう。


 


3箇所を一度で手術をすれば、3箇所分の手術費用を払うのが


当たり前の話だ。


結局そのほうが国民医療費は安く済むようになる。


ばかな、規定となっているものだ。


 


 


 


 


 

社会保険庁の年金問題では、なんと5000万人もの記録が無いとの事。


どうやって、年金の算出をするのだろうか?


5000万人と言えば国民年金の大部分ではないか。


ズサンにも程がある。あまりにもひどすぎる。


この責任は誰が取るのだろうか?


ここまでわからなくなっていると言う事は何か裏があるとしか考えようがない。


おそらく大量のお金が、消えていることが予想される。


国民をごまかすつもりだったとしか思えない。


 


国民が年金のために払わされていた証拠を隠滅している事と同じだ。


老人の生活が脅かされている。


自民党は、今あわてているはずだ。


厚生省もおかしい。


徹底的に、膿を出してほしい。


検察の捜査をも念頭に捜査が必要なことだ。


 

手相と言うものがある。


私の手相の中で、生命線を見ると他の人よりも異常に長いのだ


手の甲にとどまらず、手首の手背にまで伸びている。


当たっていればよいなー。


やはり、ドラキュラ並に生きるのか?


 


ある日、コンピューター手相占、があった。


自分の手をコピー機みたいなものに置くと、ほどなく結果が出た。


 


「あなたには、さえぎる物が何も無く、


ロケットみたいに、まっすぐに天に向かって、飛んでいく運命の人です。


と。


 


ギョーテン・これまた、ギョーテン。


幸せ物の私です。

きらきらと輝く太陽が眩しく暑い。


木陰にはいると、涼しい。


今日はそんな太陽から


イタリア・スペイン・フランスの太陽を思い出した。


この季節は、夜の10時くらいまで明るかった。


 


スペイン・マドリードでのホテルの喫茶室で


コーヒーを飲んでいる時に流れていたカンツォーネ。


 


フランス・パリのモンマルトルの歌声喫茶でギターを弾きながら歌ったカンツォーネ。


フランス人も途中から私に合わせてイタリア語で一緒に歌ってくれた。


次第に盛り上がる異様な雰囲気を感じつつ鳥肌が立った。


歌い終わるとその店全体が大コーフンの拍手の嵐。


私は大感激。


私に歌えと言った、フランソワーズ・フィアミン医師も目をまん丸!ビックリ・ギョーテン。


 


イタリア・ベローナの手術室で、小耳症手術の途中で流れてきた


BGMのカンツォーネにあわせて


イタリア人看護士といっしょに歌ったカンツォーネ。


 


 イタリア・ミラノでの手術室でも、看護士さんとカンツォーネを歌ってしまった。


現地の看護士さんに驚かれた「イタリア人より発音が良い」と。


 


横浜の国際形成外科学会・小耳症サテライトシンポジュウムの後了後、


世界からの小耳症関係の発表をした医師達を集めて、


夕食会の席で歌ったカンツォーネ。


 


いつも私には、カンツォーネの思い出がある。


カンツォーネ国際小耳症交流だ。


 


 子供時代から大好きだったカンツォーネ。


日本人の中では受け入れられずに浮いていたが、世界では受け入れられた。


こんなところで、本当の国際交流が出来てうれしい。


生きてて良かった。


 


 


 

学問と言うものが理解できた真の科学者ならば、


知的所有権というものがどういうことかを理解できる。


 


しかしそれがわからない人たちが多いのが日本だ。


1959年に報告されたタンザー法と同じ形の肋軟骨フレームを使っているのに


それを書かない医者。


永田法の肋軟骨を使っているのにそれを書かない、言わない、医者がいる。


 


学会でもそのような事が多い。


 


私はイギリス形成外科学会誌へ世界中から送られてくる耳の論文の


論文審査員を行っているので、このような知的所有権を


無視した論文は、論文の参考文献として書き入れるように指導する。


そして、考察の中にも書き入れるように指導する。


そうした論文こそが、信頼の置ける世界に認められる論文となる。


 


