永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

今日は急遽、勤務変更で休みになったので、
銀ブラのリベンジです・・・(まぁ、いつでも行けるけど・・・

しかし今日は、なんだか今にも雨が降りそうな・・・

まぁ、気をと取り直して・・・
を探しに・・・
しかし、なかなかない・・・

気分転換にリニューアルオープンした
「山野楽器」へ・・・
待ってましたわっ。どう「リニューアル」したのか・・・・????
ん~~~よくわからん・・・
まあ、いいかっ
購入したのはこれ↓↓


CIMG0901.jpg



ペドロ・アルモドバル監督の作品
そう、スペイン映画です
ルンルン♪♪

そして、カフェへ・・・
私は、なかなか1人でレストランやら食べる所に入れないのです
なので、今日は頑張って入ってみた

なんだか、1人でカフェって・・・

カッコイイ・・・

もしかしたら、ラーメン屋とかも入れちゃうんじゃないの・・・?
1人ラーメン・・・
1人焼肉とか・・・
あれっ、なんだかオヤジ・・・!?
いかん、いかん

サンドイッチとジュースを注文・・・
とっても美味しかったぁ
満足、満足

結局、靴はピン!とくるものがなく断念・・・

しかし、銀ブラは楽しいなぁ~~

山野楽器が大好きなサルトル様・・・
お先にすみません・・・ははっ





今日は土曜日だが、外来が切れ目なくて、


小耳症患者さんだらけだった。


朝9時から始まり終了時間は夕方5時過ぎだった。


それからやっと、包帯交換を開始、終了時間は6時半となる。


今週は非常にハードな1週間だった。


月末でもあり、事務長は給料計算のため泊り込んで仕事だ。


病室もほとんど小耳症患者ばかりで現在落ち着いている。


比較的おとなしい子供達ばかりだ。


めずらしい。


昼間は病室も家族の見舞いや、


退院後に外来診察に訪れた子供達が病室を訪れたりして


大にぎわいだったようだ。


夕方、クリアーファイルを買いに出かけて帰ったのは8時半


ブログを書いて9時、後は風呂に入って寝るしかない。


スタッフの皆さんも、ご苦労さんでした。


 

今日も小耳症の耳立て術だった。


青森からの両側小耳症の患者さんだ。


今回で最後の手術となる。


その間に成長して、今回はモハヤ11歳にして体重50キロもある。


昨日も10歳の子が体重47キロ、


両者とも皮下脂肪が厚かった。


それでも


肋軟骨採取を切開線がたったの4センチ程度で採取するので、


肋軟骨は遥か深いところに存在しており、


なかなか園長先生は、大変だった。


私は頭と耳に向かっていたが、なんと脂肪のつきにくいはずの頭の皮下脂肪ですら


通常の人の2倍の厚さとなっている。


やはり、脂肪層は薄いほうがやりやすい。


 

DSC03113.jpg


耳の正確な位置を決める今日は53ミリ大の耳だ。


この設計図を写し取ると、


DSC03114.jpg


今日のケースは上の写真からわかるように、


耳の上4分の1に、髪の毛が入る、ローヘアーラインの症例である事がわかる。


このようなケースでは、単に耳型の肋軟骨を作成して皮膚の下に移植をすると、


耳の上4分の1から髪の毛が生える耳が出来てしまう。


 


髪の毛が生えない耳を作らなければならない


そのためには、


表の皮膚は薄くはがして利用しても、その下に存在する毛根部を切除する必要がある。


切除した毛根部に変わる組織として、


血行の良い薄い組織置き替えることが必要となる。


 


DSC03116.jpg


耳の髪の毛が生えていた部分より外側1センチまで広く皮膚


あらかじめ薄く採取しておき


髪の毛が生えていた部分の毛根部分を半月型に切除して


耳の部分から髪の毛が生えないようにした後で、


耳型に作った肋軟骨フレームを皮下に移植する。


そして頭から浅側頭動静脈を中心に含む血管膜を起こす。


DSC03118.jpg


髪の毛が生えていた部分を、その血管膜で上の写真のようにカバーすると


軟骨が生きてくれるようになる。「耳の上の赤い部分


下半分は皮弁でカバーされて生きる。


DSC03119.jpg


その上に、あらかじめ頭から採皮膚しておいた皮膚を移植した所。


皮膚は下半分と同じ色となり、皮膚でカバーできなかった耳の周囲「赤い部分」は、


かすり傷程度に浅いので、いずれ治って髪の毛が生える。


細かな修正を加えて完成した。


縫合糸は非常に細いので、縫い目は残らない。

昨日、今日と、とってもいい天気で暖かい
昨日、再診に来られた患者様も病棟に寄ってくださり、
「こっちは暑いですね・・・」
と青森から来られた患者様のお母様がおっしゃっていた。
当クリニックは遠方からの患者さまばかりなので
再診日の服装をどうしようかと・・・悩むことも多いようだ

今日なんか4月中旬~5月中旬の気候だそう
夜勤を終えて、病院の外に出たら
暖かくて、気持ちがいい

これは帰ってから寝るのはもったいない
銀ブラ(今は銀ブラって言わないのかしらぁ・・・?死語??)でもしようかな…とちょっとワクワク・・・♪♪
家に帰って車を置いて、電車で行こうと・・・