そんなことを無視した人たちが、週刊誌のように、


うその、情報をいい加減に書いたり発信したりしている事が多い。


 


かつて、タンザーもどきの手術をして、今あたかも違う手術をしているように書いて、


術後長年の経過を変化が無いような発信をしている所が、あるが、


歴史的に、その時は、植皮のみで耳おこしを行っていたのだ。


そのような耳は、肋軟骨が解けるために、ワイヤーが露出してくる。


 


その手術をされた小耳症の患者さんが、現在は、耳が融けてきて


今、私の施設に続々と数多く、作り直しの目的で入院されている。


まさにその情報発信元の手術を受けた患者さんたちなのだから、


ごまかしようが無い。


 


患者さんが一番知っているので、ごまかせない事だ。


なのにまだそんな発信をしている。


 


 


 


 

イギリスにもアメリカにも形成外科専門ナースと言う制度がある。


私は、イギリス・バーミンガム大学病院に招待されて


小耳症デモンストレーション手術をしたことがあるが、


その際に、胸から肋軟骨を摘出した後、胸の皮膚の表面は、


専門ナースが縫合した


 


又、フランス形成外科学会から招待公演を依頼された時は、学会での公演後に


私を依頼したパリのシャンゼリーゼ道りに、最も近いビゼー病院へつれて行かれ、


小耳症手術を、フランソワーズ・フィアミン医師に指導したことがあるが、


その病院では、麻酔科専門ナースが、麻酔の維持管理をしていた


 


このように、専門ナースは、一部医師の領域の仕事ができる制度である。


専門ナースは一般のナースよりも給料がぐんと高い。


その代わり責任も重いので


国家試験制度のうちでも、なかなか困難なテストとなっている。


 


一方で日本では、助産婦制度だけしか存在しない


しかも、給料はわずかな上昇にとどまっている。


 


日本の看護士の世界も、大学の時代となったのなら、大学として恥じる事のないような


世界へ向けたジャーナルへ英文の論文を書き、更には、制度変革が必要だ。


大学とはそういう意味なのだ。


そうでなければ各種学校のままで良い。


日本の看護士ジャーナルはまだ、学問ではない段階だ。


 


 


 

最近、大型病院の倒産した話をよく聞くようになった。


国の診療点数切り下げによるものだ。


CTやMRⅠなどの高額医療機器を購入したものの、


採算などが取れなかった事態となった場合などが多い。


 


又、国がころころと保険制度を、毎年のように変えるために、


昨年までは黒字部門でも今年からは赤字と転落してしまう事がよくある。


つまり、病院は、他の産業と違って事業計画を立てることが出来にくい。


しかし日本では医者は施設を建てる時リスクを犯して借金をしている。


借金は返さなければならない。


借金時には、まじめに、きちんと働けば返していけるという計画だったから、


借金できたのだが、


国がころころ保険点数を下げたりすると、返済計画が立たなくなる。


また、医療が急激に発展していく分野では、保険点数が追いついてこないので、


採算は取れなくなる。


 


産科、小児科は、不採算部門としてすでに多くの病院から消えている。


こんな国でよいのだろうか?


未来のある子供達の医療にこそ国は財政を投じるべきだ。


 


今後、介護型ベットの30万ベットを、15万ベットまで削減する国の計画が静かに先行している。


今後は増えていく老人の行き場所がなくなるだろう。


 


逆にもっと高度な治療をする優秀な病院でも、崩壊が起こっている。


例えば国内で一番心臓移植をするような病院がだ。


藪医者がつぶれる事はよいことなのだが、その逆が起こっているのは困る。


気がつけば病気になった時には、死ねという国となる。


恐ろしい事だ。


まれな疾患ほど患者さんはダメージを受ける事になる。


 


その意味をもっとよくわかるように


具体的に例を挙げると、


 


脳腫瘍の病気の中で、10億円の機械を使えば治る病気があると科学的にわかっていても、


その県に、患者さんの数が2人ほどしか、いなければ、


一人が5億円の治療費が必要となる。


そんなお金は払えないので、


そんな部門は不採算部門として切り捨てられる。


すると、その患者さんは死ぬしかなくなる。


不採算部門だからといって切り捨てるという事がいかに恐ろしい事かわかる。


 


病院は、経済的に採算が取れなくても必要なところなのだ。


 


アメリカみたいに、日本の治療費の10倍かかる国ではすべてが成り立つ。


医者は手術だけしていればよいから生産性は高い。


包帯交換は、その他のスタッフがやる。


そのためのスタッフが雇える金額なのだ。


テープレコーダーに吹き込んでおけば、


秘書がタイプでカルテに入れてくれる。


それがアメリカのシステムだ。


 


政治家は、日本の医者は生産性が低いと言う。


アメリカの10分の一の金額と決められた手術費用では


当然日本の医者の生産性は10分の一となる。


しかも、包帯交換も医者がやらなければならない。


カルテ書きも、下手すると、看護士の仕事やそうじまでもだ。


 


そんなアメリカの制度だけを国は取り入れて、10分の1の安い金額で日本の医者に


医は仁術だからと、ただ正義感だけで働け、といっても経済的に


限界と言うものがある。


後継者を雇う費用など出る筈もない。


そうすると後継者も育たない。


 


各県に2人と言うことは


小耳症患者数に匹敵する毎年の発生率ということになる。


 


 


 

現在は小耳症で手術を他の大学病院などで以前行われたものの


作り直しの大人の方が、4名入院されている。


又、外傷耳欠損で、一旦大学病院で手術されたもののうまくいかずに


作り直しの大人の方が1名。


他にシビアーなロ-ヘアーラインを伴う小耳症患者さんが3名


その他の通常の小耳症の方が5名。


海外からの小耳症患者さんが1名入院されている。


 


作り直しやローヘアーラインとなると、


通常・大学病院などでは不可能な超困難な手術となる。


 


そこで、当院にはこんな患者さんの割合が増加している。


作り直しの患者さんはすでに通常の組織が使い果たされているために


手術が困難となって来院される。


 


入院期間も通常より長引く事もあるが、


患者さんの忍耐も必要で皆、良い耳を獲得しようとがんばっていただけるので


手術時間が長くても私も、がんばれる。


 

国内だけの世界で生きていても


日本は世界のごく一部なので、ほとんど偏った考え方となる。


日本形成外科学会だけに出席していても、


教科書を逸脱したような報告はほとんどないので、物足りない。


 


私は小耳症治療と言う事を通じて


世界中の医者と知り合うことになった。


毎年、海外の形成外科学会からの招待に応じてきた。


そして、そのたびに、世界中の医者と意見を交わしてきた。


そうしているうちに世界のどこへ行っても


国際的なスケールの形成外科の学会となればなるほど


どこに行っても、各ジャンルの第一人者は、いつも


同じ顔ぶれだと気がつく。


 


だから、それらの医者と、どうしても顔見知りとなってしまう。


そうなると、お互いのジャンルは違っているのに


お互いの専門の交換の話となり、世界が大きく広がっていく。


 


互いにギブ・アンド・テイクが成り立つのだ。


つまりお互いがお互いから世界一のレベルの情報が交換出来るので


互いに、非常に充実した時間となるのだ。


 


科学者としての形成外科医としては、最も楽しい密度の高い知識吸収の時だ。


 

気がつけば、もう1年にもなる医局の生活。


完全に、この医局が生活の場所となってしまった。


テレビニュースを見ながら、ソファーに布団を敷いて寝る生活。


ソファーが私の唯一のリビングだ。


 


お風呂は患者さんとの共同風呂に入っている。


服は常に手術着、


エアコンはいつも同じ温度なので


外が暑かろうが寒かろうが関係なし。


季節などわからなくなってくる。


 


通勤の満員電車に乗らないですむことだけがメリットだ。


仕事ぎりぎりまで眠れる。


職員の皆が出勤した朝、


私の寝顔を見ている。


こんな職場もないだろう。


 