帰り途中、この暖かさで眠い・・・
渋滞でさらに眠い・・・
家に無事着いたら、さらにさらに眠い・・・
これで銀座に行っても喫茶店でず~~~っと寝てしまいそうな…
頭の中は完全に寝るモードになってしまっています

銀ブラは諦めて
このブログを書いて、寝ます・・・

おやすみなさ~~~い

        おっと、洗濯機回していたんだ・・・
                     干さなきゃ…







春休みとなってから、外来患者さんが急増しており、


なかなか時間内の診療時間を越えても外来が終わらなくなってしまった。


 


特に初診の方の説明は長時間を要するために


2家族か3家族一緒に説明するのだが


それでも終わらない。


 


写真を見せて説明してようやく、2時間後に、


「傷はどんなになるのですか?」と来る。


百聞は一見にしかずで「見たとおりになります」としか答えようがない。


だから「途中でわからないことがあった時は質問してください」と言っているのに。


病室を見せると患者さんのプライバシーも無視して覗き込む。


 


2時間以上も写真を見せて説明しても、


外来で家族会議を開き始められてしまうのだから


 


次の待っている患者さんへ移れもしない。


父親と母親の意見が食い違い


そこに、おじいさんまで介入してメチャクチャになる。


 


モハヤ


言葉だけで10分の説明のほうが良いのではないかと考えたりする。


 


又、別の患者さんは「生まれて間もない方が来られて10年後の予約をとっていますので、


10年前から夏休みは予約が埋まっています。他の季節は入りますが。」


と言っていても、「夏休みは空いていませんか?」


と来る。そしてねばられる。


粘られても来られた順に予約を入れなければならないので


どうする事も出来ない。


 


一度二度三度と、同じ話を繰り返す事になってしまう。


すると次の患者さんは、いらいらして待っている。


私も消耗してしまう。


事務長も疲れ果ててしまう。


 


さらに、私は「遠いところから来ていますから」とおっしゃる。


しかし、当院の患者さん達は、日本中から来られるために


皆遠い方ばかりなのだ。


 


小耳症は形成外科分野でも特に非常に特殊な手術で、非常に困難で


医者の修行時間が、最も必要とする手術である、が、


患者さんが、毎年、日本中でたった100名生まれるに過ぎない事と、その少なさのため


通常の形成外科医では簡単に修行する事すら出来ない超特殊分野なのだ。


一旦手術が始まると、通常の小耳症手術で8時間、


作り直しや、ローヘアーラインならば10時間以上かかる手術だ。


 


従来法のタンザー法では、2時間3時間で終わるのだが、


耳の出来が全く違うレベルとなるために、結局作り直しが必要となる。


そして未だに、日本の健康保健システムでは


タンザー法なのだ。


世界はとっくの昔に永田法に変わったのに。


 


そんな事を全て説明しても、なかなか理解できないのかもしれないが


説明しないと何にも、さらに理解できない。


そこが、外来の困難な点である。


 


他の先生達からは、「そんなに時間をかけて説明しても


無駄で、時間給の事を考えると赤字となるだけだ」と忠告されるのだが


 


患者さんが理解しなければ納得しないのがわかっているので


説明せざるを得ないのだ。


 


とにかく、小耳症の説明は困難なのだ。


患者さんが来院される前に、少なくともこのブログの


カテゴリ-「小耳症・サルトル」を読んで来ていただくと


理解が早くなると思います。


つまりある程度の予備知識が必要なのです。


 


 


 


 


 


 


 

当院の麻酔をかけに来られる「眠れる森の美女」様が


昨年夏休みをとらなかった代わりに、


ハワイに旅行されて帰ってこられた。301


やや日焼けしている。


なんとハワイで、笑う「イルカ」とキスをしたそうだ。419


と言うことは、水着を着たって事。


 


また、どろどろさらさらと流れる溶岩を目の前で見たそうだ。


物を投げ入れたら,ボッと燃え上がったとの事。41


さらに世界の天文台がある山頂にも登ったそうだ。


 


夜には食事の際にアルコール入り飲料を、注文したら


友人の飲み物にはアルコールが入っていたのに275


眠れる森の美女様には、アルコール抜きのジュースだったそうだ。272


やはり、子供と間違えられたらしい。206

当院の薬剤師さんが、新婚旅行から帰ってきた。


2週間、スペインへ行って来たのだ。


私へのお土産は、サルバドール・ダリの本[スペイン語版]。


DSC02592.jpg


やはり、ダリは素晴らしい。


そして、皆さんで、といただいたチョコレートは


その日のうちに気がつけば一人で全て食べてしまった。


事務長は,食べる事が出来なくて怒っている。


闘牛士は色男だったそうだ。


スペイン北部を中心に回ってきたとの事。


お祭りでは子供達が爆竹を鳴らしていて最初は驚いたそうだ。


日本との共通点を感じたとの事だった。


EU統合された今でも、やはり、今もお昼寝に帰る生活が続いているそうだ。


うらやましい国だ。


 


私は以前、国際形成外科学会と、ヨーロッパ形成外科学会の際に


マドリードへ2回行ったのだが、


若い女性はほとんど皆


日本につれてきたらモデルとなれるほど


美しい人ばかりだったと言う記憶がある。


 


 

薬剤師さんが旅行から帰ってきた。ご無事でなりより。

「あのう・・・医局にお土産買ってきたんですけど、チョコ、先生がみんな食べちゃって・・・」

「ナニッ!」
律儀な彼女は私の口にチョコが届かなかったので、心配そうだ。でも、私はそれどころではない。
以前のバレンタインでも山のようなチョコを平らげて、あきれられたばかり。
「まったく、あればあるだけ全部食べちゃうのよね」と言ったら
「面白いですね。子供みたいですね」と事務さんが上品に笑うけど、
「子供なのっ!」
「子供みたいですね」と師長さんも笑うけど、
「子供なのっ!」
ナースさんがパック入りのコーヒー牛乳をを差し入れしてくれて、それを1リットルくらい一晩で開けたので、
「お願い、一度に一回分だけ。余分に与えないで」と頼んだら、やっぱり笑われた。

でも、空腹だと凶暴になる。夕方いらいらしていたら結構空腹が原因で、その時はバナナとか、ロールパンとか与えると、落ち着くことが多いけど、袋ごとだとやっぱりぜーんぶ食べてしまう。

団塊の世代は飢餓の時代なのかしらん。
で、突然満腹になる。

ん?そわそわしてる○先生。
「おくさん!食べて良いですか!」と私のロールパンを袋ごと・・・











なんだか、久しぶりのブログ・・・
最近は、自分の書くブログは、必要ない気がしてきて・・・
何故なら、小耳症に全く関係のない内容のものばっかりだし・・・
と・・・なかなかパソコンに向かえず、
しかし、しょうがない
これは開き直り、小耳症や美容関係はサルトル様や園長先生におまかせし、
私は、くだらない内容でもいいかっ…(よくないかぁ
と、やっとパソコンの前に向かっております

私のネタといえば・・・
そう、フラメンコしかないのです

今日はそのフラメンコ教室の日
しかも、レッスンの2時間前に集合してご飯たべてから行こうと4人集まって地中海料理屋へ
そこは月に1,2回(?)フラメンコショーもするというお店(今日はナシ)
お店はお洒落で雰囲気も良かった
そして、料理も・・・
ガッツリたくさん食べたいが、これからレッスン…
食べ過ぎないように4人で「ピザ」「パスタ」「パエリア」を分けて食べる事に・・・
友人はサングリア(ワイン)を注文(私は飲めないのでジュース)
これが、ウマイ、ウマイ
食べ過ぎないようにと頼んだのに・・・かなりおなか満腹
しかも、デザートまでしっかりと食べてしまった

そんな状態でフラメンコレッスン・・・
友人は「今日は何故か目がまわる・・・」と
あたりまえです。お酒飲んで踊っているわけですから・・・
そして私は「やけにゲップが出るんだけど・・・」
あたりまえです。食べすぎですから・・・

こんな状況でもちゃんとレッスンは進み、明日は筋肉痛になりそうな位踊ってきました。
食べた分カロリー消費したわっ きっと…

ん~~幸せな1日だった

以前は大学病院からの医局人事と称して、


突然、東京勤務だったのに、、「明日から静岡に行きなさい」と言われて


「はい」と言って引越しをして静岡の県立病院に素直に行って働いた。


「いやです」なんていえなかった。


地方からの要請に大学の医局が答えていたからだ。


教授命令だから断れなかった。


 


現在は、給料も安く、仕事が殺人的なのに、アルバイトも禁止されているような


国立病院、都立病院、県立病院、などは、若い医者からも、医局からも敬遠されて


誰も出来れば働きたくない病院の筆頭となった。


 


いくら教授に頼んできても、大学は人手不足となり医者を派遣できない。


又、医学部教授と言っても、年収が800万円しかない状態では


国際学会の旅費すら捻出できない状態なのだから


やる気も起こらないのは当然だ。


年収900万の看護士長より安い状態なのだ。


まさに悪平等な社会となってきた。


週休2日を確実に取れる看護士と比べて


昼も夜もなく慢性的に働かせつづけられている医者は


いまや時間給は、下手すると、看護士以下となっている。


大学になった看護士が4年で卒業に対して


医学部は6年もかかる。


そして責任は遥かに重い。


 


重労働と低賃金のわりに、日本の医者達はこれまで、良く働いてきたが


ついに耐えられなくなり、現状の不満を述べても誰も聞いてくれないと判断して


、日本の心臓移植の半数を手がけてきた国立循環器センター


の医師たちも、自ら退職する事になったのだ。


 


そんなレベルの高い医者は代わりが見つからない。


今まで、仕事のレベルに見合った報酬体系を構築してこなかった結果


日本中の救急医療や、産科、小児科、整形外科、脳外科、まで崩壊してきた。


ましてや形成外科は、学問そのものまで、ダウンしてしまった。


このままでは、医療は完全崩壊し、将来の公的医療は望めない国となるのは明らかだ。


 


 


 


 

私はかつて静岡の病院で1年間勤務した事がある。


医局人事で、いやおうなく行かされたのだ。


 