 


 


 

今日は、ブログの写真にもある


パンクロックみたいな髪形となった患者さんの


耳立て手術だった。


程度の重症なローヘアーラインを伴う小耳症に対しての


肋軟骨移植術を半年ほど前に行った患者さんだ。


髪の毛が生えない耳が正常な場所に出来ていた。


次第に腫れが引き耳の輪郭が出て来た所だ。


 


今日は園長先生が関西へ行く日でいなかったので


ブログ用の写真を取れなかった。


 


ローヘアーラインのために初回手術で


一枚目の血管膜をすでに使っているので、


今回の手術は2枚目の血管膜[DEEP FASCIA]と、


肋軟骨ブロックと、頭から取った薄い皮膚、を使っての


耳立て手術だった。


 


手術時間は8時間35分だった。


麻酔時間は9時間55分だった。


 

では、前回の続きを紹介します。。。。

「シエスタ」での毎週水曜日恒例となった
「大沢 憲三さん」のフラメンコギター生演奏会・・・

大沢さんは、目の前で弾いてくれました・・・
そして、私達に
「ルンバ弾くね・・・」
などと、話かけてくれて、夢のよう・・・

そして、しまいには私に向かって
「セビジャーナス弾くけど・・・踊る??」
と・・・

とっさに誘いが・・・
えっ、どーしよう・・・
って思う暇もなく、曲を弾き始めているではないですか!大沢さん!!
私は踊る体勢に・・・

  おいおい、怖いもの知らずの私・・・大丈夫か??

って、案の定始めの出だしでつまずく私・・・
どこで、踊りだすのよぉ・・・
もう全く頭の中は真っ白・・・

ごめんなさい・・・踊れませんでした。。。。

こんな感じで大沢さんの演奏が終了・・・
大沢さんは「セビジャーナスは、奥が深くて、難しいんだよ!」
って・・・や、優しい・・・
Gastonは「心があったから大丈夫!」
って。。。。
あ~~~、やってしまった。。。

こんな感じに私の踊りは失敗に終わった・・・

しかし、いろんな話をして楽しかったぁ~~
こんな機会ないし、幸せ体験でした

今度は、ちゃんと練習して、出直します・・・。
小耳症の手術をする男の子は、手術の前日に髪の毛を丸坊主にします316
みんな一休さんみたいでとってもかわいくなるんですが・・・

今日の子は違いました・・・



モヒカン正面
ばばーん218352He's so coooooool237
(サングラス風にぼかしてみました356ほんとはかわいい男の子です)
似合っててかっこいいよ~127

モヒカン後ろ
後ろからもぱちり212パンクだね~264
退院する頃には剃ったところも髪の毛が生えてくるから、
ベッカムみたいにソフトモヒカンに整える予定なんだって290
どんな髪形にするのかな♪楽しみだね331

*写真は本人とご両親の許可を得て載せています*

小耳症の耳創りは芸術です。


術者により、まったく異なる結果となります。


 


芸術がわからない人にとっては、どんな耳でも良い事になります。


そういう人はそれなりの耳でも満足できるのですから、


それなりの手術を近くで受ければよい事です。


何もわざわざ遠くまで行かなくても良いのです。


どこにかかるのかは自由なのです。


 


芸術がわかる人は、芸術的でない耳には、我慢できないので


遠くても芸術が出来る施設まで出向いてでも、


手術を受けます。


 


色々なレベルの所がありますので


ご自分で吟味して決定してください。


 


自己実現の希望レベルは,個人により異なるものです。


 

これだけ集中的に、小耳症の、耳立て手術の手術中の写真を見ると、


耳立て手術がどんなものかが、よくわかっていただけたでしょう。


このブログを御覧の方は、手術室で手術見学をしているのと同じ事です


 


従来法のタンザー法ブレント法では、皮膚移植だけなので


耳は絶対に立ちませんでした


 


永田法では本当に耳が立てられるという事が、ここまで見るとよく理解出来る事でしょう。