その病院で出た話のなかで、ある特殊な腫瘍を治療するために、


中性子を用いると治る疾患があるという。


そのための設備には50億円かかるのだそうだ。


そして、静岡県にそのような患者は2人しかいない。


ひとりにつき25億円かかる。


 


どうしたらいいのか、困難な問題なのです。


このように、医療とは採算の取れない分野なのです。


 


小耳症患者数も、日本中でたった100名しか発生しないので、


似たような同様の問題となっています。

救急病院の崩壊に伴い今、国は


病院ではないベット数19床以下のクリニックにも、


救急患者を受け入れさせようとしている。


そのため、通常時間帯の初診料や再診療を引き下げて


時間外を引き上げるという案が出されている。


 


全くばかげた本末転倒の発想だ。


そもそもクリニックには設備も人も不足している。


高額なCTなどおけるはずがない。


一人で診療を行っているようなところで救急を受け取れるはずがない。


職員を救急のために準備しようとしても、法外な給料を払わなければ


誰もいなくなる。すると昼間の診療すらできなくなる。


ただでさえ、救急診療を行っても病院すら赤字で、救急病院の医療崩壊となっている。


ましてや、設備や人力不足のクリニックでかりに


赤字覚悟で親切にも救急診療をしても、設備不足の所で見てもらったので


結果がよくないと非難されてろくなことはない。


 


そもそも、同じ治療をしても、入院料は病院よりも安く設定されている。


時間外診療報酬をわずかにあげて、通常時間診療を引き下げれば、


クリニックも崩壊する。


かかりつけ医の医療崩壊も起きてしまうだろう。


 


 

救急車をタクシー代わりに使う人がいる。


以前の病院に勤めていたときの経験では、


3分の2が救急車を使わなくても良い軽症な場合だった。


 


最もひどい場合は、「夜眠れない」だけで救急車を使っていた。


また、1週間前から指が化膿していたのに


病院にかからず夜中に救急車で来たり、


自分で手首を切っていて、浅い、かすり傷なのに救急車で来る人もいた。


中には堂々と「タクシーだと金がかかるが、救急車だと、ただだから」と言う人もいた。


 


救急車の代金は公的な税金から出されている。


救急車は1回出動するたびに平均5万円かかっている。


自分で歩けるような軽症な場合は、自費にすべきだ。


そうすればタクシーを使ったほうが安いので救急車は安易に使わなくなるだろう。


救急車は、自分では歩いて移動できない場合のみに使用されるべきである


なんでもただにすると、あさましい人は、無駄遣いをして際限がなくなる。


 


無駄に出動していると本当に重症な人が発生したときに、


救急車本来の目的では使えなくなる。


 


政治家に「税金の無駄使いをやめろ」と言う割には


国民もこのような無駄遣いをするのだ。


やはり、ただは際限のない無駄遣いとなってしまうのでよくない。


ある程度、受益者負担を考えるべきだ。


 

医療崩壊と言う単語をインターネットで調べてみると


やはり多くの深刻な問題が書き込まれている。


これは、相当に考えなければ解決しない問題となっている。


自分が病気となったときには由々しき問題となるからだ。


単に医者の善意に期待する事は出来ない。


システムと人口構成問題とが重くのしかかっているのだ。


政策を先送りとしてきた政府の問題が今火を噴き始めた。


GDP世界第2位の国である日本において


たとえ世界1のレベルの治療が出来ようとも、


世界最低料金しか得られないシステムなのだから


普通レベルの病院は成り立たないのだ。


いまや、過疎化した地域だけにとどまらず、


国立循環器センター崩壊問題に代表されるように


大都市の一流といわれている病院にまで崩壊が進んでいるのは


政府の全く間違った政策が生んだ結果である。

これまで手術中の写真や、手術法を書いてきましたが、


このブログをちょっと見ただけでも、永田小耳症形成外科クリニックが


いかに小耳症手術後の耳の作り直し手術が多いかを理解していただけます。


ほとんどが大学の形成外科で作られた耳なのです。


しかも、大学の教授や助教授の手術なのです。


教授や助教授の手術を見て、若い医者は学ぶのです。


だから、若い医者も、その程度の手術しか出来ないのです。


作り直さなければならない耳を作る教授や助教授は日本中の大学病院にいるのです。


びっくりされると思いますが、これが日本の現実の姿です。


国際水準に達していないから、古い術式を未だに行っているのです。


どうしたら、国際水準に達する事ができるかと言う発想がもっと必要だと


考える事が出来る組織が必要です。


そんな組織が機能しないためレベルが保てず、患者さんが迷惑する事になります。


 


だから私の所へ日本全国から作り直しの患者さんが殺到する事になってしまったのです。


どうしてそんな人が教授や助教授をしているのかが


皆さんは不思議に思われることでしょう。


 


小耳症手術は、形成外科分野の中で、非常に困難な手術であり


しかも、学問的にも、研究課題が最も多い分野です。


患者さんの数は、非常に少ないのです。


なのに、興味本位で、手術をされると作り直しとなってしまうのです。


 


アメリカでは、専門医師のレベルを保つために


もっとしっかりとした学会組織となっており


専門医に対する教育コースも世界レベルで毎年行われます。


医療費が日本の10倍かかるアメリカでは、医者もやる気が起こるのでしょう。


 


やはり、日本の医療システムは、全て間違ってきています。


費用が安すぎる所に優秀な人材が集まらないのは常識です。


教授や助教授の給料は、今や、びっくりするほど安いのです。


今、日本中の、医療崩壊がおきています。


早く何とかしないと、国民の健康は守れなくなってしまうことでしょう。


医療も、自由競争にする事が、最も進歩することになるのです。


国が介入すればするほど崩壊のスピードが速まるだけです。


 


 

耳はもともとあまりきれいに洗いにくいところなので


子供の場合は正常の耳すら垢だらけとなっている場合が多い。


小耳症の耳を再建した後


退院してからは、よく洗って清潔にしてほしいのに全く洗わない子供もいる。


特に再建耳の出来栄えが良ければ良いほど、耳の輪郭ははっきりと出てくる。


そうなると深い谷間となったところに垢がたまりやすい。


だから、柔らかな筆を大、中、小と3種類くらい風呂場においておき


石鹸にぬらした筆で泡立てて、


泡だらけとなった筆で深いところまで洗ってお湯で流すときれいになる。


 


垢を、綿棒で強くこすり落とそうとする人が多いが、これは皮膚にとってよくないことだ。


そして痛いだけだ。


また、頭から採皮したところも、特に退院後3ヶ月は


良く地肌を洗ってほしい。


洗っていないと、そこだけに、垢や、ふけがたまり


ばい菌がついて、せっかく治った皮膚がかぶれて、浸出液が出て来るようになる。


そうなるとさらに悪循環となる。もっと洗わないと


再入院となる人もいる。


洗えば問題は起こらない。


この単純な事が意外と出来ない人が多いので気をつけて洗ってください。


最初の3ヶ月が重要です。

どんな手術もそうだが数多く経験すると、


数々の工夫が追加されてくる。


特に耳という複雑な形態を再建する手術においては、


その細やかな工夫の積み重ねが必要だ。


1985年永田法の小耳症手術法が誕生してから


従来法と比べ飛躍的に耳の再建レベルが上昇した。


しかも手術回数も最小限の2回ですむ事になった。


その後の基本は変わらないが、


少しずつタイプ別に改良が加えられた。


又従来法では不可能といわれていたローヘアーラインの小耳症の手術法を


開発した事で、さらにその応用として、無耳症や耳の作り直し手術も可能となった。


耳の立て方にも、改良が加えられて振り返れば、従来法とは全く違う術式となっている。


日日進歩する事が,必要な事だ。

園長先生、永田美容サロンでも


美容の施術で大忙し。


レーザーやプチ整形などなど・・・


春休みだから・・・なのか?とにかく忙しい!


今回は手軽に行える美容処置の一つをご紹介しましょう。


目のプチ整形について・・・


二重まぶたを埋没法という方法で行います。


「切るのはいやだ!」


という人におすすめ!!! 


まずデザイン!
DSC03056b.jpg


 個人差がありますが、マツ毛から約8~10mmに


二重まぶたのラインをつくることが理想的です。


 


DSC03057c.jpg


 


続いて、ブジーを用いて、シュミレーションします。


ずいぶん印象が変わります。


優しい感じになりますね。


 


そして、施術を行いますと・・・ 


 


DSC03077e.jpg



2日後の状態です。


シュミレーションと同じになりましたね!


やや目のふちに内出血を認めますが、腫れはありません。


それでは、正面からbefore   After をご覧下さい。


DSC03051g.jpg 


before 


DSC03076dh.jpg


after 



(施術後2日の状態です)


ずいぶん目も大きくなり、すっきりして、更に可愛くなりましたね。


*これらの写真は患者様の了解を得て、掲載しております。


 詳しくはお問い合わせ下さい。


 

日本形成外科学会は、発足以来50年も、経過している。


それなのに、日本形成外科学会誌は、


未だに、学問誌としては、世界に認められていないジャーナルである。


世界の医学ジャーナルは、「インデックス・メディックス」に正式なリストが記載されている。


そして、ランク付けがされている。


残念ながら、日本形成外科学会誌は、記載すらされていない。


 


だから、世界に通用する論文を書くときには


日本のジャーナルは参考文献とする必要が無いのだ。


GDP世界第2位の国の、形成外科のジャーナルとしては、


恥ずかし過ぎるレベルの低さだという事を物語っている。


だから、日本形成外科学会は毎年行われてはいるが、


世界の学問としては、学会自体が存在しない事になる。


かろうじて、世界最低ランクのスカンジナビア学会誌と合体した事で


日本にも学会があるらしいとわかる程度だ。


 


もちろん、アメリカ形成外科ジャーナル、イギリス形成外科ジャーナルが


レベルは第1位、第2位となっている。


私はイギリス形成外科学会誌の


日本人唯一の、Editorial Adovisory Board Member なので、


イギリスの編集長からの好意で出たイギリス形成外科ジャーナルと


日本との合併話を


せっかく私が各教授にとっくの昔に手紙で知らせたが、


何の話し合いもした形跡が無い。


 


そうこうしている内に、今月からのイギリス形成外科ジャーナルの表紙には


イタリア形成外科学会の名前が、Affiriated として載った。


イタリアのほうが頭が回ったようだ。


 


 

CIMG0885.jpg
CIMG0884.jpg


今日は耳立て術だった。


 この患者さんは、


某大学病院で以前耳を作られていたが


タンザー法もどきの方法だったため


耳の凹凸は無く、


耳の中央部には色の異なる皮膚移植がされて


悲惨な結果となっていた。


 


そこで、永田小耳症形成外科クリニックで、半年前に、


再々建術[作り直し]を行った。


その結果が、上の写真だ。


耳の凹凸が、はっきりとして、色も同じとなった。


患者さんにも、患者さんのお母さんにも、非常に喜んでもらえた。


 


今日は耳立て術、本当に耳と頭とのなす耳が30度に立つということが


どういう事か?


以前の手術では


耳と頭とをただ分離しただけの手術だったので、耳が立ってはいなかった。


今回の、当院での耳立て術は、


患者さんにとって、またまた初体験だ。


本当に耳が立つ事でさらに素晴らしい耳となるのだ。



純粋に前向きに考えたら


良い事と、悪い事は簡単にわかるはずなのに、


自分をコントロール出来ない子供の時は、簡単に我慢の限界を超えて


往々にしてすぐに泣く。


 


泣けば誰かが何とかしてくれると勘違いをするような育て方をしている事も多い。


とんでもない。


特に一度もたたかれた事もないような家庭の子供に多い。


いわゆる過保護な家庭がある。


たたかないでわかるように話す事が理想なのだと極論をはく人がいる。


そんな理想的な人類だったら犯罪など起こらないはずだ。


 


 


泣いていては何も前には進めない事を親が教えないといけない。


泣いている時間は自分にとって無駄な時間だ。


立ち上がるためにはどうしたらよいか考えたほうがよっぽど良い時間のすごし方だ。


七転び八起きだ。


良く出来た諺である。


 


「泣いたら家に入るな]


[涙を拭いてから笑ってからなら家に入ってよい]


というくらいのしつけをしてほしい子供がいる。


 


世の中に出たら、必ずどこかで壁にぶつかる。


意地悪をされる事もある。


詐欺師もいる。


逆恨みする人もいる。


金をせびる人もいる。


犯罪者もいる。


テロリストもいる。


戦争もある。


そんな厳しい社会の中に将来は、必ず成人したら飛び込んで


一人で生きていかねばならない。


社会の荒波といわれるゆえんだ。


 


自分で解決出来るか否かが問題となる。


いつまでも親は生きてはいない。


大人になっても自己コントロール出来なければ、とんでもない事になる。


そんな厳しい社会でしっかりと生きていけるように


幼少の頃から準備が必要だ。


大きくなってからでは手遅れとなる。


「ライオンは子供を谷底に突き落としてでも鍛える」


子供が自立できるようにするためだ。


心を鬼にして教えなければならない時がある。


それが本当の愛だ。


 

本日は、耳立て手術だった。


朝9時手術室入室、


麻酔がかかって、手術開始が9時55分、手術終了は4時55分、


麻酔が覚めて、夕方5時10分無事終了し退室した。


その後、2階病室全員の包帯交換を行った。


手術記載を書いてようやく本日の仕事が終了となる。


 


今月の入院患者さんの出身地は、


佐賀県、福岡県、兵庫県、千葉県、埼玉県、東京都、神奈川県、岩手県、青森県などで


ある。


出身地はバラバラだが、皆、仲が良い。

今日イタリアに留学している日本人医師からメールが入った。


日本人医師は、耳鼻科医で卒業後15年目となるとの事だった。


留学先の病院は、Gruppo Otologico と書いてある。


イタリア語で「グルッポ耳鼻科」と言う意味だろう。


その病院のイタリア人医師が、永田小耳症形成外科クリニックに留学して


小耳症手術を見学して学びたいとの事だ。


受け入れは可能だろうか?と言うことだった。


以上のことが丁寧に書かれていた。


 


私はそのイタリア人と話した事も無く、経歴もわからないので、


返事のしようが無いのだが


6月末にベルリン・ドイツで行われる


4年に1度の割で開催される国際形成外科学会の「小耳症治療」で


キーノートスピーカーとして招待講演を依頼されているため


ベルリンへ来て私と会って、直接話をして、どういう人物かを見極めてから、


、絵が描けるかどうかの適正テストに合格しなければならない。


合格してなおかつ、


一生を小耳症の耳再建一本にに尽くすつもりがあるのなら、


見学を許可する事になる。


どれか1つでも欠けているならば、許可しないつもりだ。


 

この30年近くも給料が変わらない業種は医者である。


アメリカでは、日本の10倍の医療費がかかる。


だから、頭の骨をばらばらにして形を変えなければならない様な


大手術をうけた患者で、まだふらふらしていても、家族がかかえながら


たった4日で退院して、ホテルから消毒に通うのだ。


なぜなら、ホテル代のほうが、病院に入院しているよりも遥かに安いからだ。


 


日本では、入院しているほうがホテルにいるより安いから病院に長くいることになる。


病院にとっても安すぎだ。


基本的にはどちらが正しいのだろうか?


 


ホテルのほうが儲かるのなら、誰がわざわざ苦労して病院を経営するだろうか?


病院経営者は、皆ホテル経営に変えたくなるに決まっている。


ここが日本の間違っている所だ。


 


病院にはホテルと同じベットがあり、


シーツや布団もホテルより細菌学的により清潔さを要求される。


その為にホテルより余分な出費となる。


さらに酸素設備の配管や救命装置の配置、も必要で金がかかっている。


ごみ代まで、医療廃棄物は遥かに高いのだ。


職員は医者や看護士そして薬剤師と言う有資格者ばかりの集合でなければならないため


職員の給料も、ホテルの場合より高く必要となる。


 


ホテルより良い環境で初めて病気を治す環境にあるはずが


国の保険システムでは病院の立替えも出来ないのだ。


だから、日本中の病院が汚いままだ。


カルテ代も出ない。かかった必要材料費も出ない。


同じ術野で、2つの手術を同時にすると1つ分はサ-ビスで、ただでしなければならない。


これは誰が考えてもおかしい。


失敗したほうが金になる事もおかしい。


ましてや、責任ばかり重くのしかかる。


今の若い医師に医は仁術なんて言う言葉は通用しないのだ。


 


何度も言うが、GDP世界第2位の国ならば、救急病院がどんどん無くなり


いざと言うときの病院がなくなっていくのは、


医療保険システム全体が削られすぎて


根本的に医者にも看護士にも


給料が安くならざるを得なくなりすぎたための結果である。


 


抜本的に国は道路財源を医療にまわさなければ、


日本の医療全体が崩壊して、国民の平均寿命は


急速に短くなるだろう。


アメリカの道路財源と医療費の財源との割合と日本のソレとをを比較すれば


そんな事を私が言わなくてもわかるだろうに。


 


病院が赤字になるような保険システムでは、ホテル経営に転換するところが


多くなるだろう。


 


その代表例が、聖路加病院の敷地に


別のビルを建設してそこへ、テナントを入れて得た利益で


何とか病院の維持の費用を捻出しようとした事があるのは記憶に新しい。


病院の本業のみではやっていけないこと自体がおかしいし間違いなのだ。


そんな事なら、病院もホテルにしたほうが経済効率が良い事になる。


 


すると、金のある国民しか生き残れなくなる。


それで良いのなら、普通の国民は黙って死ぬしかない。


そんな国となるだろう。


 


 


 


 

読売新聞の記事によると、救急病院が最近激減しているそうだ。


原因は、医師不足と書いてある。


おかしい、医師の養成数は、とっくの昔に解消出来ると言っていたはずだ。


私が受験する時には、2つの県に1校しかない時代だった。


しかしその後、1つの県に1校以上も医学部を増やしたために


とっくの昔に必要数を超えると言われていた。なのに、なぜなのか?


私の時代は、医学生の女性は1割以下だった。


現在は4割にもなっている。


たとえ、女医が出産で一時的に医者を休止しても、


そこまで不足するはずが無い。それでは原因はなんだろうか?


新たな研修医制度は、研修医に給料を出す事で病院固定となった。


すなわち、科によっては、ほかの病院でのすぐれたところを見てまわりたくても


他の病院を回って研修を受ける事が出来なくなった。


研修医は大都市の病院嗜好となった。


大都市の大学病院か、大都市の大病院で研修を受けたがるようになったため、


地方大学には卒業しても研修医が残らなくなった。


そこで、地方大学は、関連病院へ派遣していた医師を大学へ呼び戻した。


すると、まず、地方病院は医師の人手不足となった。


残った医師に仕事のしわ寄せが来て、体が持たなくなり


残っていた医師も辞めて都会へ帰った。


ベット数に対して規定以下の医師数となった病院は


救急指定を返上する事になった。


救急車は、山梨県から東京まで患者を運ばなくてはならなくなった。


3時間をも要するため、山梨県の救急車不足となり患者を運べなくなった。


GDP世界第2位の国としては、全く変なのではないだろうか?


気がつけば、急病になっても行く病院が無い状態でいいのですか?皆さん。


簡単に死ぬ事に直結しますよ?


そして今年もこの傾向はもっと顕著になっていく。


この原因が研修医制度の転換だけなのだろうか?


全く違う。厚生省は根本問題がわかっていないようだ。


 

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今日の患者さんは兵庫県から来られた。


交通事故による外傷耳。


耳の外側が欠損している。


それに、下行脚、対輪、耳たぶの一部まで、色の違う皮膚が移植されている。


色の違う皮膚は切除しなければならない。


頭にも色が異なる皮膚が移植されて禿げている。


この禿げた部分は、2回目の耳立て手術で切除する予定。


 上の写真は、耳があるべき姿を赤マジックで書いた所。


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耳の外側の欠損部分に相当する部分の形を肋軟骨で作成し、


移植した直後の状態を示す。


耳たぶの裏側の皮膚を生きたまま表まで回転させて来た事で


表をカバーする皮膚の表面積が増せたので、


このように、ピッタリと3次元構造がカバー出来た。


 

日本の耳鼻咽喉科で鼓室形成術と称して


穴を開ける手術を受けた患者さんが来院される。


鼓室形成術とは、補聴器をしなくても聞こえるようになるための手術の事だ。


しかし現実は、どうかと言うと、


補聴器がはずせるほど聞こえが良くなったという患者さんはほとんどいない


 


正常な聞こえの人を0デシベル、全く聞こえない人を100デシベルとすると


小耳症の人は60デシベルである。


これは、大声で言えば聞こえる程度なので


両側小耳症の患者さんは、日常会話には補聴器が必要となる。


補聴器がはずせるためには15デシベル以上を獲得できる事が必要となる。


このブログでも以前述べたように、


この聴力レベルを獲得できる手術が確実に出来るのは


アメリカ・バージニア大学のジャスドーファー教授のみなので、


私の所へ来られた患者さんの場合には第1回目の耳を作り、


次に耳穴をあけにアメリカ・バージニア大学の


ジャスドーファー教授を紹介していると述べた。


すると補聴器が無くても聞こえるようになり、


耳穴も正常な場所で直径が8ミリの正常な大きさの穴となる。


その後、私が第2回目のみ見立て手術を行っている。


 


ところが、以前国内の耳鼻科であけていた穴は本来の耳穴よりも


もっと上で後ろに、直径が2センチ×3センチもの


巨大な大穴を開けられている場合がほとんどだ405


そして、不完全な耳が形成外科医により申し訳程度に作られてしまい


不幸な結果となっている。


 


このような悲惨な状態となった患者さんでも


永田小耳症形成外科クリニックでは永田法による


正常な耳への作り直しが可能です。41


 


 


 


 


 


 

久々に外出してみたら、


晴れてはいるものの今日はなんと寒いのだろうか、


いつも医局の中に一定温度で生活しているため外がどんな気温かわからないのだ。


モハヤ、クリニック内で生活を始めて10ヶ月目に入った。


自宅があることも忘れている。


「こんな監禁生活をしていてよく、狂わずにいるナーと」


皆から「不思議」と言われるのだが、


自分でも最近時々狂ってないのが不思議なのかもしれないと思うことがある。


故狂わないのかを分析してみた。


 


やはり私は小耳症手術をしているときが番幸福だからだ。411


そして、自分の専門とする形成外科だけの診療をしているのだから


何のプレッシャーも無い。


現在の各部所のそれぞれのスタッフは、ベテランぞろいで


適材適所で、非常に優秀な人材ばかりにめぐまれている


皆、性格の良い人ばかりで仕事はスムーズだ。


なによりも患者さんの治療が細かい点まで


行き届くようになって、


私の以前から思い描いていた理想の治療が出来る


クリニックとなっている状態だから


何の不満も無いからだろう352


 


年に2回か、3回海外からの要望に応じて招待公演に出かけて、


海外留学する事も無かった私は日本国内にいて


自分自身の開発した「永田法の小耳症手術」を海外で思いどうりに公演したり


デモンストレーション手術をしているだけで、


ソレを見て学ぶことが出来る欧米各国の医者たちは


興奮状態となり大喜びしてくれたあげく、


私は感謝されて、異常なほど大切にしてくれる。


中には、「一緒に写真をとって」とか「サインして」とかせがまれてしまう有様だ。


日本国内で開発した事が最も重要な事なのだ。すなわち、


日本の 頭脳を世界に提供する事が、最も日本が世界から尊敬される事なのだ。


 


とにかく、世界中の形成外科医が永田法での小耳症手術を


出来る様になりたいと切望しているのが、ひしひしと伝わってくるのだ。


 


そんな学会活動を、毎年毎年継続するうちに、


小耳症分野では無い、形成外科の他の分野の世界最先端の医師


耳鼻咽喉科の世界最先端の医者とも自然に知り合いとなり、


密接な情報交換国際治療協力も益々深く密接に出来る事となってしまった。


 


自分の患者さんのためにすぐに世界トップレベルの治療として生かすことが出来る。


こんな理想的な状態は、世界的有名大学ですらなかなか実現できない事なのだ。


 


私は小耳症治療のために生まれてきたようなものだ。


良い耳が出来ると患者さんは喜んでくれるし、


私にとっては天性の仕事なのだ。41


だから、クリニックは楽しいので狂うはずが無い411


 


 

今日は外来が忙しくて昼食をとる暇も無かった。


新患の方が多かったからだ。


その中で、愛知県から高校生の方が、こられた。


ある大学病院で小耳症手術を受けたものの、細菌感染を起こしたために


結局移植した肋軟骨を抜き取られてしまって


全く耳が無い状態となっている患者さんだった。


しかも、。再再建のためか、ローヘアーラインのためか


重要な血管膜をも使われてしまっていた


 


患者さんは、愛知県の別の大学病院を受診したが、


血管膜をすでに使用しているので、再再建困難となっているとの事で


その大学病院より当院を紹介されて来院した。


には血管膜を起こした後の傷も残されていた


耳甲介には、色の違う皮膚が、移植されていた。


このような患者さんが最近増加し続けている。


もはや、永田小耳症形成外科は、


あらゆる日本中の大学病院で手術されたものの


不幸な結果に陥った患者さんの最後の砦と化してしまった。